399 目論見 ※別視点
<エリオット視点>
冒険者パーティ「虹色旅団」に依頼をもちかけた後のこと。
「――依頼を受けてもらう気、ある?」
「は、はい、それは勿論……」
僕は街の外で、「虹色旅団」に依頼を持ち掛けた件でラズベリーに詰められていた。これ見よがしにローブの中に隠したダガーをちらつかせてくるし、下手な返答をしたらどうなるか……。
そんなことを想像して聞こえのいい返事で返したが、ラズベリーはその言葉を一蹴する。
「嘘。依頼を断らせるために変な事を言った。違う?」
「うっ……」
「やっぱりそうなんだ」
僕はローブに隠れていた赤い瞳から放たれる視線に貫かれ、思わず声を漏らしてしまった。その反応で図星と勘づかれてしまったようだ。
確かに、僕はリンネさんを連れ戻すつもりも、イナリさんを巻き込むつもりも無かった。だからこそ、ささやかな抵抗として依頼の所々に不自然な点を作って、依頼を怪しむように仕向けた。そうすれば、被害は最小限に抑えられるだろうから。
……と思っていたのだが、僕の目論見は筒抜けだったようだ。
「何で逃げなかったの?」
「逃げられるんですか?」
「や、無理だけど」
「……」
平然と返してくる辺り、やはりこの少女は得体が知れない。身構えている僕をよそに、ラズベリーは続ける。
「冒険者に助けを求めるとか、できたでしょ」
「それは……」
その選択肢は、考えなかったと言えば嘘になる。
だが、妙にリンネさんに執着していたあの男のことだ。僕が下手に反抗したら何をしてくるかはわからない。それこそ、直々にリンネさんやイナリさんに手を出さない保証もない。
ならば、一旦言われたことに従っているフリをして、少しでもリンネさんが逃げる時間を稼ぐのが賢明だと思ったのだ。
「……それか、幼女に声を掛けた不審者として捕まることもできたはず」
「それは考えてなかったです、断じて」
僕は食い気味に否定した。それは問題を別の問題で上書きするだけで、何も解決できていないだろう。
何より、このラズベリーという少女も大概な背丈だ。幼女趣味とでも思われれば、先ほどからずっと存在感を放っているダガーが赤く染まることにもなりかねない。
そんな懸念をしている僕をよそに、ラズベリーは僕から離れ、魔の森の方面へ身を翻す。
「ま、いいや。早く戻ろ」
「……いいんですか?」
「うん」
ここまでの会話で明らかに背任行為をもくろんだことは伝わっているだろうに、ラズベリーは僕を咎めることは無かった。もしかして、ラズベリーは他の連中とは違うのだろうか。
「それと」
僕がラズベリーに対する印象を考え直していると、彼女は足を止める。
「失敗して困るのは私も同じ。わざと失敗するような真似はしないで」
「それは……どういうことですか?」
「……貴方が失敗したら、私があなたの首を切らないといけなくなるから、やめろって言ってる」
「ひ、ひぃ……」
や、やっぱりこの少女を信用するのは早いかもしれない。僕はダガーが抜かれないことを祈りつつ、ラズベリーと共に魔の森へと戻った。
<ラズベリー視点>
冷え込む森の中、硬いパンを片手に、おっかなびっくりリーダーに計画の概要を説明している青年、エリオットの姿を眺めていた。
「え、ええとつまり。冒険者への依頼として魔の森へ誘き出したところに皆さんで襲い掛かっていただきたいのですが」
「何だ、わざわざ俺たちの手を焼かせようって?随分な立場じゃないか、ええ?」
「い、いや、ええと……」
……この男、あてにするには些か頼りなさ過ぎただろうか。
いや、軽く小突いたくらいで折れそうな体格の割に、周囲に味方が居ない中で随分よくやっている方か。
喋るのは面倒だから最小限にしたいところだが、このまま放っておくとエリオットが空気に圧し潰されてしまいそうだ。私はちぎっていたパンを口に放り込み、渋々、リーダーへ向けて進言する。
「リーダー、相手は冒険者、それも高等級。これは弱すぎるから、誘拐は無理」
「はあ?なんだよ情けねえ……お前でも手に負えないのか?」
「中々厳しい」
全てのメンバーの情報を洗ったわけではないが、今日だけでも、イナリと言う少女の傍に居る神官が異様なことは確信した。
恐らくだが、公園で狐少女と触れ合っていた時、あの神官は観察していた私に気が付いていた。しかも、一見和気藹々とした雰囲気を醸しつつ、あの和を乱そうものなら絶対に消してやるという意思を感じた。一体あれは何なのだろう。
……まあ、敵対したら恐ろしいだけの話だし、これは気にしなくてもいいか。
私がそんなことを考えているうちに、リーダーが悪態をつく。
「ったく、どいつもこいつも……」
「文句があるなら、これが考えた計画に乗ればいい」
「……少し考えさせてくれ」
リーダーが呟く。
この「悪だくみ軍団」は、表に顔を晒さないように立ち回ることを徹底している集団だ。たかが一人の狐少女のために、これまで徹底してきたことを止める価値があるのかは、よく考える必要があるだろう。
ちなみに、私はこの中でも唯一街へ出入りができる存在だ。故に情報収集要員として重宝されているし、その実力はそれなりに買われている。故に、多少強く出るくらいなら問題はない。
というわけで、是非危険を冒してほしい私は、どうにか背中を押すことができないか考える。しかし、私より先に周囲に居る仲間の一人が声を上げる。
「リーダーこの前、欲しい女は自分の力で勝ち取れって言ってたじゃあないっすか!」
「そうだそうだ!女のためなら危険を冒すのは当然のことだ!」
「チッ、余計な事を思い出しやがって……」
リーダーが顔を顰めつつ手で顔を覆う。
そういえば、以前酒を飲みながらそんなことを言っていただろうか。その言葉には全く共感できないが、これはチャンスだ。
「そう、これは勝てる話。場所は都合がいい場所を選べる。有利なのはこっち。ものにするなら今」
「……仕方ねえ、一仕事するしかねえな」
リーダーが覚悟を決めると、周囲から彼を囃し立てる声が上がる。焚きつけておいて何だが、正直、そこまで盛り上がるほどのことだろうか。
「お前ら、魔の森の中で奇襲しやすい場所を出せ!それとお前!」
「は、はい!?」
完全に空気と化していたエリオットは、突然リーダーから声を掛けられて跳ねるように肩を震わせた。
「明日、その冒険者に依頼を受けさせろ。絶対だ。いいな?」
「は、はい……」
エリオットはもう一押ししたら泣きそうな表情で頷いた。リーダーは典型的な悪人顔なので、気持ちはわからなくもない。
「それと、ラズベリー」
「……何」
エリオットに釘を刺し終えた悪人顔は、そのまま私にも迫り、小さいながらも圧のある声で話しかけてくる。
「高等級の冒険者なんて聞いてねえぞ。どういうことだ?」
「……? リーダーが言っていた狐娘が、高等級パーティのメンバーだっただけ」
「どうしてそんな重要な事を言わねえんだ」
「『虹色旅団』は、リーダーが狙っている狐娘よりも有名。当然知っていると思った。それに、狙うならそっちでもいいと言ったのは、リーダー」
私が端的に返すと、リーダーは頭を抱え、唸るように声を上げる。
「そうは言ったが……」
「……不安なら、無かったことにする?」
「いや……欲しいものは自力で手に入れると言ったからな。俺に二言は無い」
「そう」
私には全く理解できないが、リーダーはすっかり自力で狐娘を手に入れる気になったらしい。
「ひとまず、明日には指示を出す。それまでは待っておけ」
「うん」
「それと、あまり調子には乗るなよ」
「ん」
私が生返事で返すと、リーダーは離れていった。その様子を見送り、空を見上げる。
「……依頼、受けてくれるかなあ」
私の目的は、「雇い主」のためにこの一団を崩壊させること。それが成功するかどうかは、エリオットが散々警戒させてしまった冒険者が依頼を受けるかどうかに掛かっている。




