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豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
魔の森修復作戦(仮題)

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422 アルトからの頼み事 ※別視点

<アース視点>


 尋常でないくらい苦しそうな様子のイナリに罪悪感を覚えつつ、私はアルトに伝えられていた場所へ転移した。


「……暗い」


 ドーム状に周囲を囲む巨木が空を覆い、ここに差し込む光はごく僅かな月明かりのみ。魔の森が明るいと思えるほどの暗黒空間である。尤も、創造神たる私にとっては大した問題でもないが。


 この外界から隔絶された地は火災や雷雨の被害を免れたようだが、外からの熱は遮り切ることができなかったのか、依然としてサウナのような蒸し暑さがある。そのせいでイナリも苦しそうだ……いや、これは元々か。


 しかし、そこら中に満ちているイナリの力の残滓からするに、相当大胆に力を奮ったのだろうことが窺える。まあ、普段ぽけっとしながら垂れ流している力を全部一点に注ぎ込んだらこうもなるか。


「神の力について、少しは教えてあげた方がよかったかしら」


 私は背におぶったイナリの頬を軽くつついた。


 全く自覚していないだろうが、イナリは神の力の効率が尋常でないほどに良い。それは恐らく、私のような創造神を遥かに超えるレベルだ。


 普通、神の力が枯渇した神はしばらく著しく弱体化して回復に時間がかかるものだ。


 当然、その間に何かがあったら碌な対応ができないし、他者から恨みを買っていれば命を狙われたりすることもある。……滅多にそのような事は起こらないけれども。


 ともかく、そういった理由から私やアルト、その他多数の神は皆、普段は力を慎重に使い、どうしようもなくなった時にはお互いに協力しあうわけだ。


 それがこのおとぼけ狐ときたら、常時贅沢に力を垂れ流し続けていて、しかも枯渇しないときた。


 以前「風刃を使うと疲れるのじゃ」などと宣っていたが、疲れる程度で済んでいるのがどれだけおかしいことか、一度理解した方がいいだろう。


 ……一方で、その特異性を伝えるとして、変に自信をつけられてしまうのも困る。果たしてどうするべきか、ここは悩ましいところだ。


「ま、今はさっさと仕事を終わらせましょうか」


 私はイナリの力に塗れた空気中から「異物」を見分け、それを辿ることにした。




「これは……どういう状態?」


 私が辿り着いた場所は花畑だった。とりわけ目を引くのは、熱で萎びた花々の中に一つ咲いている、巨大な「蕾」だ。


 ただ、少し分析してみると見方が変わる。これはいくつかの太い植物が絡み合った物体で、中には潰れた人間が居るようだ。この潰れているのが今回の確保対象だろう。


 ……同時に、イナリも案外やるときはやるのだな、と妙な感慨も覚えた。


「潰れてても確保対象には変わりないわよね。丸ごと渡したら怒られるかしら」


 蕾の表面を軽く叩きながら考えていると、側方から茂みをかき分けて足音が近づいてくる。


「……貴方は」


「ディルだ。少し話を聞かせてもらいたいんだが、いいか?」


「ええ、大丈夫よ。と言っても、私に答えられることはイナリの状態くらいかもしれないけれど」


「まさにその話だ。まあ、今の状況も聞ける範囲で聞きたいところだが……そいつは大丈夫なのか?」


 ディルは汗を拭いつつ、イナリを指さして尋ねてきた。


 それにしても、普段イナリと過ごしているせいか知らないが、あまりにも神に接する態度がフランクである。別にそれをとやかく言うつもりも無いが。


「イナリは紆余曲折あって力が暴走しちゃったみたいだから、一旦力を預かったの。後で街まで送るから面倒を見てあげて。今は人間の二歳児よりも弱くなってるけれど、すぐに回復するわ」


「二歳児未満って、本当に大丈夫なのか……?」


 自信を持って大丈夫とは言えないが、そこは意味深な笑みを浮かべて流すことにした。


「ちなみに暴走ってのはここの事だと思うが、再発の可能性は?俺たちの手に負えなかったら困るぞ」


「大丈夫、余程の事が無ければ暴走なんてしないわ。ちなみに今回の場合はイナリ信者が倒れたことが原因みたいね。……ああ、もう街に運ばれたって聞いてるわ」


 ディルが尋ねてくると思われた内容を予め答えておくと、彼は開きかけていた口を閉じた。


「それにしても、よくこんな場所に居て無事でいられるわね?」


「そりゃ生半可な連中は適応できないだろうが、こういう環境でも生き残れるように鍛えてきたからな」


「……そう」


 妙に誇らしげな様子だったが、その凄さがあまりわからない私は生返事を返すことしかできなかった。


 話が一区切りついたところで自分の仕事に戻ろうかと思った直後、また周辺の茂みから複数の足音が近づいてくる。


「ああクソ、来ちまったか」


「ああ、何かと思えばただの魔物……じゃないわね」


 私達を囲むように現れたのは、一見して普通のゴブリンや狼、熊である。しかしよく見ると、その体が草で構成されており、普通でないことが分かる。中には人間と思われる影もある。


「あれは外の嵐が止んだ後くらいから現れた。森の魔物や倒れた人間に……寄生している、と言っていいのか?動きはトロいが、切っても死なねえ、燃やそうと思っても燃えねえ。今のところ手詰まりだ」


「……ああ、何か見覚えがあると思ったら、イミテ草とか呼んでた草ね。何となく、何が起こっているかわかったわ」


 ディルの言葉を聞いたアースは概ね事態を察した。


「恐らく、燃やし損ねたイミテ草が成長促進を受けてしまったのね」


「それでこんな訳わからない魔物になるって?冗談じゃないぞ」


「それがありえるのよ。イナリの成長促進で、植物の品種や特性が根っこから変わることもあったから」


 それはいつかイナリに話した、「オリュザ」が「米」となっていたのが典型例だ。それは好転的な例だが、今回は悪い方に転がってしまったらしい。


「恐らく、このイミテ草は意思を獲得したのね。この環境に適応するために『植物に寄生して支配する』性質を、生物まで適用した」


「そりゃ素晴らしい突然変異だ。イナリが元気になったら拳骨のひとつくらい入れないと気が済まねえな」


「身内の前で虐待宣言とはいい度胸ね」


 ディルはまだ軽口を吐ける余裕がありそうだが、相手は曲がりなりにもイナリの力を取り込んだ存在であり、ただの人間にはやや荷が重いだろう。


 うちの狐が世話になっているようだし、ここは一つ手を貸してやるのも吝かではない。そう思っていたところ、背後の「蕾」が鼓動を打つように震えた。


 ……よく見ると、「蕾」を構成する蔦はイミテ草の色と瓜二つであった。


「……なるほど、寄生対象の生死は問わないのね。もうなんでもありじゃない」


 アースが呟いた直後、「蕾」の内側からひしゃげた形状の腕が飛び出し、外へ出ようと歪な挙動でもがき始める。その光景はグロテスクの一言に尽きる。


「全く、軽く寄り道するだけのはずがとんだ災難だわ。……貴方、しばらくこの子を預かって頂戴。雑に扱ったらただじゃおかないわよ」


「ああ、イナリの扱いには慣れてるからな。あいつらにも指一本触れさせねえさ」


「言ったわね」


 私は背負っていたイナリをディルに預け、物置用の亜空間の奥底で眠らせていた火炎放射器を取り出した。


「さっき見かけて、私も持ってたのを思い出したの」


 他所の神の世界で創造神が力を奮うのはご法度だが、今回はアルトの頼みでここに居るのだ。多少暴れたところで咎められる謂れは無い。


 それに、曲がりなりにも神の力を取り込んでいる相手だ。出し惜しみをしていたら一筋縄ではいかないだろう。


「さ、バーベキューの時間よ」


 火炎放射器の引き金を引くと同時に、青白い炎が勢いよく噴き出した。

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