433 お取込み中 ※別視点
<リズ視点>
「――よし、後は車輪をくっつければ……あれ?ここの留め具どこやったっけ」
「あっごめんね。私が持ってた!」
リズは今、ハイドラちゃんと一緒に教会の敷地の一角に布を広げ、ある道具を組み立てていた。周囲では、物珍しさからか孤児院の子供たちや世話役の神官が野次馬している。
「おねーちゃんたち何つくってんの?」
「んー?これはね、車いすっていうの」
男子の言葉にハイドラちゃんが優しく答える。
これはベッドから動けないイナリちゃんのために用意した車いすだ。骨組みはドワーフの鍛冶師ガルテさん、車輪や座席部分などの細かい部分はハイドラちゃん、耐久強化の刻印はリズが施した、特製と言って差し支えない出来だ。多分、店で売ればそこそこの値段になるはず。
「誰がつかうのー?」
「ぼく座ってみたい!」
ハイドラちゃんの言葉を皮切りに、子供たちはハイドラちゃんを取り囲み、思いつくままに言葉をぶつける。囲まれている当人の気持ちはわからないけれど、傍から見ている分には子供らしくて微笑ましい光景だ。
……それにしても、何で誰もリズの方に来ないんだろう。一応年齢的には向こうの年長の子と同い年くらいだろうし、そんなに接しにくいことはないと思うんだけど。
あっ、もしかして、魔術師としての「格」を直感的に感じちゃったのかな?それならまあしょうがないか。うんうん。
「ねー、何でうさぎのお耳が生えてるのー?」
「バカお前、そりゃ獣人だからだよ!怒らせたらばらばらにされるって先生が言ってたろ!」
「あはは、バラバラになんてしないよー?」
それにしても、失礼の極みみたいな言葉も笑顔で流すハイドラちゃんは何というか、すごく大人だ。商人としての経験は伊達じゃないと感じる。
リズだったら多分、返事の代わりに魔法を返してた気がするし。……あれ、もしかしてこういうところがダメなのかな。
なんてことを思っていたら、神官が子供の頭を下げさせながらハイドラを取り囲んでいた子供たちを下がらせる。
「申し訳ございません!わざわざ作業を見させていただいたというのに、こんな失礼を……子供たちにはよく言い聞かせておきますので」
「いえいえ、大丈夫ですよ。皆元気なのは良いことですから!」
ハイドラちゃんは本当に大人だ。謝罪を受け入れるくらいならまだしも、ここで相手を気遣うなんて、その辺の魔術よりもよほど高等技術だ。
「ところで、この……車いす、でしたか。こちらはどちらに運ばれるのですか?お詫びにもなりませんが、私が代理でお届けいたします」
「ああ、それも大丈夫ですよ!この後、療養中のイナリちゃんに面会ついでに渡すものなので――」
「お狐さんと会うの!?」
ハイドラちゃんの言葉を、女の子の声が遮る。
「今の声って……サニーちゃん?」
リズが呟くと、子供たちの間を潜り抜けるように、空のような水色の髪を持つ女の子、サニーちゃんが現れた。彼女はとてとてと駆け寄ってリズの腰に抱き着き、上目遣いに問いかけてくる。
「リズちゃん、お狐さんと会うの?」
「そうだよ。この車いすを届けようと思ってね」
リズは車いすを掴み、軽く前後に動かして見せる。
元々は、これもイナリちゃんの部屋を借りてその場で組み立てる予定だった。けれども、「教会の床や壁に傷がつく可能性がある」ということで、一旦外で組み立てて、完成品をイナリちゃんの部屋へ運ぶことになったのだ。
「わたしもお狐さんと会いたいの!ねえ、ダメ?」
「ん?サニーちゃんって、イナリちゃんに会えないの?」
妙に切実な訴えにリズ達が首を傾げると、神官が首を横に振る。
「療養中の面会は、不測の事態を減らすために一部の関係者以外はお断りしておりまして……」
「あー……」
つまり、サニーちゃんはイナリちゃんがいる場所のすぐ傍に居るのに会えないのか。それはちょっと可哀想かも。
そう思ってハイドラちゃんに目配せしてみれば、お互いの考えが一致しているようだった。
「すみません、サニーちゃんも面会に行かせられませんか?リズ達が居るので、変な事も起こらないと思います」
「……そうですね。ここ数日元気が無くて心配でしたし……」
数秒の間を置いて神官がそう言うと、サニーちゃんの前でしゃがんで視線の高さを合わせる。
「サニー、ちゃんとお姉さんたちの言うこと聞ける?」
「うん!」
「じゃあ、失礼のないようにね。……すみませんが、少しの間サニーをお願いします」
「やったー!お狐さん、元気かな!」
イナリちゃんと会う許可を得たサニーちゃんは、その場で跳ねて喜んだ。かわいい。
「サニーちゃん、本当にイナリちゃんの事が好きなんだねぇ」
「うん、大好き!おうちが無くなっちゃったのは悲しいけど、外に出してくれたから!あともふもふ!」
「ふふ、そっか。会うのが楽しみだね。折角だし、車いすに乗ってく?」
「いいの?やったー!」
ハイドラちゃんがサニーちゃんの頭を撫でた。
すごく微笑ましい光景ではあるのだけれども、ハイドラちゃんから人を甘やかしてダメにする素質を感じた。
サニーちゃんを乗せた車いすを押しながら、リズ達はイナリちゃんがいる部屋に着いた。
「――答えてください。私達の中で一番なのは誰なんですか?」
「私ですよね?あの日の夜、あんなに私の事を励まして下さいましたよね?」
「えっ?でも私は夜空に輝く星だって……」
「そんなことを言ったら、こっちは太陽と言ってもらえたよ?……どういうこと?」
「あ、あわわ……」
ベッドから動けないイナリちゃんが、四人の神官に囲まれて修羅場になっていた。
「一旦、出直そっか」
「うん」
この光景には、あんなにイナリちゃんに会いたがっていたサニーちゃんも真顔である。まあ、あんな怖い大人がたくさんいる場所に入りたいとは思わないよね。
「ま、待つのじゃ!そ、そこに誰かいるのはわかっておるのじゃ!頼むのじゃ、帰らないでくれたもれ!」
「……お狐さん、大丈夫かな」
「大丈夫……ではないかもだけど。とりあえず、リズが様子見てくる」
「ごめん、お願い。サニーちゃんの事は私に任せて!」
イナリちゃんの必死な声を無視するのも心苦しいので、サニーちゃんはハイドラちゃんに任せることにした。
全く、イナリちゃんは何をしたのやら……。




