416 暗躍者のおしごと ※別視点
<ラズベリー視点>
「――そこに居るお前は何だ?」
あの男は確か「虹色旅団」のディルだったか。目視では気付かないと踏んでいたが、少し見立てが甘かったらしい。
一応、逃げることもできなくはないが……態々声を掛けてくる辺り、相手もいきなり切りかかってきたりはしないだろう。それに、彼らにはむしろ協力して貰う必要があるのだ。ここは変に抵抗しない方が吉だろう。
私はローブの下に隠したダガーを鞘ごと外し、手を挙げて敵意が無いことを示しつつ、皆の前に姿を晒すことにした。
「よく気が付いたね。これでも隠密行動には自信があったんだけど」
「悪いな、俺の知り合いにはそういうのが得意なやつがごまんといるんだ。……で?質問に答えて貰おうか」
「私はラズベリー。見ての通り、敵対の意思はない」
「ラズベリー?それって確か――」
「――こいつは幹部の一人だ!」
「嘘、何でここに居るのよ!?冒険者さん、助けて頂戴!」
私の名乗りを訝しむ盗賊を遮るように、誰かが声を上げる。
混乱とは伝播するもので、一人、また一人と思うがままに声を上げる。冒険者に殺せと訴える声、罵倒、私をここに招いた「裏切者」捜し……どれもこれも、実に聞くに堪えない。
その醜い様子に顔を顰めていると、「虹色旅団」のリーダー、エリックが皆に声を掛ける。
「皆、落ち着くんだ!気持ちはわかるけれど、刺激しないようにしてほしい。僕たちの方で話を聞かせてもらう」
メルモートのギルドで情報を集めるとしばしば名前が出てくる男というだけあって、やはり人望があるのだろう。彼の言葉で騒いでいた面々も幾らか落ち着いたようだ。
「そう、話をしたい。ここに居る皆を連れ戻す気もない。むしろ、さっさと連れて行って」
はっきり言って、この時間は無駄という他ない。他にもっと重要な話があるのだから、用が無いならさっさとどこかへ行ってほしい、その一言に尽きる。
「……そういうことなら、ここに居る人たちを連れて行こう。リズ、代わりに皆に指示を出して貰っていいかな?」
「ん、わかった。じゃ、まずここの人たちはこっちに集まって――」
リズと呼ばれた魔術師の少女は、早速他の冒険者に指示を出し始める。
冒険者に連れられてこの場を去っていく者から敵意を孕んだ視線は感じるが、ひとまず収拾はついたと見ていいだろう。
「それで、まずは君が何者か教えてくれるかな」
「さっきも言った通り、ラズベリー。この組織に潜入してた」
「潜入か……具体的には何を?」
「ここの情報収集と、内部の情報操作。後は『反逆者』の処分」
私の言葉を聞いた二人が険しい表情を見せる。
「……前二つはいいとしても、三つ目は問題だろう」
「誤解しないでほしい、私は誰一人として殺していない。むしろ、守っていた」
「と、いうと?」
「この組織には『禊』の慣習がある。罪人としての自覚を持たせて仲間に引きずりこむための、悪趣味な慣習。『反逆者』の処分もその一環」
私の言葉に、二人は何も言わず、目で続きを促す。彼らから発されている威圧感は、下手なことでも口走ろうものならただでは済まないだろうことを窺わせる。
「……ここは魔物が蔓延る環境だから、縄で縛って森に捨てるだけで十分でしょ。だから適当に死体を偽装して、街に連れて行った」
「なるほど、影で助けていたと。そういうことなら……と言いたいところだけれど、それなら森から戻った人の噂話のひとつくらいあるのが普通じゃないかな。生憎、僕はそういった話を聞いたことがない」
「俺もねえな」
「そう?絶対に知っていると思うけど」
訝し気な表情で目を見合わせる二人に対し、私は言葉を重ねる。
「ここ最近、軽犯罪が頻発してたと感じたことは?」
「……まさかそれか?」
目を丸くしたディルの言葉に頷いて返す。
「一応は死んだことになっている人間が、街でのうのうと暮らしていたら問題。だから、取り返しがつく程度の問題を起こさせて兵士に逮捕……じゃなくて、保護してもらった。どんな悪賊でも、わざわざ要塞監獄にまで足を伸ばすやつは居ない」
「……一応、理屈は通っているのかな……」
「嘘だと思うなら、全部終わった後で確認したらいいよ。一緒に行ってもいい」
腑に落ちていない様子ではあるものの、最低限、敵対する存在ではない事は示せただろうか。それならば早く本題に移らないといけない。
「次は私から聞きたい。この間私が依頼を頼んだ、貴方たちの仲間はどうしているの?」
「囮役として二人で現地に向かっているはずだ」
「……本当に?」
これは非常に拙い状況だ。「まさかないだろう」と思っていたまさにその状況に陥っているらしい。
ここまでの尾行や会話で時間を使ってしまったから、向こうはそろそろ接触する頃合いだろう。今から全速力で向かえば、まだ何か変わるかもしれないが……。
「私が言えたことじゃないけど、今すぐ助けに行った方がいい。このままだと大変なことに――」
そう告げた直後、突如として地面から唸るような重低音が鳴り響き、森全体が揺れる。木々が葉を揺らし、衝撃に驚いた鳥たちが騒めきながら飛び立つ音が響く。
警戒しつつその場で伏せて揺れが収まるのを待っていると、ディルが私に向けて声を掛ける。
「おい、この現象に心当たりは?」
「知らない。……もしかしたら、魔王崇拝者が何かしたのかも」
「……どういうこった?」
私の返答に対する反応はいまいちはっきりしないものだった。何も変な事は言っていないと思うが。
ともかく、そうして一、二分ほど経ち、漸く揺れが収まると、少し前に私達を置いて発った冒険者のうちの一人が声を上げながら現れる。
「エリックさん、ディルさん!大変です!見てほしいものが!」
「わかった、すぐに行く!」
「……私はどうすれば?」
「ま、着いてくりゃいいんじゃねえか」
別に棒立ちで待つことになってもそれはそれで構わなかったが、私はディルの言葉に素直に従うことにした。
「――おいおい、何だありゃ……」
「地殻変動にしては随分と……独特な感じだよね?」
ディルの呟きに、少し前にリズと呼ばれていた少女がおどけたように呟く。
幾らか魔の森を展望できる高台に移動した私達を待っていたのは、通常ではあり得ない育ち方をした木々がドームを形成している様子だった。
「さっきの地震の時、急にアレが出てきたんです。木が生えたと思ったら、少しずつ曲がって行って、気が付けばあんな風に……あれって『樹浸食の災厄』の仕業ですよね?」
「そうだろうね……」
少し前に声を掛けてきた冒険者の言葉に、エリックが頷く。
しかし先ほどからエリックと言いディルと言い、魔王が絡んだ発言に対する反応に違和感がある。恐れというよりは、困惑の方が近いだろうか。「樹浸食の災厄」の事をある程度知っていないとできない反応だ。
高等級の冒険者となると、公には知られていない情報をギルドから回されていたりするのだろうか?その情報のせいで今見ているこの景色に対する印象が変わるというのであれば、この仕事の後で調べるのも一興かもしれない。
「うわ、根本もすごいことになってる!木が紐みたいにぐしゃぐしゃーって!あれ、草魔法で再現できるかな?」
……緊迫した現場の中、双眼鏡でドームを観察していた魔術師の少女だけが無駄に燥いでいた。




