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豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
一般人イナリの受難

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441 聖女回避策

 ガーディやエリスから「時詠みの聖女」について聞いてから、また数日が経った。


 辺りはすっかり、新たな聖女を迎え入れる活気に満ち溢れている。


 前評判通り、「時詠みの聖女」はかなりの大物らしい。有名人に会えると色めき立つ神官は数多く、そのせいもあってか教会の手入れが今まで以上に行き届いている。


 それに、警備も数段厳重になった。部屋を出てその辺をうろつくだけで、今まで殆ど見かけることが無かった純白の鎧を身に纏った兵士をたくさん見ることができる。


 ……知名度の差がある以上仕方がないことだが、教会の「偶像」の座を掻っ攫われてしまった神、イナリは密かにしょぼくれていた。


 勿論、初めからそんな座を狙っていたわけではないのだが、こうも分かりやすく手のひらを返されては、多少思うこともある。幸いなのは、エリスは全くブレずにいてくれたことか。


 ともかく、そんな教会の様子を傍目に、イナリはエリスと共に「時詠みの聖女」を避ける計画を練っていた。


「――ついに今日か。首尾はどうじゃ?」


「抜かりありません。全ての計画は順調に進んでいます」


「ふふ、そうかそうか。流石はエリス、我が見込んだだけのことはある」


「イナリ様のありがたきお言葉、身に沁みます……」


 朝日が差し込み白く照らされる部屋の中、イナリとエリスが仰々しく話していた。


「……何してんだ?」


 その様子を冷めた様子で見るのは、三名の冒険者――「虹色旅団」の面々である。その中の一人、ディルが声を上げると、イナリは得意げに頷く。


「ふふ、一回やってみたかったのじゃ。秘密裏に進めた計画について意味深な風に語り合う、アレ……!ああ、久方ぶりの威厳ある振舞い、体に沁みるのじゃ……」


「威厳?……まあ、元気そうで何よりだ」


 自分で自分を抱きしめてくねくねするイナリを見て、ディルは首を傾げつつ適当に返した。そんな不遜な男のことはさておき、イナリは皆に向き直る。


「さて、お主らに来てもらったのは他でもない。今日ここに来ると言う『時詠みの聖女』から、我を遠ざけて欲しいのじゃ。エリスから詳細は聞いておるかの?」


「うん、聞いているよ。今のところ、丸一日街を適当に巡る方向性でルートを考えているけれど、どうかな」


「うむ、苦しゅうない。折角食事も満足にとれるようになったことじゃし、美味な物を食べに行こうぞ」


 エリックの言葉にイナリはまた頷く。


「本当は私がイナリさんと一緒に出掛けたかったのですが、色々な仕事を任されてしまい、そういうわけにはいかなくなってしまいました。はあ……」


「一応、アリシアの理解は得られたのじゃよな?」


「そうですね。皆さんの予定が空いていてよかったです……」


 イナリの問いにエリスがしみじみと頷く。


 未だにアリシアと直接話せてはいないが、アリシアも「時詠みの聖女」とイナリの接触は避けたいのだろうか。


 アリシアが差し向けてきた可能性もあるのではないか、と頭の片隅で考えていただけに、この点は少し意外であるが……アリシアの思考はアルト教に基づいているきらいがあるので、どうにも真意が読みづらい部分がある。


 とはいえ、流石にエリスの予定を丸一日空けるのは無理があったようだが、イナリの行動を阻んでくるようなことはないらしい。その点は安心して良さそうだ。


「というわけで皆さん、私の代わりにイナリさんのことはお願いしますね」


 エリスがエリックらへ向けて告げると、リズが手を上げる。


「はーい、一つ質問!」


「何じゃ?」


「『時詠みの聖女』様を避けたいって話は分かるよ。でも最終的にイナリちゃんはここに帰ってくるんだよね?今日だけ凌いで何とかなる話なの?」


「ああ、そんなことか」


 イナリはしたり顔で返し、懐から一枚の紙を取り出す。


「くふふ、これを見よ。ここには、『時詠みの聖女』の今後の予定が記されておる」


 その言葉に、リズは目を見開いてエリスを見た。


「……一応弁明しておきますが、それは既に公にされている情報です。職権乱用も機密漏洩もしていませんので、そこはご安心を」


「そ、そうだよね、よかったぁ。いくらイナリちゃんのためなら何でもするとか言っても、限度はあるもんね?」


「いえ、限度はありませんが……?」


 リズが胸をなでおろす傍らエリスが不穏な一言を口走ったが、この場に居る全員が聞かなかったことにした。


「さて、これに目を通してみるとな。どうやら『時詠みの聖女』はアリシアとの対談と、『執務』のために招かれたそうなのじゃ」


「なるほど。……『今日の予定。メルモートの皆さまへご挨拶』……」


「どうやら、教会の正面で民衆向けに演説したり、アリシアが教会を案内するらしいのじゃ。民衆の前に姿を晒すのは警備が厳重だからこそ、ということかのう?」


 イナリは尻尾を揺らしつつ、ふとその名を口にしたアリシアの顔を思い浮かべる。


「……同じ聖女なのに、扱いが違いすぎやしないかの?」


「よ、他所からの来賓ですから。アリシア様も、他の街へ行けば同じように歓迎されるはずですよ」


「そうなのかのう?」


 まあ、神でも豊穣神と創造神のような、やんわりとした格があるし、それと似たようなものだろうか。一旦そう納得して、イナリは話を続けることにする。


「話を戻すのじゃ。リズよ、明日以降の予定を見るのじゃ」


「うん?……あ、教会にいないんだ」


「然り。そこには『執務』としか書いておらぬが……ここ最近、アリシアは魔の森の事件について色々動いていたようじゃからの、その関連で間違いなかろう」


 イナリは得意げに己の推測を告げていく。


「無論、帰ってくることもあろうが……初日さえ乗り切れば、仮病でもなんでも、如何様にもできよう」


「ほ、本当?」


 イナリの言葉をリズが訝しむと、エリックが苦笑する。

 

「パーティハウスに帰るのが一番ではあったんだけど、教会から許可が下りなかったんだよね……」


「教会が掲げる基準として、自力で歩ける程度には回復して頂かないことには、許可は下りないでしょう……イナリさん、帰りたいですよね?」


「うむ」


 エリスに撫でられつつイナリは頷き、頬を膨らませる。


「全く。病人や怪我人を治療する教会の姿勢には感服するが、些か過保護が過ぎるのじゃ」


「まあ、イナリさんが保護対象になるのは極めて妥当でしたけどね」


「急に突き放されたのじゃ……」


 イナリが梯子を外されて困惑している傍ら、リズは紙を眺めて呟く。


「予定だと、あと一時間くらいで到着するのかな」


「きっと教会の前は混むだろうし、早めに出ておこうか」


「そうじゃの。久方ぶりに見る顔も多かろう、楽しみじゃ」


 イナリが頷くと、エリックが車いすをベッドの隣に用意した。続けて、エリスに抱えられ、そっと車いすに座らされ、続けてもちまるが入った箱が膝の上に置かれる。


「この車いすについて話は聞いているが……ちゃんと直したか?」


「もっちろん!」


 ディルの言葉にリズが胸を張り、親指を突き立てる。


「車輪周りの構造を見直して、前よりも最大速度が格段に上がったよ!」


「そうじゃねえ」


 ディルのごつごつとした手がリズの頭に落とされた。


 この車いすは一体どこを目指しているのだろうか。謎は深まるばかりだ。

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