捕らわれる
魔王城に宿泊して三日…。まだ魔王様は飽きないらしい
毎回違う黒のドレスに飾りは深紅を用意して私は着せ替え人形かしら?見せる相手は魔王しか居ないのでドレスマナーも何もない。王都に居たころのようにメイドがついて毎回ピカピカに磨くので荒れていた指先がまた柔らかくなってきたぐらい。メイドといえばムシューもメイドも人間なのかしら?見た目完璧に人間にしか見えないけど、ここって魔王城よね
「魔王が来たら聞いて見ようかしら?」
「何が聞きたいんだ?スカーレット」
「きゃあっ!」
もう何度も同じ登場されても驚きが勝るの!声と同時に腕に抱かれて背後からマントの裾がひらりと見える
「それとルークだと言った筈だが?」
「ルーグ様~っ、距離感…!」
「またその言葉か。余程好きなようだな距離感が…」
耳朶にフッと息が掛かり肩を揺らして固まる。ああ、本当にこの三日間ずっとこの調子で飽きる処か段々と距離感ゼロになってきてる気がする
私も初めての時よりは、何度も見てるから見慣れたけれどそれを上回る顔面偏差値の魔王様だから無理っ
抱えられた腕はがっちりと私がどうこうできる力じゃないし、もう本当に困惑気味。魔王の意図が分からない、かき氷はあれから二度作ったがそれだけ目的じゃない気がして
「スカーレット様、お食事の時間です」
更に背後のほうからムシューの声がかかる。もうお昼時かぁ。ムシューは魔王の執事らしき存在で主に私の食事管理をしてくれている。魔物は食事は必要ないらしく定期的に摂取する概念がないらしい。食べたければ食べる、ぐらいだと思って下さいとのこと。なのでムシューが何処からか私用に人間の食事を調達してくれると聞いた時はかき氷食べますか!?って聞いちゃった。食べてくれて美味しいって言ってくれた、良かった
食事内容は本当に何処から調達したんだろうと不思議に思うくらい美味しい。…美味しいんだけど食卓という概念がなかった魔王城。食べる場所へと案内された時は冗談かと思ったんだけど…
「さて行こうか、スカーレット」
魔王の腕に抱かれたまま転移する私達。そこは厳格な石作りの広い魔王の間だった。重厚な赤い絨毯に一際立派な玉座が一つ。サイドテーブルが設置され湯気がかかった食事がそこには用意されていた
そう、玉座が一つ、なのだ
「…ルーク様、今日こそは」
「ほら、食べると良い」
玉座に座った魔王の膝の上に私は居ます…。顔の横には笑顔でスプーンを持った魔王様の尊顔。魔王城の食事と聞いて楽しみにしてた初めの私におバカさんと言いたい。味?味よりも魔王が近くて…近くて、もう分からないっ。食べないとムシューが何か言われると知り私は頑張った…!
でももう限界……っ
「本当にひとりで食べれますので…」
「人間はこのように世話を焼くと聞いたが?」
「それは乳幼児の話ーっ」
「我からすれば変わらぬよ」
確かに何百年生きているか分からない魔王からしたら赤子同然だけどっ。それとこれとは違うと言いたいぃぃ
目を閉じて口をあければ、暖かな食事が運ばれる。咀嚼しながらそっと目を開けると俄然目の前には魔王がマジマジと見ている。恥ずかしぬ…っ
「美味いか?」
「は、はい…あ、ルーク様も如何ですか」
そうだ、と思いついて魔王からフォークをもらいメインディッシュであろう魚のソテーをのせて魔王の口元へと運ぶ。あ、私のフォークだったと思い出した時にはいつもの低音が紡がれる唇は開き
ゆっくりと私と視線を合わせて魔王は咀嚼した
カァァァっと赤く染まる頬
私、今何をして…?
「うむ。かき氷のほうが美味いな」
呟く魔王の声がどこか遠くに感じるほど、今は頭の中がパニックだ。
「スカーレットも食べるが良い」
同じフォークで魚をのせて口元へと運ぶ魔王に真っ赤な顔は隠せない。はくはくと鼓動の速さと唇の震えを感じながらもゆっくりと口を開いて魚を頂く
んく、と喉が鳴ってしまい更に羞恥に赤くなる私に魔王は面白いのか頬を撫ぜ
「スカーレット、俺は手放すつもりは無い」
「…ひぇっ?」
「其方の住む場所かここだと覚えておくが良い」
「魔王城…っ?」
頬から魔王の掌の冷たさが伝わり、ひんやりと気持ちい。視線が合うと何時になく真剣な表情の魔王に薄々感じていた危機感が当たっていたことを知る
魔王は何故か私を気に入っている……。
どーしてっ!?
かき氷?かき氷なの!?どう考えてもかき氷で魔王の胃袋掴んじゃいましたー!たよね!?でも氷だよ?ただのジャムだよ?なんで?しかもあれからそんなに作ってないよ!
バカ王子にすら浮気される釣り目で見た目冷徹の鉄壁令嬢だった私が魔王の何処にスイッチあったの!?
脳内でうわーんっとプチパニック起こしている間にも魔王はせっせと私に食事を運んでいく。あれだな親鳥とヒナだね
口元だけパクパクしてたらソースが口端についてしまった。
あっと思った時には
「……っ!!!」
「うむ、やはり其方のほうが美味い」
な、ななな舐められ…っ
ぺろりと舌なめずりをした魔王にニヤリと笑うとパクパクと声にならない私を見て、更に明るく笑った
「その様子だと無垢のままか」
「な、なななんてことを…っ」
「良い。良いぞスカーレット」
上機嫌な魔王は笑みを含んだ表情のまま私を見下ろし……
「…っ」
ぎゅ、と目を閉じた私は次に起こることを拒否できず
触れるだけの感触が唇へと落とされた
「スカーレット…」
触れた箇所の感覚がいつまでも残っている。今私は魔王とキスをした…?
低く名を呼ばれてゆっくりと目を開けばまっすぐに見つめる瞳と目が合う。いつのまにかフォークを取り下げられ手を握られていた
「ルーク様…っ」
「必要なものはすべて揃えよう。其方はここに居ておくれ」
真摯な眼差しに、ここまで私のことを必要としてくれた人が今までいただろうか。王子の婚約者だった時、私は完璧でいなければならなかった。すべてが出来て当然で、少しのミスも許されない出来なければ他の令嬢に陰で冷笑された。辛い血の滲むような努力もすべて隠して無表情で通す。淑女は簡単に笑ってはいけない。子供の頃からの訓練で完璧に演じてきた筈だった、あの学園で私の見方は誰一人居なかった。
今の私は本当の私だろうか、この感情を何と言っていいの…?
「…私は、冷徹で、何も面白みのない女です」
「誰か言ったのか?」
私はここまで来た道のり、自分の素性を魔王へとぽつりぽつりと話した。本当は婚約破棄されて逃げてきたこと。幽閉、処刑される身だったことを話す。チップと二人なのも他は父の手がかかった者達で信用できなかった。唯一、転移術を用意してくれた協力者は二度と会えず、今後の見通しも可能性しかなくここまでやってきた、不安がなかったと言えば嘘になる。不安だらけだった
「私、本当にここに居て良いんでしょうか」
小さい頃、憧れていた言葉。いつか王子に言われたいと願っていた。結果叶わなかった。
「もう一度口づけをせねば分からぬか?」
くすり、と魔王が笑うと顎に指がかかる。上げられた顔に私は今度はそっと瞼を閉じた