423 おつかい完了 ※別視点
<アース視点>
暇潰しに作ったこの火炎放射器は間違いなくこの世界ではオーパーツだ。炎の端に触れただけで、草の魔物の身体全体を伝うように炎が燃え広がり、彼らの身体を塵へと帰してゆく。
この圧倒的な力の差が、この世界に生ける者と世界を超越する神との格差である。
……などと言ってみたが、こんなことはどうでもよくて。
「あっっっっっつ…………」
流石は神お手製の火炎放射器の炎と言うべきか、神ですら汗が噴き出す熱さだ。
楽しいのは最初の十秒くらいだけのもので、以降はそれどころではない。魔物を一掃する爽快感など微々たるもので、暑さに対する苛立ちで一瞬で上書きされてしまった。
「もういいわ」
あれだけ誇らしげに取り出した火炎放射器は、あっけなく亜空間へと帰って行った。今度はもっと涼しい時に使うとしよう。
さて、魔物は一通り燃やしたが、唯一神の力を取り込んだ「蕾」だけは焼き尽くされずに耐えている。「蕾」の部分が燃えて「中身」が出てきたことで、絵面はかなりグロテスクである。
「グギ、ゴポ、ゲオロ……」
「さっさと楽にしてあげるわね」
果たしてこれが何か訴えているのか、呻いているのかは与り知るところではない。私は火炎放射器の代わりに取り出した剣を握り、躊躇せずにその胸――神の力を取り込んだ核となる部位に突き刺した。
聞くに堪えない音を発していたそれは地面に倒れ、赤と緑を混ぜたような、粘りのある液体を垂れ流す。これを果たして元人間と呼んでよいものか。
それに、人として生まれたのなら人として生きればよいのに、どうして神に近づきたがるのだろう。その先に待っているのは破滅でしかないというのに、全く理解しがたい。
「あ、そういえば、これを回収しないといけないのよね。貴方、これについて詮索は――」
私が後ろを振り向くと、イナリと一緒に地面に倒れているディルの姿があった。
「――嘘でしょ?」
魔物の相手に夢中になっている間に、この男は後ろで倒れていたらしい。
普段人間の事など殆ど気にしておらず、今回もその例に漏れなかったわけだが、この状況は好ましくない。イナリの知人であるこの男の身に何かあれば、イナリは私を恨むに違いない。あるいは、仲間から恨まれ、その怒りの矛先がイナリに向いて、疎まれてしまったり――。
脳裏にあれこれと懸念がよぎりつつ、一旦ディルの健康状態を確認する。創造神ともなれば、一目見れば生物の状態は看破できる。
「あ、酸欠か……」
原因はわかったが、結局私の過失であることには変わりなかった。一旦外に、いや、この際街の近くまで転移しておいた方がいいだろう。
倒れている二人を亜空間に放り込み、そのまま街の傍に転移した。後は人通りがありそうな場所に寝かせておけば、気づいた人間が連れて行ってくれるだろう。心配なので後で何回か見に来ることにはなりそうだが。
こんなことなら先にイナリをこっちへ運んでおくべきだったと、横着したことを半ば後悔しつつ、私は再度元居た場所へ戻った。
さあ、今度こそアルトから頼まれていた対象を回収したら仕事は終わりだ。
と、そう思っていたのだが――。
「何で人が来てるのよ……!」
全く、ちょっと目を離した隙にこれである。
茂みに隠れて相手を観察する。回収対象の遺体の周囲を、数名の白い鎧に身を包んだ兵と、同じく白いひらひらとした衣装に身を包んだ女が囲んでいる。
「アレって確か聖女よね?」
あれはいつかサニーに見舞いに行った日だろうか。ほんの十数秒程度だが、同じ部屋に存在していた記憶がある。尤も、言葉は一切交わさなかったので、面識と呼んで良いのか怪しいが。
しかしこれは面倒なことになった。これが普通の人間であればどこかへ飛ばして記憶操作するなりできたのだが、聖女となるとそうはいかない。
しかもイナリ曰く、この聖女は私を邪神と疑っているらしい。その話を聞いたときこそ「関与するつもりも無いし好きにしたら」と返しておいたが、ここに来てそのツケを払うことになるとは。
聖女とは簡単に言えば、アルトの仕事を支える重要な存在だ。その辺の人間と同じようにぞんざいに扱うと、クレームを受けることになるのは私である。当然、聖女の付き人を害するのも良い顔はされないだろう。
アルトに付け入る隙を与えると、それをだしに地球で遊ばせろだのなんだのと煩くなるのが目に見えている。そういう意味でも、この場は丸く収めたいところだ。
幸いなことに、この辺りに神の力が充満しているおかげもあってか、向こうはこちらに気が付いていなさそうな様子だ。これならば色々とやりようがある。
私は慎重に空間の位置関係を確認し、回収対象のやや上あたりに亜空間を設置し、虫網で虫を捕える要領で、亜空間を下に押し込んで閉じる。これで回収完了だ。
「……ふう、上手くいってよかった」
普段幾度となく便利な技として使っている亜空間だが、展開地が自分から離れるほど慎重に操作しないと、少し手元が狂っただけで亜空切断を発動することになってしまう、実に危険な技だ。
故に、このあっつい環境で一発で成功したのは僥倖に他ならない。……唯一の問題点を挙げるとすれば、アルトに渡す時にあの死体を触らないといけないことくらいか。
「――何だ今のは!?」
「――聖女様、お下がり下さい!」
何やら向こうは騒がしくなっているが、もはや今の私には関係ないことだった。
「さて、帰るとしましょ――いや、その前にイナリ達を見ておこうかしら」
回収されていなければ街まで連れていくのも吝かではない。そんなことを考えつつ、私は灼熱の森から姿を消した。
イナリ達を街に居た兵士に引き渡し、天界に戻ると、アルトが何やら忙しない様子で作業をしていた。
「アルト。頼まれてた件、片付けてきたわ」
「えっ、本当ですか?反応的に絶対無視されてると思ってました……」
「私の懐の深さに感謝しなさい。はい、お土産」
私はアルトの前に例の死体を取り出した。ぐしゃりという音と共に、白い床を赤緑の液体が汚す。
「うわっなんか煙臭ッ……ああいや、ありがとうございます……」
アルトはものすごく嫌そうな顔をしていたが、一応の感謝の言葉を掛けてきた。
「それで、貴方は何をしていたの?わざわざ私をパシリにするくらいなんだから、しょうもない理由だったら許さないわよ」
「ああ、その点でしたらご安心を――」
こういう時、実際に「しょうもない理由」の時のアルトは酷く慌てふためくのだが、今回はかなり自信がある様子だ。
「――転移者を地球に送還しました」
「ああ確かに、それは貴方じゃないとダメね」
「そうでしょう?」
アルトは腕を組んでしたり顔で頷いた。
「……というか、お願いするときに説明しませんでしたっけ?」
「ごめんなさいね。私、アルトの頼み事を聞くときだけは普段の一千倍耳が遠くなっちゃうから」
「その獣耳は何のために生やしてるんですか?」
「イナリのためよ」




