私は悪役令嬢だからと悔いはありません
「お答えする義務もありませんし、わたくし婚約破棄されたということで決まりで宜しくて?」
ふぅ、バカ王子の相手も今日までかと思えば何だか切ない気持ちも沸いてくるような。顔を真っ赤にしてこちらを睨みつける瞳は真っ青なブルー。王家特有のプラチナブロンズの髪はサラッサラ。正に絵にかいた王子様なんだよね。5歳の頃の一目惚れした私は間違ってなかったと思う。婚約者という言葉も分からず近くに居れることにブンブン頷いて。お妃教育だって厳しくても王宮に上がれば会えるのを楽しみに頑張ったわ。誕生日プレゼントも私好みじゃ全然なくても貰えたことに狂喜乱舞して…。乙女だったんだよね、ここが『君に恋して』の世界だと気付く前は。
そう略して君恋。何で分かるかって? この学園の入学式の途中、パァンと水風船が弾けたような衝撃が頭を襲い私は倒れた。次に目が覚めた時、心配そうにこちらを覗く保険医。少し遠くから伺う視線を送るバカ王子に嫌という程納得してしまった。この場所が君恋だと。二人とも散々妹から見させられてきた攻略対象者だったから。
そして私が婚約者ということで、あ…と察したのは自分でも偉いと思うわ。最近流行りの悪役令嬢に転生しました。悪役令嬢ですね、分かりました。って分かるわけあるかー! 転生シリーズは読むから楽しいの! 自分がなってどうするのー! こちとら夏のイベントに控えて忙しかったのに…! 悔やんでも戻れもしないことは分かっていたから(何度も戻ろうと頭を打ってみた)断罪イベントをどう回避するかに専念したけれど、攻略対象とは険悪になるし(何もしていない)殿下とリボンちゃんは愛を深めるし、物語の修正力は不可避ということだった。
せめて転生するなら5歳の私が良かったよ。前知識があれば頑張って惚れない自信あるのに。
「スカーレット! 聞いているのか!?」
「お前を以上の罪で断罪する!! 詳細は追って告げる為捕らえよ!」
いけないいけない、つい走馬灯のように思い出しているうちに話が佳境に入ってるし。王子が指示を出すとガチャガチャとフルプレートを装備した守衛が此方へと向かってくる。
パチンと扇子を閉じ袖へと仕舞う代わりに一枚の魔法書を取り出しチップへと視線を送る。
「ううう、この先の責任とって下さいよぉ」
「チップ、今更なこと言わないの。しっかり掴まっていなさい!」
私のドレスを掴んだチップににやりと口角を上げてみせる。そう、私は悪役令嬢。いつでも不敵に笑みは崩さないの。ジョニー殿下、あなたの顔面は好みだったけど今の私は残念違うわ。
魔法書を広げると足元に術の円が浮かび上がる。円の中に複雑な文字が青く浮かび上がってくる。チップを強く引き寄せるとギリギリ二人が入れる小さな円だ。
「これは!…転移術!?」
遠くで父上の声が聞こえた。さすがに宰相だけあってすぐに見抜かれた。その声に王宮魔術師の息子がハッとして杖を構えるが、遅い!
青い光が下から上がり、ふわり、とドレスが揺れる。青光りに照らされた私は悪役令嬢らしくって?
「わたしくスカーレットは幽閉もその後の処刑もごめんこうむりますわ。だって何も悪いことなどしていなのですもの。男子寮へ申請なしに女性の方が何度も入っていると苦情を受けまして女子寮寮長として処理したまでですし、本来婚約者のいる殿下への差し入れと手作りクッキーを渡すのも本来ならば従者である貴方が断るべきこと。王家指定図書を勝手に持ち出しノートへと書き写していたのを見つけてしまっては王家に連なる者として見過ごしてはいけないと思ったからですわ。あと私は愛護動物精神ですので勝手な憶測で言わないで下さる?」
「なっ…!」
ひとりひとり目を見て言ってやりました。あーすっきり!あんぐりと遠くで口を開けている父上。宰相として家庭よりも仕事の人で良かった。情が少なくてすみます。本当はもっと言いたいことは沢山あるけれど術の完成がもう迫っている。最後にその美しい顔を見て笑う。
「では、皆様ごきげんよう。」
チップを腰に引っ付けたまま完璧なカーテシーをし、ブオンッと光に包まれて私は消えた。