438 同担歓迎
エリスとガーディに介護されつつ、イナリは庭を見て回る。昨日はただの散歩として通っただけだが、今回はガーディによる細かな解説も挟まるので、また見え方が変わってくる。
もちまるは相変わらずイナリの膝の上でぷるぷるしているが、何か感じるものがあるのだろうか。
「この辺りは全部、お主が手入れしておるんじゃったか」
「そうですっ!えへへ、案内できて嬉しいですっ」
「この広い敷地の手入れを一任されているって、改めて考えると凄いですよね」
ガーディが喜ぶ傍ら、エリスも感心したように声を上げる。
ガーディは植物や園芸に造詣があるので、彼女が世話役として訪れてきた時の会話も専らその方面での会話となっていた。
対人関係よりも自然に対する理解の方が圧倒的に深いイナリにとって、そういった話題は非常にありがたかった。だからこそ二人の会話は自然と弾んでいて、他の神官と比べて距離感は近かったと言えよう。
「噂に聞く、『シャシンキ』?っていうのがあったら、寝室にいるイナリさんに見せることもできたんですけどねぇ……お二人は確か、勇者様とシャシンを作ったことがあるんですよねっ?いいなぁっ!」
「勇者と撮ったというより、勇者の写真機を借りて、我が撮られ続けたというのが正しいのじゃ」
「私の宝物です。同じイナリさん好き仲間ですからね、今度お見せしますよ」
「本当ですかっ!?ありがとうございますっ!」
エリスの申し出にガーディが手を上げて喜んだ。
「少し意外じゃ。お主はこう、他人が我を好きになることを快く思わないかと思うておったのじゃ」
「イナリさんを好きにならない人なんて、この世界に存在しませんから。もしそれで不快になるようだったら、視界に入る全人類を排除しないといけなくなっちゃいますよ。ね?ガーディさん?」
「そうですねっ!」
エリスの頓珍漢な言葉にガーディは即座に同意した。
――もしかして、ガーディも割とエリス寄りの特殊な人間なのだろうか?
そんな思考がふとイナリの脳裏によぎるが、すぐに振り払う。このガーディの明るい性格のことだ、深く考えず頷いただけだろう、きっと。
「時に、お主らはどういった関係なのじゃ?」
何気なくイナリが問いかけると、エリスとガーディが顔を見合わせる。
「同僚、ですかね?」
「そうですねっ。ただ、私と違ってエリス様は、回復術師でありながら冒険者として人々を救い続ける、すごいお方ですからっ。聖女様に次ぐこの教会の誇りで、皆の憧れなんですっ!」
「め、面と向かって言われると恥ずかしいですね。私はそんな高尚な人間ではないですよ」
エリスは顔を赤らめ、車いすの尻尾入れに収まっているイナリの尻尾に触れながらそわそわと返した。
エリスとしてもガーディの言葉は本意では無さそうなので、イナリの方から助け船を出してやることにする。
「そうじゃ。こやつはただの尻尾張り付き神官じゃ」
「その評価も心外ですけどね」
イナリが出した助け船はエリスの手で叩き壊された。どうやら余計なお世話だったようである。
そういえば、イナリが現れる前のエリスはパーティに属さず、転々と冒険者たちを支援し続けているという話をエリックやディルから聞いていたか。ガーディの敬うエリス像はそこに由来しているのかもしれない。
イナリの両頬をつまんで引っ張るエリスの姿に、ガーディはくすりと笑う。
「実は皆、以前はエリス様っていつも冷静で、高嶺の花とまでは行きませんけど、お堅い方だと思ってたんです。でも、ある時を境にいつもイナリさんの事を話すようになって、そのお姿がとても柔らかくて……そのエリス様こそ、本来の姿なんだなと思ったんですっ」
「あ、あの、ガーディさん。私の話はもういいでしょう?」
エリスの羞恥心が加速していく度、イナリの尻尾を擦る速度が速くなっていく。
「そうですか?とにかく、そんな経緯でお二人を知って、気がついたら大好きになったんですっ。まさか、こんな風にお話できる日が来るとは思っていませんでしたっ!是非、これからも仲良くしてくださいっ!」
「うむ。お主は植物談義ができる貴重な人間じゃからの。我からもよろしく頼むのじゃ」
「私も……元々同僚ですし、何だか今更な感じもしますけど……」
ガーディの差し出してきた手をイナリが握り返し、そこにもごもごと呟きながらエリスが手を重ねた。
もちまるも便乗しようとして体を伸ばしていたが、流石に届かなかったようである。
ガーディと別れ、イナリは再び寝室に向かって運ばれる。
「イナリさん。今度、私にも植物や園芸のことを教えてくれませんか?」
「む?それは構わぬが……植物についてはお主の方が詳しいじゃろ」
イナリの持つ知識はあくまでも地球のものであり、異世界では直接的に役に立たない部分も多々ある。故に、異世界の事は異世界――いや、現地人の方が詳しいのは当然のことだ。
実際、森でイナリが収穫したキノコが片っ端から有毒だったことを見分け、イナリを涙目にさせたのはエリスである。
そういった意図を込めてイナリが返すと、エリスは首を横に振る。
「私の持つ知識は、せいぜい冒険者か回復術師としての教養程度ですし、イナリさんの持つ知識に触れれば、もっとイナリさんの事を知ることができますから。あるいは、一緒にお勉強するのもアリですね」
「ふむ。確かに面白そうじゃな」
また一つよい暇潰しが見つかったか、そう思っていたところで、ふとある部屋が目に留まる。それはイナリの寝室の隣の部屋であった。
「ここは、我以外にも患者がおるのじゃよな?」
「そうですね。この部屋はファシリットさんがいる部屋です」
イナリは記憶を辿り、やっとその人物を思い出す。
「ああ、アルテミアでカイトを操る計画に加担していた者か」
アースの手で操作用の首輪を付けられ、実質的に意識を失っているのだったか。
「察するに、処遇を決めかねているところかの?」
「ウィルディアさんをはじめ、色々な人がどうにかする方法を考えているみたいですけど……仮に起こせるようになったとして、恐らく幸せな展開にはなりませんし……そうですねえ」
一神官として大声で話せる内容ではないのだろう、エリスは言葉を濁して答える。経緯も経緯なだけに、治療法以外にも色々な事情や思惑が絡み合っているのだろう。
「この施設の意義を鑑みるに、見捨てるような真似も憚られるわけじゃな」
「監獄に任せてもいいのでは、という意見もあるのですがね……」
「中々複雑そうじゃのう」
答えづらい質問を延々としても悪いだろう。イナリは他人事のように呟いてこの話題を切り上げ、エリスに介抱されてベッドに横になった。
「ああそうじゃ、すぐじゃなくてよいのじゃが、一つ頼まれてくれぬか?」
「何でしょう?」
「今はまだ物を掴んだりは厳しいが、近いうちに手の自由が利くようになると思うのじゃ。適当に画材を持ってきてくれぬか?暇潰しに絵でも描けたらよいと思うてな」
「それはいい考えですね。フィックルさんに相談して手ごろな物を探しておきましょう。きっと名画になりますよ」
「はは、大げさじゃの」
エリスの言葉にイナリは笑って返した。




