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ある日、魔駝鳥が嘴を凍らせて帰ってきた。器用な真似事をするものが居るものだと気にしなかった
何百年と過ごし時々人間に痛い目に合っては懲りない魔駝鳥共だ、別段仕返しも何も起きなかったが別の部下から面白い話が入る。見たことも味わったこともない一度口内へ入れると溶けて消えてしまう食べ物がある、と。消えるとはどういうことか、舌に転移術を施しているのかと聞けば食したのは下僕の子供。オーク如きがそのような術を使える筈もなく興味が沸く。加えてそれを作ったものは人間であり、子オークを介抱したという。
人間から攻撃を受けても介抱されるとは、とんだ阿呆なオークの子供だとも思ったが人間にも興味が沸いた。続きを促せばまたその人間とやらに会いに行くという。人間か、ここ数十年会ってもいなかったが久々に見てみるのも一興かと思いついて行くことにした。魔駝鳥も両肩に乗せフードも被る。さながら只の人間にしか見えまい。
案内された場所は小屋?か?本当にここに人間が住んでいるのかと思う。以前暇つぶしに壊滅させた人間の街だった。今にも崩れそうな小屋は存外室内は屋外程ではなく、これならまだ住めるかと一人で思う。こじんまりとしたテーブルに我ら3人は窮屈だったが押しかけた身ゆえ我慢する。何やら下僕共と話している人間の女がここの主人らしい。艶めく金髪にブルーグリーンの瞳に強い意思を感じる。そうかこの人間が嘴を氷漬けにしたものかと確信した。しかし一向に進まぬ話に、確か名前は
「カキ、ゴーリ」
だったか。合っていたようでようやく話が進む。人間の食物がどのようなものかと見ていたが何と女の人間、スカーレットの氷魔法を凝縮し雪の結晶のようなものを皿に盛るではないか。
「ほう、氷をこのように細工するとは…」
氷魔法といえば主に攻撃用だった筈、いつの間に人間はこのような芸当を身に着けていたのだろうか。それにこれが美味いのか…?疑わし気に作業を見やればその上に果肉のようなものを掛ける。ほぅ、これで完成か。好きなものを掛けろと言われ真っ赤なベリーの香りがする果肉を掛ける。どれ……
「……これは!!」
口内へ入れ、確かに食べた感覚はあるが直ぐに冷えた感覚にじゅわりと氷が解け甘みの後に酸味が咥内に残る。気づくと完食していた。惜し気に皿を見ていたら再び氷の山が出来る。今度は躊躇なく果肉をかけ咥内へと頂く。食べる。食べる。食べる…
「うむ、美味なり!」
満足だった。食というものを必要としない我が何とも言えない充実感を味わったのこのカキゴーリは素晴らしい。何よりも食感が無いという食物の概念を覆したのが面白い。そしてこのスカーレットは俺を魔王と呼んだ。俺が人間と会うのは数百年ぶりだというのに、だ。この人間に興味が沸いた。魔王と知ってもなお会話をする胆が据わるところも良い。更に魔王と知っての扱いが変わらぬところが気に入った。顔が若干引き気味だとしても。
面白い玩具を見つけたような高揚感を久しく感じながらスカーレットを見やればブロンドの髪に似合わぬ魔駝鳥の羽根がついているから俺自ら取ってやろう。その際、耳朶に触れたのは悪戯心からか。反応に笑みを浮かべた俺は今かなり機嫌が良い。ああ、その髪には深紅の飾りが似合うだろう。確か数百年前に滅ぼした国の国宝だか何かに、そのような飾りがあったような…。
「また会おう、スカーレット」
上機嫌で転移術を使い魔王城まで戻ると第一の部下マシューが不思議そうに見ていた。例の飾りを探すよう言付けつつも、先程のスカーレットのくるくると変わる表情を思い出し口元に笑みが浮かぶ。魔物にも人間にも飽きてきたところだった。しかしあの小屋はいつ崩れてもおかしくはない。すぐ死なれてはつまらぬ、オーク共を監視につかせることにした。無駄に力だけはあるから何かと役立つだろう。俺の目の魔駝鳥も一緒に送ったがあまり役立つことは無かったがスカーレットは魔物を気にしないのか一緒にいる人間と同様にオークと接しているようだった。
気づけば魔駝鳥を通してスカーレットを覗き見るのが日常となっていた。今日は獣人を拾ったらしいスカーレットがシチューとやらをあげていた。こやつは何でも拾うのであろうか?歩いて隣町へと行くと言う。女子供が歩きで出掛けるとは阿呆なのか。それともいつの間に人間側はそれほど安全な国に変わったのだろうか。暫く考えた後、ムシューを呼ぶ
「明日出掛けるゆえ、馬車の用意とお前もついて来い」
結果、ただの物知らずと分かった。スカーレット、お前は何処から来たのか。どうでも良いことが気になる。馬車内では緊張しているのかそわそわと忙しない様子のスカーレットに思わず笑みが零れる。他愛もない話をする中、以前食したカキゴーリはスカーレットが考案したものだと知り更に作ったことはない英知もあり驚いた。俺が聞いたことのない名前であった。後でムシューに調べさせよう。
人間に変身して見せれば目を開いて驚き、街に入れば子供のようにキラキラした瞳で店を見ていく姿に退屈なんてものは無く、あっという間の時間であった。途中、子獣人のことさえ無ければもっと楽しめたのだが。
「ルーク様とご一緒できてとても楽しいですわ」
今何と言った?俺と居て楽しい、と言ったのか?いや楽しんでいたのは俺だった筈。同じ気持ちだったと、そうか…。じわり、と胸が熱くなるのを感じた。久しく動かなかったこの感情は何だろうか
買い物とやらも終わればまたスカーレットと離れると思うと何とも言えば気持ちになった。触れると赤くなる顔も、小さく唇を尖らせる仕草も今までみた人間には抱かなかった感情だ。下を向いてくれるな、その瞳も我だけを写せばいい。赤く恥ずかしがる其方も俺好みだ。…そうか好ましく思っているのかと気付いた。ならば城へ呼ぼう。人間が我が城へ入る為には魔物を少し間引いておく必要があるだろう。人間に化けられるものを優先的に残しその他は国外追放しよう。うむ、良い案だと思ったが後日ムシューに断られた。解せぬ。
ひとまずスカーレットを呼ぶ為に城を移動することにした。地下奥深くに久しく行き城のコアなるものへと掌を翳し魔力を込める。目的地は小屋の隣だ。城の移動は初の試みだったが半分程の魔力消費で移動完了した。やはり城の中に居る魔物すべてとなるとそれなりに魔力が必要だったようだ。
ムシューは完璧主義で主である俺のことをよく分かっている。すべてを任せて正解だと目の前にいる漆黒のドレスを身にまとったスカーレットを見て思い直したところだ。やはりあの土弄り人間と居るような人間では無かったのだ、大方何処か人間の貴族とやらの出であろう。俺のものになるのも運命だったのだ。機嫌よく髪へと口付ければ愛い反応のスカーレットについからかい過ぎてしまった、すまぬ
どうやらスカーレット的に距離感、とやらが気になるらしいが知らぬ。自分のものを囲うのは至極当然。これからここで暮らす為には弱肉強食の魔物達に我のモノと分かるように我が魔力をまとわせておく必要がある。腕の中で我の魔力を練り込んだドレスを身にまとう姿に魔族本来の血が沸き立つ。自分のモノに、食シタイ、感情をぐっと堪える。まだ、まだだと。
ドレス姿を堪能した後スカーレットを介抱した。このまま感情が上がるのはまだ時期相応だと思ったからだ。だからといってあの小屋に帰すことは二度とないが。
くぅ、と聞こえた音に転移してみれば、スカーレットが真っ赤になっていた。人間とは食事とやらが必要な種族であったことに久しく思い出す。腕の中で小刻みに揺れるスカーレットもまた可愛らしいが、本日何度目か、小屋のあの土弄り人間の元へ戻ろうと言うので思わず魅了が出てしまった。我は人形が欲しい訳ではない、舌打ちし打ち消す。本人は気付いてないようで良かったが気を付けなければ。俺もまだまだ知らぬ感情があるのだと思うのであった