418 派手にやろう ※別視点あり
<リズ視点>
しばらく待っていると、エリック兄さんがリズ達のところに戻ってきた。……何だかあまり芳しい感じの表情じゃないように見える。
「どうしたの、何かあった?」
「まさか指揮の引継ぎを断られたか?そういうことなら俺が話をつける」
「いや、そうじゃない。そこは快く引き受けてもらえたから安心してほしい」
ディルが指を鳴らしながら歩き出そうとしたところをエリック兄さんがすかさず引き留めた。
「ただ、別の問題がね」
「別の問題って?」
「どうも、例の店主さんの息子さんがいないそうだ。朝から見てないから、早々に合流地点に来ていたと思われていたらしい」
「あー……エリオットさん、だよね。つまり、どの道ラズベリーちゃんと会う必要があるってことになる?」
「ああ。しまったな、さっき引き留めておくべきだった」
「その点は問題無さそうだ。もういいとか言ってたわりに、ご丁寧に足跡を残してやがる。間隔が一定なあたり、わざと残してるだろうな」
ディルが指さした先には、小さな足跡が森の中に向けてはっきりと残されていた。それが意図的な物かは正直全然わからないけど、この手の分野に詳しいディルが言うなら間違いないのか。
「そしたら、ディルは予定通り、イナリちゃんとエリスの方の様子を見に行って欲しい。こっちは僕とリズが対処する」
「了解だ」
「……ちなみになんだけどさ、これで罠でした、みたいなオチの可能性ってあるのかな?」
「否定は出来ないけれど……どの道接触する必要がある以上、腹を括って行くしかない。もしもの時は、リズ自慢の魔道具の力の発揮どころになりそうだ」
「あ、そっか。合法的に試運転できるんだもんね。仕掛けてくるってことは、何されてもいいってことだもんね」
「お前、本当に何持ってきたんだ……?」
ディルは不信感に満ちた表情で見つめてきた。
先生から「魔法学校では絶対に使うな」と念押しされた魔道具をお披露目するだけなのに、全く失礼な。
ラズベリーちゃんにはあっさりと会うことができた。と言うか、わかりやすく森の中で待っていた。
今はエリック兄さんを先頭に、手が空いていた冒険者を十人くらい集めて森の中を進んでいる。
各々が地面に落ちた葉や枝を踏む音が重なり合う中に、ラズベリーちゃんの声が重なる。
「――エリオットはリーダーに連れ回されている。さっき話した『禊』の一環」
「……責める意図は無いけれど、君ではどうにもできなかったのかい?」
エリック兄さんの問いかけに対し、小さなローブの頭部が僅かに揺れる。
「今朝突然言い出したことだったから、流石に。『禊』なんて呼んでいるけれど、結局は集団を纏めるための見せしめ、都合の良い方便に過ぎない。あるいは、リーダーの気まぐれで全てが決まるとも言えるけど」
「うーん、ちゃんと悪党って感じだね。この手の話を聞くといつも思うんだけど、何でそんなのに従ってるのかな……」
「そうするだけの価値は提示してるんだよ。悪の世界には悪の世界の価値観があるし、理解できないのは無理もない」
エルフなどの長命種の種族である可能性を除けば、ラズベリーちゃんはリズと同い年くらいのはずだ。なのに妙に冷静と言うか、大人びた感じがするのはどうしてだろう?
……いや、そういう意味で言うと、長命種の極致みたいな存在のイナリちゃんが同い年に感じられるのも大概なのでは……。
「ここまで色々話したけれど、結局のところ、拠点を叩くのが一番手っ取り早いと思う。大半の戦力は向こうに回されているし、混乱を生むには最適」
「それって魔王崇拝者も含むってことだよね?一応は何もしてない人に手を出すと思うんだけど、これって冒険者的にアリなの……?」
冒険者はあくまで冒険者。兵士や神官のように、強い権力の下に予防的に力を奮うことは原則許されていない。すなわち、依頼や正当な理由がない限り、原則として罰を受けることになる――これは冒険者になった直後、この世界の気に食わない奴を片っ端から灰塵に帰そうと息巻いていたリズが教わったことだ。
「大丈夫、連中はもう真っ黒。証拠は全部押さえてあるから、手を出す理由には事欠かない」
「わ、わあ、頼りになるー……」
この子、本当に味方だと思って大丈夫なのかな。こう、ちゃんと向こう側の人って感じがするんだけど。
「……エリック兄さん、どう思う?」
「概ね問題は無いとは思うけれど――」
「――信じるにはもう一声って?」
ラズベリーちゃんがエリック兄さんの言葉に被せる。
「それなら……丁度いいや。あっちに見張りが居るの、見える?」
「ああ、居るね」
「どこどこ?……あ、ほんとだ」
指が向いた先、草木のごく僅かな隙間には小さく人影があった。リズは双眼鏡を使ってやっと見える程度だけれど、着実に拠点に近づいていることがわかる。
「ここで見てて。大丈夫、告げ口なんてしないから」
そう言い残すと、ラズベリーちゃんは茂みをかき分けながら堂々と見張りに近づいて声を掛け――そのまま流れるような動きで羽交い絞めにして気絶させ、茂みの中にそれを隠した。演技にしてはあまりにも迫真が過ぎる。
そうして一仕事終えて堂々と戻ってくる姿は、もはやラズベリー「さん」って感じだった。
「ただいま、一人片付けてきたよ。これで信用してもらえる?」
「あ、ああ、うん……」
「あの、普段のお仕事で暗殺者とかやってたりしない?」
「ふふ、どうだろうね」
過程はともかく、ひとまず信用するしないの議論は纏まったから、改めて襲撃の流れを計画することになった。
「襲撃するときは、まずは連中の『神殿』に火を放つといい」
「『神殿』?」
「そう。魔王崇拝者が礼拝だのなんだのをしている建物。供物を収める箱なんかもある」
「へえ、そんなのが……うん?」
ふと、少し前にハイドラちゃんやイナリちゃんと一緒にこの辺に来た時のことを思い出した。――これって、イナリちゃんの家のことでは?
「リズ、どうかしたのかい?」
「あー……いや、何でもない、かな。うん」
もっと話がややこしくなりそうなので、ここで「それ実はリズのパーティの子のお家だよ」と指摘する勇気は無かった。
まだエリック兄さんは気づいてないみたいだけど、これを言ったら絶対止めるに決まってるし……そ、それに、まだ確定したわけじゃないし。
あるいは、もしイナリちゃんのお家を燃やすことになったとして、供物箱だけ狙えば大丈夫なはず。も、もし最悪な事態になっても、きっとイナリちゃんも分かってくれる……!
「連中の心を折るには最適。派手にやっていい」
ラズベリーちゃんは今日一番と思えるくらい活き活きとした声色で親指を立てた。
……全部終わったら、イナリちゃんに人生で最大級の謝罪をしないといけないかも……。
<イナリ視点>
イナリの視線の先では、冒険者、「土地神」の信仰者、イナリを狙った賊の三すくみが出来上がっていた。さらにそこに、茂みに隠れている神の狐二人が加わって四つ巴となる形だ。
「混沌が出来上がっておるのじゃ」
「そうねえ……付き合う義理も無いでしょうし、さっさと用事を済ませたら?」
「それもそうじゃな」
彼らがそれぞれどのような理由を経て一堂に会すことになったのか、それはイナリの与り知るところではない。そして、それにわざわざ付き合う道理もない。
故にイナリは、早速空に雲を集めて嵐を呼ぶ準備に入る。少しずつ雲を重ねていき、雨雲を作り出すのだ。
その作業に意識を割いている傍ら、ふともう一度人間達の様子に目をやると、リズが彼女の体格に見合わないゴテゴテとした道具を構えていた――それも、イナリの社に向けて。
「……アレは何をやっているのじゃ?どうにも尋常でなく嫌な予感がするのじゃが」
「恐らく魔道具ね。火炎放射器の類に見えるわ」
「何故そんな物騒なものを我の社に?まさかとは思うが、燃やそうとしておるなんてことは――」
アースが告げた直後、魔道具の先端から勢いよく炎が噴き出し、瞬く間にイナリの社に覆いかぶさった。
「わ、我の社がああああああ!!!?!?」
イナリは吠えるように声を上げながらその場に崩れ落ちた。




