400 前向きな検討
400話突破しました!
エリオットから依頼を持ち掛けられた日、イナリ達は念のため街の中で過ごして一日を終えた。そろそろ計画も仕上げに掛からないといけないというのに、向こうは随分と変な時期に仕掛けてきたものだ。
「ああ、早く森を燃やしたくて仕方が無いのじゃ」
「……ご乱心ですか?」
「本心じゃ」
エリスの言葉に、イナリはもちまるを揉みながら答えた。
この話には長いこと悩まされてきたので、いい加減始末をつけたいのだ。いくら寛容さに定評があると自負しているイナリとて限度はあるし、豊穣神からかけ離れた発言が零れても許されるだろう。
こんな調子でイナリ達が寛いでいると玄関から物音が聞こえ、間もなくエリック達が帰宅する。
「二人とも、ただいま」
「うむ。それと二人ではなく、二人と一体じゃ。もちまるの存在を忘れるでないぞ」
「あ、ああ、ごめんよ。大事な家族のことを忘れたらいけないね」
もちまるを掲げてその存在をアピールするイナリに対し、エリックは苦笑しつつ謝った。
「お疲れ様です。道づくりの進捗はいかがですか?」
「リズや土魔法を使える人が頑張ってくれたおかげで順調だよ」
「へへ、リズ頑張ったよ!」
リズが褒めて褒めてと言わんばかりに前に出てきたので、イナリはエリスと共に彼女の頭を撫でて讃えた。……厳密には、彼女の大きな三角帽子を揉んだと表現した方が正確だが。
その様子をよそに、エリックは話を続ける。
「ただ、少し問題もある。皆神託の事を気にしているから長く依頼に拘束することはできないし、魔の森の奥に入るほど『世界庭園創造会』と接触するリスクが高まる。二重の意味で、短期でケリをつけないといけないだろうね」
「ああ……まあ、イナリさんの事情を知らないとそうなりますよね……」
エリックの言葉にエリスが表情を曇らせる。
確かに、冒険者は危機管理が重要と言われているのに、神託でこれから大変なことが起こると言われている場所で活動するのは危険以外の何物でもないだろう。それでも皆が協力してくれているのは、偏にエリックの人望によるものだろう。
何にせよ、イナリの気持ち以外にも急ぐ理由が一つ増えたようである。
「――ついでに、ブラストブルーベリーが爆発しまくってて苦労しているってのも付け加えておいてくれ」
「それは仕方なかろ」
居間に現れるなりイナリ宛てに苦情を入れてきたディルに対し、イナリは開き直って返した。
「そしたら、私達の方の出来事についてもお話しましょうか」
エリスはそう前置きして、今日の出来事を話し始めた。
「――というわけで、非常に不審な依頼を頂きました。相手は『世界庭園創造会』で間違いないかと」
「雑さからしてそんな感じはするけれど……予想が外れたな」
エリスの報告を聞いたエリックは唸る。
「予想とは何のことじゃ?」
「イナリちゃんには話してなかったね。相手が狙うとしたら、『リンネ』か『疾風』のどちらか……リンネは架空の人物だから、実質『疾風』以外が狙われる可能性はほぼ無いと思っていたんだ」
「お前にこれ以上あれこれ考えさせるのも何だからってことで、大人の俺たちだけで話していたんだ」
エリスが報告している間に居間に戻ってきたディルが補足する。
「ふむ?今更問題が一つ増えたところで、大して変わらぬが、まあ、気遣いには感謝しようぞ」
イナリが礼を告げると、傍で話を聞いていたリズが声を上げる。
「……あのさ、リズが呼ばれてないのはどういうこと?」
「つまりそういうことだ……おい、黙って杖を構えるな」
後ろで小さな魔術師と盗賊が格闘しているのをよそに、エリックは話を続ける。
「エリス。向こうの狙いは僕たちではなく、イナリちゃんなんだよね?」
「はい、あの男は最初からイナリさん以外目に入っていませんでした。許せません……!」
エリスは拳を握り、歯を食いしばって怒りの感情を露にする。その発言を聞いた全員が「普段からイナリのこと以外碌に目に入っていないやつの言葉は説得力が違うな」と思ったが、それを口にする者は居なかった。
「しかし妙だね。リンネの正体がイナリちゃんだということを相手は知らないはず……」
「そうじゃの」
「ならどうしてイナリちゃんが狙われた?脅迫状繋がりなのか?でもそれなら、ハイドラさんも危険なはず……」
エリックがぶつぶつと呟きながら思考に耽り始める。
「こんなことを言うのも何ですけど、正直、イナリさんは狙われ体質なので、考えるだけ無駄な気がします。理由だって、どうせイナリさんの可愛らしさに目がくらんだとか、そういうのだと思いますよ」
「初めて聞く体質なのじゃ」
人間のことには疎いイナリだが、それでもそんな珍妙な体質があるとは考え難い。
が、言い得て妙ではある。事実、イナリはこれまで、ゴブリンに始まり、トレント、エリス、人身売買組織、獣人部族と、幅広くその身を狙われてきた過去がある。積極的に狙われ体質を自負しても問題ない程度の実績はあるだろう。
「それよりも、イナリさんの平穏のためにも今後の対応を考えましょう」
イナリの狙われ体質の一要素を構成する神官は、そう言いながらイナリを抱え上げ、そのまま長椅子に座った。
そんなエリスの言葉に首を傾げるのはディルだ。
「今後の対応と言うが、無視一択なんじゃねえのか?」
「いえ、別の選択肢があります。罠とわかった上で依頼を受け、完全武装の上でイナリさんを狙った不届き者が二度と、その腐った脳で愚かな考えをできないようにしてやるという選択肢が」
「それってもしかして、オーバーパワーすぎて置物になってる魔道具をお披露目するチャンスだったりする?いいね、やろうやろう!」
「ふむ。中々過激じゃが、我の留飲を下げるには良い機会やもしれぬのう」
物騒な内容で盛り上がる女性陣を前に、ディルは一歩離れた位置から呆れた目を向ける。
「相変わらず神官とは思えねえ奴だ。なあ、エリック。お前の方からも何とか言って……エリック?」
返事が返ってこないことを訝しんだディルがエリックの方を見れば、彼はディルの呼びかけに反応せずにぶつぶつと呟いていた。
「民間人の救出と接触リスク……相手が狙ってきているなら、逆に……それなら……よし」
エリックは椅子から立つと、皆に聞こえるようによく通った声で宣言する。
「エリスの案を採用する」
「嘘だろ?このパーティは、狂っちまったのか?」
ディルは唖然とした様子で呟いた。
その後「虹色旅団」は今後の動き方について一夜で詳細を固め、イナリとエリスは再び冒険者ギルドにてエリオットを待った。
「――というわけで、是非とも依頼を受けさせていただきたいと思います」
「え?そ、そうですか……本当に?」
開口一番、エリスが満面の笑みと共に依頼を受けると告げると、エリオットは困惑の声を上げた。隣にいる謎の少女ラズベリーも相変わらず無口だが、「え?」と言わんばかりに顔を動かしていたようにも見えた。
「何か不思議なことでも?」
「は、はい、いいえ……」
首を傾げるエリスに、エリオットは明らかに困惑がにじみ出ている返事を返した。
「ああそれと、提示頂いた報酬の都合で私とイナリさんだけしか動けないのです。これは問題ありませんか?」
「……はい、大丈夫です。まあ、皆さん忙しいですよね」
エリスの問いに、エリオットはどこか失望したような表情をしながら隣に座るラズベリーを一瞥し、そして頷いた。いかにもお伺いを立てている感が満載の動きな辺り、やはりラズベリーは「向こう側」の人員なのだろう。
「では改めて、依頼の詳細をお願いします」
エリスは居住まいを正し、若干身を乗り出しつつエリオットに話を促した。




