391 当人のみぞ知る ※別視点あり
<イナリ視点>
「――えーっと、ヒイデリの丘の地図なんてどこにやったっけな……」
リズが部屋の魔力灯を点灯させ、物置の一角にある、本や紙が無造作に積まれた場所をガサゴソと漁る。
「何故我らに取りに来させるのか疑問だったが……この辺にあるとなると一人では無理じゃな」
「部屋に置ききれなかった本とかメモをよくここに放り込んでるからね。おかげで、どこに何があるか一番把握してるのはリズになっちゃった」
「なるほどのう。じゃが、地図はすぐ出せる位置にあるべきではあるまいか」
「よく使うやつはエリック兄さんが管理してるんだけどね。丘だった場所は森になっちゃったし、もう使わないと思って」
「……なんかすまぬ」
イナリはふいと目を反らし、一言謝った。その地図を使い物にならなくしたのは、他でもないイナリであった。
「この様子からして、お主のよくわからん魔道具とかも大量にある感じかの」
「よくわからなくないよ。皆大切な宝物なんだから!」
「そ、それは悪いことを言ったのう。で、結局どれくらいあるのじゃ?」
「……ご想像にお任せ?」
リズは苦笑しながら誤魔化した。果たして今見えているもののうち、何割がリズの私物なのだろう。この物置が無かったら、寝室はもっと悲惨なことになっていたのかもしれない。
「まあよいか。して、助力はいるかの?」
「んー、大丈夫。リズに任せて!」
「わかったのじゃ」
一見整頓されていないように見える場所でも、当人だけはどこに何があるか把握していることは往々にしてある。イナリが手を出してはむしろ邪魔になりかねないし、ここは素直にリズに任せるのが賢明だろう。
ちょうどいい機会なので、この間にイナリはもちまるの様子を確認することにした。
物置の一角にある箱の蓋を外し、主人の姿に喜ぶように震えるもちまるをそっと手にのせる。まだ出会って数日程度ではあるが、出会った当初より若干弾力が増したような気がしないでもない。
「おおよしよし、良い子じゃな……うん?」
順調に成長していることに安堵しつつ、もちまるを撫でていたイナリは、ふとした違和感に怪訝な声を上げた。そして何度か感触を確かめ、違和感が確かなものであると確信すると、リズに手招きしながら声を掛ける。
「リズよ、ちとよいかの?」
「ん、どしたの?」
リズが手に持っていた冊子をぽいと放り投げて歩み寄ってくるので、イナリはもちまるを片手に、ある点を指さして尋ねる。
「こやつ、こんな突起みたいなものあったかの……?」
「突起?あ、ほんとだ。……三つある?」
最後に見たもちまるの姿は艶やかな球体であったはずだが、現在のそれの姿はそれとはやや異なっている。
上部に二つ、触れることでわかる程度の僅かな盛り上がりと、後方――正面の概念があるかわからないので便宜上そう表現するしかないのだが――とにかく、後ろにも同じように突き出している部分ができていた。
「これは何じゃろか。……はっ、もしや何かの病気かの?エリスを呼んで何かしてもらうべきかの!?」
「わ、わかんない。この間の本でもこんな話は無かった気がするけど」
「はっ……もしや、この部屋の何かを食べてしまったのでは!?」
「えっ、それはヤバいよ!?」
狭い物置で、スライムを抱えた子供二人はわたわたと慌てふためいた。
「も、もちまるよ。お主、何か変なものは食べておらんよの!?」
混乱したイナリがもちまるへ問いかけると、ぷるりと揺れて返してくる。
「これは……どちらじゃ?」
「さあ……」
肯定にも否定にもとれる動きに、イナリ達は顔を見合わせて冷静になった。
「……見た限り、箱に異常はなし、蓋も閉まっておったからの、もちまるに限って脱走することはないと思うが」
「そうだね。……でも心配だし、いい機会だから、一回魔法学校に連れて行って検査してもいいかな?」
「け、検査じゃと?それは何か、もちまるを解剖したりするわけではあるまいな!?」
「しないよ!?」
もちまるを抱き寄せて距離を取ったイナリに対し、リズは声を上げた。
「ただ、魔法学校なら魔物に詳しい人も居るだろうから、安全性も確認できるし、ついでに知能検査とかもしたほうがいいと思うの。……その、言葉が分かるレベルの知能があるなら、早いうちに色々教えてあげたほうがいいから」
「ああ、何か以前、そんなことを言っておったよの?」
あれはいつだったか、言葉を解する魔物の危険性についてウィルディアが口にしていた記憶がある。今後もちまるを飼う上で、その特性は知っておくに越したことはないだろう。
「確かに必要なこととは思うが、我も同行したいところじゃし……此度の件が落ち着いてからでもよいかの?」
「まあ、それでいいかな?もちまるがヤバいことになったらその限りじゃないけど」
「そこは目を光らせておくほかないのう。それと、いつまでもここで暮らさせるのは可哀想じゃし、専用の箱でも用意してやらねばならぬか」
するべきことがどんどん増えていく事実に、イナリはため息をこぼしながらスライムを指でつついた。
<エリック視点>
イナリちゃんとリズが立ち去った後、僕はディルとエリスの前で本題を切り出す。
「二人と相談したかったのは、相手……『世界庭園創造会』についての話だ」
「と、言いますと?」
「これまでの傾向からして、『世界庭園創造会』は、仲間に引き込んだ一般人を捨て駒にする形で何らかの犯罪を行っている。今回イナリちゃん達が何事もなく戻ってきたのはそのおかげだと思うんだ」
ここ数日、かなり粗い計画による犯行が相次いでいることはギルドでも周知の事実である。
その共通点として、犯人は大半が初犯で、異様に自身の意思によることを強調するという特徴があった。そしてその犯行の対象に限っては一貫性がなく、謎に包まれていた。
もし僕の予想が正しいとすれば、ターゲットに選ばれる条件の一つに「組織の中の特定の人物に目をつけられること」があるはずだ。
首を傾げているエリスにさらに補足したが、彼女は未だ納得しない様子だった。
「つまり、一旦イナリさんを泳がせておいて、その後別の人を派遣して襲うなり攫うなりするということですよね?今回は変装していたので少し話は変わるでしょうけれど……あまりにも二度手間では?成功率も低いでしょうに、一体何の意味があるんです?」
どうしてそんな馬鹿なことを、と言わんばかりの態度でエリスが疑問を口にすると、ディルが椅子にもたれかかって問いに答える。
「この前フルーティと会って話を聞いたんだが、連中は表向きは潔白な団体として振舞うんだとよ。つまり、犯罪行為にも加担していないポーズを取りたいんだろ。あるいは、単純に尻尾切りをしたいだけかもしれないが。信者になったふりをして利益を得ようとしている奴が居そうだな」
「わあ。何というか、清々しいほどに終わっていますね」
「全くだ」
手で口元を隠して直球な感想を述べたエリスにディルが頷く。ひとまず内容の共有はできたと判断し、僕は話を続ける。
「というわけで今回の場合だと『疾風』、特に傍で護衛していたカミラさんが何らかの行動を起こされる可能性が高いと予想している」
「……だから守ってやれとか、そういう話か?だとしたら、あいつらだって新人じゃねえし、あれこれ面倒を見る必要は無いんじゃねえか」
「ああ、この話を『疾風』のリーダー……ダンテさんに共有するつもりではあるけれど、それ以上のケアは頼まれない限りはしない。『疾風』の皆にも失礼になってしまうからね」
冒険者は良くも悪くも自己責任の上で活動をする仕事だ。これは冒険者として登録する際に受付でも念押しされるので、説明を聞き流さない限りは誰しもが認識していることだ。
だからこそ、頼まれてもいないのに必要以上に干渉することは相手の面子を潰してしまうことにもなりかねない。これは案外繊細な問題なので、普段ギルドで仕事の手伝いをするときも細心の注意を払っている。
「僕が二人に頼みたいのはそこまで難しくない。ただ、周囲に気を配っておいて、何か兆候や異変があれば教えてほしいんだ。僕は、この予想を確信に変えたい」
「言わんとするところは理解しましたけれど……これをイナリさんとリズさんにお伝えしないのには、何か理由が?」
「そこまで大した理由ではないけれど。イナリちゃんにこれ以上気を張らせるのは負担になるだろうし、リズも……常に警戒状態にさせると色々と大変だろうから」
「そういやアイツ、警戒すると一気に雰囲気変わるもんな……」
「あー……」
リズは警戒心が高まると常に魔法を展開できるように身構える癖がある。街中だとマナを利用して威圧感を出したりするので、一般の人たちにはかなり危険な存在になってしまうのだ。
それにイナリちゃんに関しては、何か責任を感じたりしてほしくないというのもあった。
普段は尊大な風に振舞っているけれども、中身が繊細な事はパーティ内の共通認識になっている。それでいて問題は自力で解決しようとしがちで危ないことこの上ないとエリスが嘆いていたのも記憶に新しい。
「もちろん、絶対にというわけではないし、必要なら伝えてくれても問題はない。というわけで、話はこれで終わり。二人とも、時間を取ってくれてありがとう」
イナリちゃんがここ数日森の件で頭を悩ませているのは知っている。パーティのリーダーとして、できる限りの事はしなくては。
そう決意を新たに、僕は場をお開きにして席を立った。




