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豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
魔の森の騒乱

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86 術の副作用 ※別視点

イナリが街から出て別れた直後のディル視点となります。

 イナリを見送った俺たちは、街の門へと戻るべく街道を進んでいた。


「……あっ」


 そして、いざ門を潜ろうかといったタイミングで、俺の隣を歩くリズが、何か思い出したように突然声をあげ、立ち止まる。


「……何だ、どうした?」


 俺はその様子に一抹の不安を覚える。


 実はリズは、イナリが来てからこそ鳴りを潜めていたが、そこそこトラブルを持ってくるタイプの人間だ。


 例えば、パーティを組んだ当初には、他所のパーティと言い争って勝手に謎の勝負を受けてきたとか、依頼に謎の魔道具を持ってきて効果を試そうとしたりといったものだ。


 それは今では落ち着いたが、それ以外にも収集癖があるようで、これがなかなかに厄介である。


 現に、今もパーティハウスのリズのスペースには魔石が転がっていて、いつかそれが爆発するんじゃないかと、エリスが戦々恐々としており、時折愚痴を聞かされることがあったものだ。


 ……これについては、イナリがブラストブルーベリーなどと言う爆弾もどきを持ってきた事でより深刻化したが、今のエリスは尻尾を追いかけて幸せそうにやっているようだから、今後も強く生きてもらうとしよう。


 他にも、リズは遠出をするタイプの依頼を受けると、出先で勝手に街中を練り歩いては、よくわからん道具を買ってきたりもする。しかもリズはパーティ内でもイナリに次いで体力が少ないので、最終的にそれを運ぶのは俺やエリックになる。


 本人で完結する分には好きにやってくれていいのだが、何故か俺の方にしわ寄せが来るのが不服で、何度もどうにかしろと言っているが、この収集癖はもはや治る兆しが見られそうにない。


 そんなこともあり、そろそろ何か新しいトラブルでも持ってくるのではないかと俺は警戒しているのだ。


「……何、そんな警戒しないでよ。ちょっと大事な話があるから聞いてほしいの」


「お前には実績があるからな。で、なんだよ、急に改まって」


 リズのこの態度を見るに、俺が想像していたようなものではないようだ。


「その、ちょっと確認したいことがあるんだけど、何も言わないで黙っててもらってもいい?」


「は?はあ……?」


 昔から、こいつが言わんとすることをすぐに理解できないことが多々ある。


 特に魔道具の解説をまくし立てるときなんかは、声が音としてしか認識できなくなるようなレベルで何を言っているかわからない。


 そして今回も例に漏れず、何が目的なのかまるで分らない要望に、俺は困惑するほかない。


「どういうことだ?意味が分からん」


「あーいや、えっとね……リズも確証はないんだけどさ。これからやる事の結果次第では、ディルにその話をしないといけないなって」


「……悪い、マジでわからん……」


「と、とりあえず、警戒する必要はないから!ただ黙ってみててくれればいいの!」


「本当か?まあ、そこまで言うなら黙っておこう」


 恐らく、俺にはわからないだけで、リズには何か考えていることがあるのだろう。先に挙げたような、トラブルを持ちこむような行動とは違い、わざわざ断ってから何かをするぐらいだから、余程重要な事とみえる。


「うん。じゃあちょっと、そこの兵士さんに話すけど、黙っててね」


「おう」


 リズが街の門番をしている兵士に話しかける。


「すみません!ちょっと聞きたいことがあるんですけどいいですか?」


「はい、何でしょうか」


 門番はわざわざリズと視線の高さを合わせている。門番にも色々いるが、今回はかなり丁寧に対応するタイプのようだ。


「あの、さっきリズ達がこの門を潜るとこ、見てました?」


「はい、見ておりましたよ。ここは最近は少し人通りこそ増えましたが、やはりあまり通る人は多くないですからね」


「リズ達、何人いたか覚えてますか?」


「え?は、はい。当然覚えていますとも。二人ですよね?」


 質問の意図が掴めず、何を当たり前のことを聞いているのかといったふうに門番は答える。


 質問も変だが、その解答も変だ。どうしてイナリが一緒にいたのに二人しか数えられていないのだろうか。あんな目立つ容貌のやつが見落とされるなんてことはあり得ないだろう。


 リズに黙っていろと言われたから黙っておくが、突っ込みたい気持ちでいっぱいである。


「間違いないですか?」


「はい。間違いないでしょう。……それがどうかしましたか?」


「……いえ、何でもないです!もしついてきてる人とかいたら怖いなーって思ったんですよ!あーよかった!」


 リズが胸をなでおろして反応するが、何とも白々しいことである。ちょっと前に不審者はすり潰せるとか言ってたのだが。


 とはいえ、門番はそんなことを知るはずもなく応対する。


「そうでしたか。最近は少し不穏な動きもあるようですからね。気を付けてくださいね」


「はい、わかりました!あ、これ冒険者証です」


「はい、拝見します……え、等級8……?」


「あ、じゃあ通りますね!お疲れ様でーす!」


 会話を終えたリズは、さっさと門を抜けていき、俺もそれに続いて冒険者証を見せて門番の横を通過する。


 どうやら彼はリズの事を知らなかったようだが、ただの少女だと思ったらかなり上位の冒険者だということを知って衝撃を受けたのか、ぽかんとした顔をしていた。


「ふふん、リズの会話スキルはどう?意味不明な質問をしても自然な会話になったでしょ?」


「いや、それはどうでもいいわ。流石にお前のトークスキルを見るためのものじゃないだろ、どういうことか聞いても良いか?何故イナリが頭数として数えられていないんだ?」


 リズに本題に入るように急かすと、心なしか不機嫌になりながらリズが説明を始める。


「……えっとね。イナリちゃん、不可視術使ったでしょ?あれ使うと、イナリちゃんの事が見えなくなってる人の認知がおかしくなっちゃうっぽい」


「……何だそりゃ?」


 リズのしょうもない厄介ごとかと思ったら、そんなのとは比にならない重大な話であった。


「昨日学校に行ったときに発覚したんだけどね、その時は名前が呼べなくなるっていう症状だったけど、何かそれだけじゃないっぽいね……?」


「それは色々とマズくないか?ちゃんと戻るんだよな?」


「うん。術を解けばすぐに元通りになるんだけど、術が発動されてる間は多分、ずっとおかしくなるの」


「マジか……」


「だから、もしかしたらイナリちゃん絡みの会話が頓珍漢になるかもしれないから、気を付けておいてね」


「そうだな……。特にエリスとエリックがどうなってるかが気になるな」


「うん。さっきの門番の人とリズの先生で症状が違ったから、二人も何か違ったパターンが得られるかもしれないから、二人の様子を確認しよう」


「ああ、わかった」


 リズは思った以上にしっかりとイナリの事を考えているようだ。もしかしたら、イナリという保護対象が生まれたことで意識に変化が生まれているのか?


「じゃ、この話は一旦これで終わり。でさ、ちょっと魔道具見に行きたいんだけど、ついてきてくれる?いいよね?」


 ……残念ながら、そうでもなさそうだ。




「あーあ、お金足りなかったなあ。最新の可動式魔導杖、ちょっと気になったんだけど」


「お前、この前なんか変な杖買って、三日くらい使ったらその木の杖が一番馴染むとか言って戻しただろ。買わなくて正解だ」


 俺たちは日が傾いた辺りで帰宅した。リビングに入るとギルドでの仕事から戻ってきていたらしいエリックが依頼書の写しをテーブルに並べて考え事をしていた。


「おう、戻ってたんだな」


「エリック兄さん、ただいま!」


「うん、おかえり、二人とも。問題は無かったかい?」


「うん。滞りなく、だよ!」


 エリックの問いかけにリズが反応すると、リズがこちらに目配せしてくる。イナリについて聞けということだろう。


「なあ、エリック。俺たちが今日送ってきたヤツが誰かわかるか?」


「……ええっと」


 エリックが唸りながら天井を眺める。


天井を眺めるのはエリックが何かを考えたりする時の癖である。


「待ってよ……わかる。わかるよ……。確か『い』から始まるんだよな……ええっと……そうだ!イナリちゃんだ!」


「おおぉー、正解!」


 リズがパチパチと拍手する。


「何でこんな出てこないんだろう。流石におかしいよね?」


「安心しろ、それが普通だ。詳しく話すとな、リズによると―」


 俺はエリックに先ほどリズから聞いた話をした。


「……なるほど、そういうことだったか。もうイナリちゃんの事はすぐに頭に浮かぶようになったけど。もしかして記憶に思い起こすのが相当難しくなってるのかな?」


「うーん、まだちゃんとデータを収集できてないから何とも。でも、記憶を辿れたケースはエリック兄さんが初めてだよ!」


「はは、実は内心すごく安堵してる。思い出せなかったらリーダー失格だと思ったからさ……」


 話していると、ちょうどタイミングよくエリスが家に帰ってくる。


「ただいま戻りました。今日も疲れました……」


「エリス、お疲れ様」


「エリス姉さん!ちょっと聞きたい事があるんだけど!」


 エリスが帰ってきて早々、リズが本題に入るようだ。


「リズ達が今日街の外まで送ってきた人の名前、わかる?」


「え?イナリさんですよね?どうかしたんですか?」


 即答するエリスに全員黙り込んでしまう。何故こんなにスルッと名前が答えられるのだろうか。


「……え、なんですか急に。何か変なこと言いました?」


「い、いや、変じゃないんだけど、変というか……えぇ、何で……?」


 エリスはこの意味不明なやり取りに困惑しているし、リズが頭を抱えだす。俺も含めて、この場にいる全員の理解が追い付いていない。


「ええっとね。とりあえず説明するけど―」


 再びリズがイナリの不可視術に関する話をする。


「なるほど、それでそんな質問をしたわけですね」


 エリスは顎に手を当てて頷く。


「だから、イナリちゃんが術を発動する瞬間を見てないのにイナリちゃんの名前を即答できるのは変っていうか、なんというか。エリス姉さん。何か心当たりとかある?」


「あ……いや、無いですね。無いです」


「今の間は絶対何かあるだろ」


「ええっと、私の、術の効果を打ち消すほどのイナリさんに対する想いということでいかがでしょう?」


 エリスが言い訳らしく適当な理由を提示するが……。


「……なんというか、否定しきれないところがあるな……」


「でも何かまだ隠してない?さっきあるって言いかけたでしょ?」


「……その、何を言っても皆さんが何も言わないという保証がないので……」


「え、何、そんな感じの理由なの……?」


「い、いや、法には触れませんよ!?ただその、ほら、毎晩イナリさんの尻尾を梳いているじゃないですか?それで抜けた毛を少し拝借しまして、お守りを作って持ち歩いてたんですよね……」


「……それ、イナリちゃんは知ってるの?」


「一応、寝ぼけてるときに確認したら返事っぽいのは返ってきたので、合意と見做しています」


「……それ、後でちゃんと話し合っておいた方が良いぞ、マジで」


 今回のエリスは無断でそれをやっているとしたら、流石に一線を越えている気がするので、変にこじれる前にしっかり話をしておくべきだと忠告しておくことにした。


「あ、話し合いで思い出した。エリック兄さんとディルに話があるんだった。ちょっとそこになおって欲しいんだけど」


「……マズい、忘れてたわ」


「えっ。何何?」


 リズの過去の話をイナリに伝えたことについての「お話」がこれから始まろうとしていた。何も知らないエリックには悪いが、しばらく付き合ってもらうこととしよう。

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