51 懸念 ※別視点
前回に引き続きエリス視点です。
「……なんだここ……。誰か知っているか?」
ディルさんが周りの冒険者に尋ねますが、皆が首を振ります。この場所については誰も知らないようです。
「ひとまずあの小屋の中を確認して、安全そうならここで一晩過ごそう。僕たちが見てくるから、皆は休んでいてほしい」
エリックさんの判断で他の冒険者パーティの方々を休ませて、私達が家の中を確認することになりました。
謎の門と石を通り過ぎて家に近寄ります。先ほど遠目に見たときは家だと思いましたが、扉も無ければ、建材も恐らく周辺から集めた木でできており、エリックさんが言ったように小屋と評価するべきかもしれません。
小屋の中を見ると、既に日が沈んでいることもあり中は暗く、木の匂いが充満していました。
「暗いから照らすね。火魔法だと危ないから、光魔法が良いか。『ライトボール』」
リズさんが魔法を使って辺りを照らします。
小屋の中はどうやら一部屋しかなく、質素なテーブルと木彫りの器や籠がいくつかあるだけです。
「なんだこりゃ。まるで生活感がねえな」
「多分、近くの村の人が物置小屋として使うために建てたんじゃないの?村があるのかは知らないけど」
ディルさんとリズさんが部屋を見た感想を述べます。確かに二人の言う通り、実に質素です。
「確かこの辺に村は無いはずだけど。……でも多分、一週間以内に誰かがここに来ているみたいだね。ほら、この籠に入っている葉は、採られてからそんなに日は経っていない」
エリックさんが籠に入った葉を一つ取って見せてきます。
「魔境化してからもここに来たやつがいるのか?そいつは今何してるんだか……」
ディルさんがここに来た人について疑問を呈しているところで、私は部屋の隅に、ある物を見つけました。
「……あれ?これって……」
「明らかに不審だ。もしかしたらこの騒動に乗じて何か企んでるやつかもしれないな」
自身の考えを述べ続けるディルさんをよそに、私はそれを手に取って広げます。これは……。
「あの、皆さん」
「絶対にさっさと帰ってギルドに報告したほうが……どうしたんだ?」
「これ、イナリさんの服です」
「……ここ、アイツの家かよ……。そういえば近くに川があるとか言ってたわ……」
私がイナリさんの服を皆さんに見せると、ディルさんが項垂れて呟きます。どうやらここはイナリさんの家らしいです。
……あれ?よく考えたらイナリさん、日中ずっと同じ服を着ているし、夜もリズさんの寝間着を使っていた気がします。まさか、ずっと同じ服を着回していたのでは……!?恐ろしい事実に手が震えます。
「イナリちゃん、こんな家で暮らしてたのかぁ……」
リズさんも微妙そうな顔をして感想を漏らしています。
最初この小屋を見たときに、生活感が無いだの物置小屋みたいだのと言ってしまった分、後ろめたく感じているのでしょうか。
でも、よく考えたらおかしく感じます。何故イナリさんのような少女がこんな孤立した場所で暮らしているのでしょうか?
「あの、ここって、本当にイナリさんの家なのでしょうか?」
「どういうことだ?」
「雨風も碌に凌げなさそうなこの小屋は、本当に家なのでしょうか?もしかして、イナリさんを生贄にするための祭壇のような場所なのでは?」
私は一つの可能性を提示します。元々私達の間でイナリさんは元生贄の子供であると考えていましたが、その考えが色濃くなってきているのを感じます。
それに、食べ物は他者から与えられたものばかり食べていたといったような、元生贄と考えられるような発言も多々ありましたし、私の説はほぼ確実と言っていいでしょう。
「え、何の話??」
「そういえば、リズはあの時いなかったか。あのオムライス事件の日、リズとイナリちゃんが注文しに行ってた時に、三人で話したんだよ。イナリちゃんってもしかして生贄として捨てられたんじゃないかって」
「ええ?あ、あー!なるほどね!!!」
エリックさんが補足してくださいましたが、リズさんはかなり困惑しているようです。
しかし、突然こんなことを聞かされたら、そのようになるのも無理はないでしょう。
私は自身の考えを続けて述べます。
「恐らく、この小屋の前の石とイナリさんを触媒として、あの門から何かを召喚しようと企てていた者がいるのではないでしょうか?」
まだしっかりは調べていませんが、あの石には何らかのエネルギーが含まれていることは確実でしょう。ともすれば、何か良からぬことを考えている者がいるに違いありません。
私の大事なイナリさんに手を出そうなんて……許せません。
「ん?いや待て、そしたらアイツがここに定期的に戻ってこようとしてるのは何なんだ?」
ディルさんが思いついたように問いかけてきます。確かにそれは変かもしれませんが……。
「恐らく、不可視術を使って妨害工作をしたりしているか、何者かに対して、ここに滞在しているフリをしているのではないでしょうか。生贄を用いる儀式の中には、生贄が餓死して初めて成立するものがあったり、あるいは脱走したことが判明してしまうと、儀式の計画が早められたりする可能性がありますし」
「流石にちょっと無理やりな気がするが……あいつにそんなことできるのか……?」
「イナリさん、ああ見えて結構頭は良いと思いますよ」
イナリさんは、何も知らないように見えて、一度学んだことに対する適応はかなり早いと思います。
なので、イナリさんがこの生贄である状況から抜け出すべく考え抜いた末に、私達に隠れて何かをしている可能性も大いにあると思うのです。
私達に相談してくだされば力になれるのですが、井戸の時といい、イナリさんは変なところで自力で解決しようとしてしまうようです。
もっと頼ってほしいものですが、そこまでの信用はまだされていないということでしょうか。
「うーん……。イナリちゃんには悪いけど、一回事情をしっかり聞かせてもらわないといけないかもね」
「まあ、そうだなあ……」
エリックさんとディルさんは私の考えに納得してくださったようです。
「ええぇぇ……?どうしてそうなるの……?」
しかし、リズさんはまだ納得できていないようです。リズさんは聡明な方ですから、きっと時間が経てば理解してくださると思いますが……。
「とりあえず、イナリちゃんがここにいない時点で儀式は進行しないだろうし、一晩ここで滞在するだけなら問題ない、かな……。でも、帰ったら報告とかを色々しないといけないね。もしかしたら魔王の出現にも関わっているかもしれない」
「そ、そうだね~……」
私がイナリさんが生贄である可能性について告げて以降、リズさんの様子が変で少々心配です。
もしかしたらショックを受けているのかもしれませんし、後で宥めてあげた方が良いかもしれませんね……。
一旦イナリさんに関する話は終わらせて小屋から出て、待機していた他のパーティの方々にエリックさんが声を掛けます。
「皆、ひとまずここは安全そうだから、ここで夜明けまで待とう。エリス、簡易結界をお願い」
「わかりました」
エリックさんの指示に従って簡易結界を展開します。この術を使うと、イナリさんが弾かれたあの時を思い出してしまいます。
「よーし、それじゃ、お腹空いたしお肉焼こう!」
「毎度言ってることだけどよ、匂いには気をつけろよ」
「わかってるわかってる!!」
結界を張り終わるとリズさんが元気に、他のパーティの方々が集めて下さった薪に火をつけて肉を焼き始めます。どうやらいつもの調子に戻ったようです。
「エリス姉さん、はい!肉焼けたよー!」
「リズさん、ありがとうございます」
リズさんが肉を刺した串を差し出してくださったので、それを頂きます。
それにしても、今私達の家にいるイナリさんは大丈夫でしょうか?何かとトラブルを起こしがちなので、何事も無ければ良いのですが……。
 




