side?
スカーレットが我が城へと住まうようになり俺の生活はがらりと変わった。まずムシューに人間の飼育の本を取り寄せるよう言付けた。そして俺の魔力を纏わせた絹で作られたドレスを用意させた。以前送った髪飾り以外にもと魔物達に指示を出す。数十年何もする気が起きず城に篭っていた反動か、俺の命令に魔物達は大いに喜んだようだ毎日色々な物が届く。今日は人魚の涙が届けられた。ふむ、よくあの人魚が涙したものだ。どの魔物だろう、少し褒美を出してやるべきか
朝になるとスカーレットは黒ドレスを身に纏い、我が名を呼ぶので緩く背後から抱擁する。折れそうな程に細い腰に腕を回せば赤い頬で名を呼びながら振り返るスカーレットに大変満足である。この感情は何と言えば良いのかまだ分からぬ
ムシューから受け取った人間飼育の本には、いかに食事が大切か書いてあった。ふむ、魔力供給だけでは生きていきぬとは面倒な生き物だ。しかしスカーレットには死んでもらっては困る。1日三食ムシューに用意させた。衰弱ならぬよう自ら食事の世話をする俺にムシューは驚愕の表情を浮かべていたが、スカーレットを膝に乗せ、あの小さな薄い唇に食事を与えると、ふるりと小さく震えてぱくりと頬張る。俺は他人に対しての喜びを知った。つい与えすぎて頬を膨らます姿はいつまでも見ていられると思った
「スカーレット、俺は手放すつもりは無い」
既に当たり前のことだがスカーレットは驚いていた。本当に不思議だ今更何処へ行くつもりか。
ころころと変わる表情を眺めながら食事を運ぶと口端についてしまった。人間の食事の味が気になり舐めとる。ふむ、かき氷には遠く及ばぬな
スカーレットを見やれば面白い程に顔が赤くなっておった。良い。良い。俺は気分が良かった。自然と口付けていた自分に驚く。俺が人間相手に…
「そなたはここに居ておくれ」
無意識に出た言葉だった。見つめるスカーレットはどこか悲し気に呟く言葉に俺はこれまでの彼女の出来事を知る。そうか…人間側が要らぬと言うなら俺が貰いうけよう。返せと言われても2度と返せす気がないが
しかし人間共めの愚弄にイラつく気分が収まらない。ムシューに言付けを頼み数百年ぶりに人間側へと降りる。一際賑わっている土地へと辿り着けば、わらわらと武装した人間共が蟻のように出てくる。すべてを壊してしまいたい衝動を抑え一番大きな建物へと魔法を放つ。半壊になった城を見てかすかに満足すると一番着飾った人間へと歩いていく
「ひ、ひいいいっ、どうか命だけはっ!!」
「ジョニーとやらは、どこにいる?」
「ひぃっ。どどどうして俺の名前をっ」
ほう、みっともなく喚くこの人間がスカーレットを貶めたというのか。イラついていた気持ちが実際に見ると呆気なく消えるのが分かった。何に俺は焦っていたのだろうか。この小童如きいつでも消せるではないか。
へたり込んだ人間の地面が濡れているのを気づくと心底どうでも良くなった
「ふむ、久しぶりに出てみたついでだ。宝のひとつでも貰っていくか」
あとでムシューでも寄越そう。とんだ無駄足だったなと思いながら帰路へとつくことにした
スカーレットが俺を好きだと言った。
好きなのか、そうか…。やはりここに居るのが一番だ。そっと抱きしめれば抱きしめ返したスカーレットが愛しいと感じた。愛しい…この感情は愛しいというのか。片時も離れがたいということは、そういうことだったのだ。腑に落ちた今の俺はとても気分が良かった。
「隣は今どうなっていますか?」
今何と言った?俺を好きだと言うその口で隣の男を気にするのか。先程までの気分が落ちるのを感じたが、スカーレットは眉をハノ字にし心底焦っている。…仕方がない一瞬だけだが隣へ行くのを許そう。勿論俺もついていくが
予定では隣の男を見てさっさと帰る予定がスカーレットは怒ってしまった。何故だ。しかも帰らないという。許せぬ。ついカッとなりベッドへと押し倒してしまったが脳裏で人間飼育の本を思い出した。人間には面倒な作法、とやらがあるらしい。それを省いて押し倒すのは厳禁だと書いてあった。現にスカーレットは押し留めようと必死だった。人間側のことなど知らぬと思った時に背後からムシューの声が掛かった
チッ
あいつもいつも肝心な時に限って見計らったようにやってくる。スカーレットを見やりばこの短い間に身なりを整えてるではないか。この落とし前どうしてくれよう
「魔王様、例の王国から大粒のレッドダイヤモンドを手に入れました」
「…そうか、良くやった」
あのジョニーとやらが居た国は余程潤っていたようだ。これで首飾りをスカーレットに着けさせよう。想像すると口元が上がる。一旦城へと戻り現物を見るのも悪くない。スカーレットは驚いたようだったが直ぐに戻るだろうと思い俺は城へと戻った
遅い。直ぐに戻ると思いきや一刻待つも戻らず、どういうことだとマシューを呼びつける
「一体いつまでかかるんだ」
「そうはいいましてもまだ一時間しか経ってませんよ」
「…一時間も、だ」
くそ。俺だけが焦っているではないか。スカーレットは俺と離れていて平気なのか…?今も小屋にあやつの世話をしていると思うと無性にイライラとした気分が沸き上がる。
「マシュー!スカーレットを呼んで来い!」
「まだ配下のものも来てないので何とも…」
「遅すぎる…!!」
イラつく儘にサイドテーブルをダンッと叩く。辺りを歩きながらまだかまだかと待つもスカーレットの呼ぶ声は聞こえない。代わりに外の雷雨の音が城内へと響いた。久しぶりの音に自分の感情が制御出来ずにいることに驚く
「魔王様落ち着いて下さい」
「お前が言うか…っ」
「こうなると分かってましたが、暫くしたら戻ってきますよ」
ふう、と溜息をついてムシューが髭を弄る。こやつは先代魔王から居た魔物で、悔しいが俺より人間に詳しい。スカーレットもこやつには信用していた。
もうひとつ城でも落として来ようかと思った時、スカーレットからの声が聞こえた