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豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
魔の森修復作戦(仮題)

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395 「魔王」の実態

 万が一、いや億が一にも、不可視術を利用したエリスと同じような外見の化物が他に居るとは考えられないし、考えたくもない。だからこそ、スティレの言う魔王の正体はエリスで間違いないとイナリは確信していた。


 故に、イナリは困惑する神官に注目が集まるのを避ける意味も込めて、率先して口を開いた。


「我らはお主が言うところの魔王は見ておらぬし、聞いたこともないのう。我のパーティのエリックから我らへも伝わっていない辺り、お主以外、誰も魔王のことは知らぬと見える」


 というか、そうであってくれないと困る。もうこれ以上よくわからない事で計画を修正するような事態は御免なのだ。


 さて、そんなイナリの言葉に対し、スティレは頷いて返す。


「貴方が言う通り、まだここに居る者以外には伝えていない。見たのは一度だけだし、歳を重ねたせいで気が狂ったとは思われたくないから」


「な、中々に切な理由じゃな……」


 エルフは外見は若いままに寿命が長い故に、一見若いままにボケが始まってしまうこともあるのだろう。イナリは話が広まっていないことを内心喜びつつ、種族特有の苦悩を哀れんだ。


「もしかしたら幻覚だった可能性もあるから、そういう意味でも言いづらいんだよね」


「幻覚とな」


 ハイドラの言葉をイナリは鍋のキノコを齧りながら繰り返すと、彼女は頷く。


「そう。ポーションが予期しない影響を生んだとか、魔の森の草花に幻覚作用があるとか、そういう線も無いとは言えないかなって」


「なるほどのう。ちなみに、魔の森にはどの程度そういう類のものがあるのじゃ?」


「……多分、かなりある?」


 イナリの問いにハイドラが首を傾げながら答えると、またスティレが代わる。


「貴方たち『虹色旅団』が留守にしてた間の話。魔の森の環境が変わり始めたときに、冒険者ギルドの方で情報を纏めて、マッピングしようとしていたことがあった。でも、森に立ち入って十数分で大量に危険な植物が見つかり、調査対象の場所の地図は注意書きで埋め尽くされたから、ギルドは『森全体が危険』と結論付けて、調査団を解散した」


「そ、そんなことがあったんですね」


「となると、我が森で無作為に取ったものが軒並み有毒なのもそういう理屈か」


「無害なものも多いですし、それはまた別件だと思いますけど……」


 エリスの言葉にイナリは肩を落とした。


 ともあれ、スティレの話は当事者こそ頭を抱えただろうが、傍から聞いている分には中々滑稽な話ではあった。


「錬金術師的には気になるものもあるし、ちゃんと調べてもらえたら嬉しかったんですけどね。噂だと眠くなる香りを放つ木とか、触ると麻痺状態になるキノコとか……そ、その、ちょっとそういう気分になるお花とかもあったみたいですし?……いや、これは商売的な意味で、断じて変な意味は無いですからね!?」


「エリスよ、何故ハイドラは恥ずかしがっておる?」


「聞かないであげてください、それが優しさですよ」


 突然じたばたと身を悶えさせるハイドラにイナリが首を傾げたが、エリスはただ生温かい視線でハイドラを見るのみであった。


 それをよそに、スティレは皿に取った鍋の汁を飲み、ため息をこぼす。


「私は、多様な植物が入り混じるあの森が気に入っていた。だからこそ、それがイミテ草に取って代わられるのは面白くない」


「確かに、草も花も何もかも、青緑になっておったからのう」


 イナリは初めてイミテ草を目撃した時のことを思い出した。どこを見ても形状が違うだけの同じ草が生えていた、あの奇妙な光景を。


 あれは、初見であれば普通の森と思えるかもしれないが、元の姿を知る者からすれば違和感の塊以外の何でもないのだ。故に、イナリもスティレの考えには頷けるものがあった。


 イナリが魔の森を取り戻す目的の一つを再認識したところで、エリスが話題を戻すようにハイドラへ訪ねる。


「ところで一応確認なのですが……ハイドラさんは魔王を目撃されたのですか?」


「いえ、見てないです。基本的に森の奥はスティレさんにお任せしていたので」


「そうですか」


 ハイドラの返事を聞いたエリスは胸を撫で下ろした。確かに目撃者は少ない方が嬉しいが、それにしても妙に安堵しているように見える。故にイナリは片眉を上げたが、変に話が続いて何かボロが出ることを危惧し、一旦話を締めることにした。


「ひとまず、お主らの話は我も気になるところがあるのじゃ。こちらでも気にかけてみるとしようぞ」


「うん、お願いします!」


 イナリの言葉に、ハイドラは改まった様子で頭を下げた。かくして当初の目的であった情報共有は終わり、この後は皆で鍋に舌鼓を打ち、小一時間ほど歓談して解散となった。




 ハイドラとスティレと別れたイナリは、再びエリスと二人で街を歩いていた。そこで早速、イナリは先ほどの会話で気になったことを尋ねることにした。


「お主、ハイドラに見られたかどうかを妙に気にしておったようじゃが。あれ、単にハイドラを心配していたわけではなかろう?」


「や、やっぱりわかりましたか?」


「うむ。お主が我を観察している時、我もお主を観察しておるのじゃ」


 イナリがしたり顔で返すと、エリスはイナリの頭を撫でながら答える。


「ニエ村で一回、ハイドラさんに私の姿を見られているじゃないですか。そこと結び付いたら拙いと思うんですよね」


「あー……あそこにいたのがここにいるとなると、話が変わってくるよの」


 イナリが納得の声を上げると、エリスはため息を零す。


「しかもあれ、最終的に龍神と思われている可能性があるんです。絶対ややこしいことになりますって……」


「そうだとしたら、お主の懸念も納得じゃ。……しかし、我どころかお主まで魔王呼ばわりされるとは、何とも数奇なものよ」


「イナリさんは今までこんな気分だったんですね。……あ、私達、これでお揃いですね」


「最初に出る感想がそれとは。全く」


 文句の一つすら言わずに今まで通りに振舞うエリスに、イナリは苦笑しつつ寄り添った。


「時にエリスよ、この後の予定は考えておるかの?」


「いえ、特に考えていませんでした。どこか行きたい場所があるのですか?」


「うむ、たった今思いついたのじゃ。……いや、決心がついたと言った方が正しいじゃろうか?」


 イナリが返すと、エリスは首を傾げた。




「――フィックルよ、居るかの?」


「誰ですか、断りもなく来るなんて……おお、イナリさんではありませんか」


 エリスの手を引いてはるばるやってきたのは、かつて不審者の手配書を作るときに世話になった少年画家、フィックルの工房であった。実のところ、ここに来るのが久々過ぎて全然関係ない道を十数分くらい彷徨い歩いていたが、それは秘密である。


 それはさておき、イナリの姿を認めたフィックルは、先ほどの気怠そうな態度から一転して明るい声で話しかけてくる。


「もしかして弟子入り志願ですか?貴方ならすぐに名を馳せることができます、私が保証しますよ」


「それは嬉しいことを言ってくれるのう。しかし生憎、今回は別件じゃ。……唐突で悪いが、画材と場所を貸してくれぬか?」


「画材と場所、ですか」


「うむ。ちとエリスの姿絵を描いてやりたいのじゃが、まともに描こうとすると色々と用意が足りぬと思うての」


「なるほど。普通は断るところですが……特別に一つ条件を飲んでいただければ、お貸ししましょう」


「ほう、何じゃ?」


「完成した絵を私に見せてください。貴方の絵には、私にないものがある。私はそれを学びたい」


「ふむ」


 フィックルの言葉にイナリは腕を組んで一考し、返す。


「……悪いことは言わぬ。間違いなく後悔するから、やめておいた方がよいと思うのじゃ」


 イナリは心の底からの親切心でフィックルに返した。しかしイナリの言い方が悪かったのだろう、それは挑発として受け取られてしまったようである。


「画家の世界は才ある新人は次々現れます。多少の事で動じる程度では画家はやっていけないですから、お気遣いなく」


「そういうことではないのじゃが……まあよい、お主がそれでよいのなら、我はこれ以上何も言うまい。ただ、絵を描いているところは絶対に見ないでほしいのじゃ」


「……なるほど、モデルの意思は尊重するべきですね」


 フィックルはエリスを一瞥して頷いた。


「では、私は適当に外を出歩いてきます。何時までここに居ますか?」


「ひとまず、夜には撤収すると約束しようぞ」


「わかりました。では、以前貴方の絵を描いたときに使った、奥の部屋を使ってください。筆やパレットは未使用のものを使うことと、描きかけの絵を汚したりはしないように注意してください」


「うむ、感謝するのじゃ」


 案外すんなりと交渉が進んだことに安堵しつつ、イナリは部屋の奥へと足を踏み入れた。


 相変わらずあちこちに様々な画風の絵や小道具が置いてあり、ほんの少し前まで絵を描き続けていたことが窺える。


 イナリは近くからエリスを座らせるための小さな椅子を手繰り寄せ、適当な場所に配置する。


「何というか、随分信用されてますね。口を出す間もありませんでした」


「我の留まるところを知らぬ才能のおかげか、あるいは神官たるお主がいるからかの?何にせよ、予定は狂わず済みそうじゃ」


 気をよくしたイナリは、周囲の物を散らかさない程度に尻尾を左右に振りつつ部屋の道具を物色する。


「それで、ええと……私の絵を描くんですよね?お気持ちは嬉しいんですけど、できれば服を着たままでお願いしたいのですが……」


「そりゃそうじゃろ、何故脱ぐ必要があるのじゃ?」


「え」


 イナリが、妙にもじもじした様子のエリスに対して真面目に尋ねると、彼女は顔をさらに赤くして固まり、その場に微妙な空気が生まれた。


 が、イナリはそれをあえて無視して続ける。


「エリスよ。不可視術を発動するのじゃ」


「……えっ、まさか……」


「うむ。お主の姿を、我が教えてやろう」


 覚悟を決めたイナリは、近くにあった筆を手に取った。

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