392 無理だろ……! ※別視点
<エリオット視点>
誰も助けに来ない森の中、周りを取り囲む、武装した名も知らぬ男女。僕は今、窮地に立たされている。
「――今日一緒に居た娘について、知ってることを全部話してくれ」
状況次第では痴話喧嘩にもとれるような質問だが、相手はリンネさんと一緒に居る時に鉢合わせた男……恐らくリーダー格の男だ。何も笑えないし、まさに僕が恐れていたことが起こっている。
「本当に今日会っただけです。何も知らないですよ……」
間違いなく相手が求めている回答ではないことはわかっているが、本当のことなのだから仕方がない。
それに、仮に知っているとしてもそれを伝えることはしなかっただろう。リンネさんを僕や父の問題に巻き込むわけにはいかないし、我が身可愛さに身を売るなんてもってのほかだ。
とはいえ、開き直るような言い方にはもう少しやりようがあった気もする。
僕はやや後悔していたが、幸い彼の機嫌を損ねることはなかった。
「はあー……まあそうだよな。いや、いいさ。そんな気はしてた」
「じゃ、じゃあ僕はこれで――」
「いや、本題はここからだ」
そっとフェードアウトしようとしたけれども、そう上手く話が進むわけもなく。気が付かないうちに、背後にローブに身を包んだ小柄な少女が控えていた。
――殺される。
相手がその気なら、きっと僕は声を上げる間もなく始末されるに違いない。死を間近に感じて、寒い時期だというのに体中に汗が浮かぶのを感じる。この立ち回り方からして、暗殺者の類と言われても驚きはしない。
僕が委縮しているのをよそに、男は口を開く。
「俺、獣人の娘っていいなーって思ったんだよね」
「……はあ」
「おい、困ってるじゃねえか。そこそこ悪いことをした身で言うのも何だが、幼女趣味はどうかと思うぞ」
「ちげえよバカ!」
彼は仲間が居れた茶々に怒鳴り返す。心なしか、僕の背後に居る女性が冷ややかな視線を向けているようにも感じられる。頼むから変に刺激するようなことはしないでほしい。
「お前らも見ただろ?あれは絶っ対、将来美人になる!」
「それはわかるが、にしても今から囲うってのは気が早すぎやしないか。向こうもかなり反発するだろうし……」
「いや早くない。むしろ、比較的自由に動ける今のうちに手に入れたい。それに、ここに居るのはどいつもこいつも従順過ぎるだろ?少しくらい刺激が欲しいし、教育するのも一つの愉しみってやつさ」
「なるほど、どのみち変態ではある、と」
「ははは、拳がお望みか?くれてやろう」
彼らは僕の事などそっちのけでリンネさんの事で盛り上がっている。仲が良いのは伝わってくるが、色々な意味で居心地が悪い。用が無いなら帰らせてくれないだろうか。
そんな想いが伝わったのか、男は咳ばらいをして仕切り直す。
「話が逸れたから戻すぞ。お前にはあの娘を連れ戻してもらう。わかるだろ?こんなナリだが、最初から手荒な真似はしたくないんだ」
僕は声を掛けられた理由を理解した。噂に聞いていた、いわゆる捨て駒要員として選ばれたということらしい。
……手荒な真似はしたくないというが、こんな脅迫紛いのことをしておいて、よくもそんな白々しいことが言えたものだ。あるいは「手荒」の基準が壊れているのだろうか。
「あの一行がメルモートの方角へ抜けていったことは把握済みだ。ついでに同行していたパーティもここらで活動しているやつなのもわかってる。昨日の今日だし、まだそう遠くへは行っていないだろ」
「万が一連れ戻せなかったら、どうすれば?」
「万が一なんてない、世界の果てまで追いかけろ……と言いたいところだが、特別に『代わり』を見つけたら許してやろう」
「代わり?」
「ああ。メルモートには有名な狐の獣人が居るらしい。そいつも別嬪だって噂だからな、そっちを連れて来てもいいってことさ」
僕の脳内に居る候補は二人。勇者と一緒に居たという狐獣人か、イナリという少女。
前者は勇者と共に魔王討伐に出ているだろうから、後者の事だろう。代替案として提示しているが、街で有名ということは人々の注目も集めやすいわけだし、リンネさんと違って顔見知りではない分、圧倒的に難易度は上がっている。
「……とりあえず、試してみます」
「是非そうしてくれ。明日からお前の後ろに居るそいつをつける。妙なことは考えるなよ」
「はい」
「よし、物分かりがいい奴は大好きだ。夜遅くに悪かったな、もう帰っていいぞ」
僕の返事に気をよくしたのか、男の許しも得られたので、僕はこの後の動きを考えながらそそくさとその場を後にした。
ひとまず、リンネさんを差し出すのは無しだ。曲がりなりにも身内なのだから、家族に関心が無さ過ぎる父親に代わって守らなければならない。
ではイナリという娘を連れてくるのかという話になるが、それも気乗りはしない。身内のためだからと、無関係な人間を巻き込んでいい道理はない。
だが、何かしらの行動を起こさなければ、僕だけでなく父親の身も危険だ。彼らは「落とし前」だの「連帯責任」だのといって巻き込む類の人間だろうことはわかりきっている。いくらあの父親とはいえ、積極的に切り捨てるほどの恨みはない。
「……とりあえず、街に行くしかないか」
最低限「やっている感」を出さないことには話は進まない。一旦の目標として、イナリという少女の事を調べることにした。
翌日。
監視役の少女と共にメルモートへ赴いた僕は、早速イナリという少女について調べることにした。
そして、一瞬で情報が集まった。あまりにすんなりと集まるものだから、何か別人と間違えたりしていないかと疑うほどであった。
曰く、街で一番の冒険者パーティに所属していて、街の色々なところに現れるらしい。普段から不憫な目に遭っているが、人当たりもよく健気で良い子なのだとか。
あとは、パーティの神官と仲が良いとか、手を出そうとした者は軒並み知らない間に街から消えているとか、どの程度参考にしたらいいのか困る噂もいくつか集まった。
「随分な無茶振りだなあ……」
知れば知るほど、イナリという少女を僕の事情に巻き込むのは無理だと感じる。公園のベンチに座り、僕はため息を零した。
隣では、僕の監視役でもある少女が、いつの間にか買っていた串焼きを暢気に頬張っている。ここだけ切り取ってみれば微笑ましい光景にも見えるが、僕が変な行動を起こせばすぐに「対処」できる能力を秘めているのだ。全く気は休まらない。
それはそうと、この少女は街門を潜るとき、検問を真正面から突破していたのが気がかりだ。犯罪歴があればストップがかかるはずだし、犯罪歴が無いのだろうか?
半ば現実逃避気味にそんなことを考えていると、少女が僕の腰をつんとつつき、公園の一角を指さした。
「……?」
今まで不干渉を貫いていた少女の行動に驚きつつ、指の示す先に目をやる。
そこにいたのは、一本の串焼きを仲睦まじく共有している狐少女と女神官の姿であった。ただの串焼きのはずなのに随分と美味しそうに食べているようだが、噂からするに、あれがイナリなる少女と冒険者パーティの神官だろうか。
……というか、随分と二人の距離感が近い気がする。あれは仲が良いとかそういう次元なのか?何か、若干その先の次元に足を踏み入れていないか?
そんなことを考えているうちに、あっという間に串焼きを食べ終わった二人は公園を立ち去った。
そして、公園に残った僕は呟く。
「無理だろ……!」
あの間に割って入って、しかも片方を引き離すなんて僕には無理だ。色々な意味で無理だ。
第一、冒険者でもなんでもない、身の危険を感じたら「逃げる」か「声を上げる」以外の事が出来ない僕に、一体どうしろというのか。
「……がんば」
隣に居た少女は僕の心境を察してか、今日初めて、一言だけ呟いた。




