85 招かれざる客 種の確認
「ええっと、その、私にここの事を教えてくれた人も、別にむやみに言いふらしているわけじゃないと思うよ。それなりに仲が良かった人だから……」
エナが少し目を泳がせながら弁明する。
「ふーむ、そうか……。だが、ここの家主から苦情が来たらペナルティが課されることもあるだろう、気を付けた方が良いぞ」
「う、うん……」
「おいおいダンテさんよ、せっかくエナちゃんがこんな良いとこ教えてくれたんだぜ?あんま野暮な事言うなよなー!」
チャラいのがきりもみ式で火を起こしながら、エナに注意していた男に文句を垂れる。どうやらその男の名前はダンテというらしい。
リズと似たような形状の杖を持っている辺り魔術師と見受けられるが、リズとは違って火を起こすのに魔法を使ったりはしないようだ。
「はあ、全く。等級が上がっていくほど、そういう細かいところに気を配らなければならなくなるんだぞ?お前わかってるよな?」
「へいへい、いつも言われてますから覚えてますよ。てかさ、俺、そんなに口軽そうに見えるの?」
チャラ男が自分に指を指してエナとカミラに尋ねるが、二人は沈黙をもって答える。
「……マジ?そんな感じに思われてんの?うわーマジか、俺マジめっちゃ口堅いからね?ほんとほんと。村じゃ一番口が堅いって評判だったんだぜ!?」
「いいからさっさと火をつけてくれ」
ダンテがチャラ男に火をつけるよう促すと、彼は文句を言いながらも火を起こすべく手を動かす。
その様子を見ながら、カミラが辺りを見回しながら口を開く。
「ところでこの場所は、なぜ魔物がいないのだろうか。本当に安全なのかも怪しいし、何より、虹色旅団の新入りの家だというのも疑問だ。果たして、あんな小さな小屋で人が生活できるものだろうか」
「さあ……。ダンテさんに言われた通り、あまり深くは考えない方が良いのかも。虹色旅団の人に聞いたら教えてもらえたりするのかな」
「どうだかな」
「……よし、火がついたぞ!肉焼こうぜ!飯だ飯!」
チャラ男が焚火を起こしてメンバーに声をかけると、一同は食事の準備を始めた。
イナリはそこに便乗して、彼らの会話を聞きながら用意していた肉串を持って近づき、再加熱して食べる。
「ふふふ。人間が準備した火で食べる肉は美味いのう!」
そこからは、ただ黙々と肉を食べた。周りではイナリの事が見えないチャラ男達が何か会話をしていたが、そのようなことはもはや興味の外であった。
「ふう、美味しかったじゃ。では、さっさと寝るとするかの」
肉を食べ終えたイナリは、そこまでチャラ男のパーティが不審な者ではないことが分かった以上もう用は済んだとばかりに、さっさと家へと戻ることにした。
しかし、ちょうどイナリが小屋に入ろうかというところで、肉を焼くチャラ男のパーティの背後の茂みに何かが潜んでいる音を拾った。
「……!確かここには魔物が入れぬのじゃよな?となると、不審者かや!?」
イナリは自身の姿が見えないのをいいことに、気持ち小躍りしながら、何者かが潜む茂みへと駆け寄る。
この時のイナリの脳内から、もはやエリスが何度もイナリに告げた、「不審者に気を付けろ」という文言は完全に抜け落ちていると言っても良いだろう。
イナリはチャラ男パーティの横を通過して、何者かが潜む茂みをのぞき込む。
「どれどれ、誰がおるのかや?……おわ……」
イナリがのぞき込むと、地球での経験とこの世界での経験のどちらを参照しても、明らかに裏社会に生きていそうな人相の男が潜んでいた。
顔つきからしても、メルモートの街には絶対に居なかったような険しい表情をしているし、目も何だかギラついている。
そして纏う黒い服装はボロボロであるにも拘らず、手に持った短刀はよく手入れされている。
イナリの中における今までで一番の悪人はアルベルトで、それも冤罪であったが、そんなのとは比にならないレベルである。
イナリは初めてまともに見るこの世界の悪人に、先ほどまでの不審者を見つけてワクワクとしていた心は一気に冷え切ってしまった。
「うーむ、果たしてこれは不審者で済むものなのじゃろか。明らかにその程度では済まないように思うがの……」
ともあれ、この男がイナリの家の前にいるチャラ男達を狙っているのだろうということは確実だろう。
「我が領域において流血沙汰は御免じゃしの……」
イナリがこのように憂う理由は、単に家の前で死人が出ることに対する忌避感があるからというだけではない。実際、地球に居たころにも、何度かイナリの神社の境内で死人が出るような流血沙汰があったのだ。
その際、その死体が人間によって見つからないと、そのまま放置されて腐敗し嫌な臭いを発するし、かといって死体が見つかった場合は、調査目的から野次馬まで大量の人が押し寄せた。
それを疎んで、イナリ自身が死体を見えない場所に処分したりすると、今度は人間が、やれ神隠しだ、祟りだなんだと騒ぎ出すのだ。どうあがいても碌なことにならなかった。
それに、今、仮に今ここで死人が出た場合、それを処理するのはイナリになるだろう。もしその途中でエリック達が来た場合、何かとてつもない誤解をされかねない。特にエリスなんかは気絶しそうな気がする。
「うーむ。火を起こしてもらった恩もあるし、ここはひとつ報いてやるとするかのう」
イナリはその辺にあった石を拾って火を囲むチャラ男達の方へと投げ、注意を不審者の方へと向けさせる。
「む?誰だ!?」
カミラがその音を拾うと、剣を持って立ち上がり誰何する。
すると、不審者は舌打ちをして、音を殆ど立てずに素早く去っていった。
「カミラちゃん、どしたん?」
「……今、誰かいたと思うのだが。皆何も聞こえなかったのか?」
「……やっぱり今、誰かいたよね?」
「ああ、間違いないな。音を立てるまで気づかなかったとは油断していた……」
「……え、聞こえてなかったの俺だけ?マジ?」
「ふう。これにて危機は去ったのう。さ、今度こそ寝るのじゃ」
イナリはチャラ男一行の危機が去ったことに軽く満足すると、再び家へと戻って、丸めた服を枕代わりに就寝した。
翌日、イナリが昼前ぐらいの時間帯に起きたころには、チャラ男達の姿は無かった。どうやら既に立ち去ったようである。
イナリはモーニングルーチンとして、川で水浴びを行った後、家の周辺を見回す。
「ひとまず昨日の不審者はおらぬようじゃが……あやつら、薪を放置していきおった……。これ、どう処分したらよいのじゃろか。とりあえず端に寄せておくかの……」
イナリは足で、家の端の木が生え始める辺りまで薪を蹴り転がしていった。
「ふう。では早速昨日の続きと行こうではないか」
イナリは家に置いておいた、色々な種類の種が入った袋を外に運び出す。
実のところ、イナリは種を端から端まで少しずつ購入したので、全容をあまり把握していないのだ。
そんなわけで、イナリは畑の近くにある切り株に腰掛けて、袋から種の種類ごとに小分けにされた箱を取り出し、箱についているラベルから何の種か確認する。
「これがオリュザ……稲じゃな。それにトマト、カボチャにトウモロコシ……ふむ、我の記憶にある物と相違ないのう。……何故稲だけ名称が違うのじゃ?」
これでオリュザもとい稲のように異世界特有の別名が使用されていたら困っていただろうが、ありがたいことにイナリが知っている名称の野菜が数多くあった。
「あとは薬草……薬草??」
具体的な野菜の名称が並ぶ中、突然抽象的な名称の箱が出現したので、イナリは面食らってしまった。
イナリは何か治療に役に立つ特定の種類の草がまとめて薬草になると考えていたが、「薬草」という草がそのまま薬草になるようだ。何を言っているのかイナリでもよくわからなくなってくるが、そういうことらしい。
「それに毒消し草……これも薬草のようなものかや?で、これはいちごじゃな。甘い物はどれだけあっても困らぬのう。そしてこれは……てるみっと、ぺっぱー……?」
ここに来て全く分からない植物の種が現れた。テルミットペッパーとは一体何なのだろうか。
恐らく市場で売っている以上、危険なものではないはずだが、しかしイナリが知っている植物の名前が違うだけという感じではなさそうだ。
これは育ててみないとわからないものだろう。考えるだけ無駄だろうと思いながら、イナリは次の箱を手に取る。
「すたーげいざー?……なんじゃこれ。これも植えて放置じゃな」
イナリは手に取った箱を再び右から左へと流し、次の箱を手に取る。
「これは……おお、じゃがいもじゃな!確か以前の世界では人間が色々作っておったはずじゃ。試す価値はあるかもしれぬのう」
イナリは知っているものがある事に対する安心感を感じながら、収穫後の事に思いを馳せる。
「あとはアサガオ、アジサイ、ひまわり……ふむ、観賞用の花々といったところじゃろうか。季節の統一感がまるでないようにも思うが、まあ我の力の前には関係ないことじゃし、よかろ」
買った物の種を一通り確認し終えたイナリは、早速作業に取り掛かることにする。まずはイナリがこうして種を買うに至った理由でもある、オリュザからである。
「さて、人間はどのようにして稲を作っていたじゃろうか。確か水を引いていたのう?水……みず……?」
イナリは目の前の畑を見る。どこをどう見てもただの畑だ。当然、どこにも水が流れていない。
「これ、川の近くじゃないとダメじゃな……。え、我、もう一回あの作業をするのかや……?」
イナリは昨日自身が行った、ただ無心で地面に剣を突き立てる作業を思い返してげんなりした。
「まずはオリュザ以外を適当に植えるとするかの。はあ……」
イナリは一つため息をついてオリュザの種が入った箱を置き、他の箱から種を取り出して植える作業に入った。




