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豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
魔の森修復作戦(仮題)

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389 森林エンカウント

 エリオットと合流したイナリ達は、そのまま他の皆と別れた川辺まで戻ることにした。


 ただ、今は行きの時とはまた違った謎の緊張感がある。これは日が傾くにつれていっそう冷え込んでいく森のせいか、それとも案内人のエリオットの機嫌が明らかによくないせいか。


 そんな状態で森の中を進んでいると、エリオットが唐突に振り返って口を開く。


「リンネさん。父とは話せましたか」


「む?うむ、おかげさまでの。無事と言っていいのかは何とも言えぬが、ともあれ、姿が見られて一安心じゃ」


「嫌な思いはしませんでしたか」


「うむ。……お主らがいきなり口論を始めたときはちとばかし面食らったがの」


「その節はすみませんでした。仮にも娘である貴方が危険を冒してここに来たというのに、あの態度が気に入らず、つい熱が入ってしまって」


「……仮にも?」


 イナリの事をどう思っているにしても奇妙な一言にイナリは眉を上げる。するとエリオットは苦笑しつつ続ける。


「生憎、僕はリンネさんの事を何も知りませんから。父と関連する狐の獣人なんて『イナリ』という方しか知りませんし、最初はその人かと思ったくらいですからね」


「そ、そうか」


 イナリは背に汗が浮かぶのを感じつつ、引き攣った笑みで返した。疑われていないことが確定したのはよかったが、このよくわからない偶然のせいで狼狽えることになったと思うと何とも言えない気分である。


「しかし、お主らはどうして仲が悪いのじゃ?最初からあんな風な訳ではあるまいし、何かあったのであろ?」


「逆です。何もなさ過ぎたんです」


「ふむ?」


「母が大変な時も、僕が悩んでいる時も、父は店の事しか見ていませんでした。挙句、僕が商人としての道を選ぶと決めた直後に店の後継ぎがどうのこうのと言い出す始末。ここが決定的な場面でしたね」


「それは凄まじいのう」


 店主とエリオットは別の街で暮らしていたと言っていたが、その背景には中々に壮絶な背景があったようである。家族の何たるかを薄らとしか知らないイナリですらおかしいと感じられるほどだから、相当なものと言えよう。


「我も大したことは言えぬが、今回の一件で多少は反省するのではないか?」


「一度痛い目を見て反省できる人だったら、今父はここに居ないと思いますよ。ここであの人と再会した時の僕の感情、わかります?」


「……中々苦しいものがあるのう」


「苦しいなんてもんじゃないです。怒りのあまりドラゴンになれる気すらしましたよ」


 少しでも己が悪くしてしまった店主とエリオットの関係を修復しようと試みていたイナリだが、どうやらこの状態は長いこと醸成された結果生まれたものであったらしい。


 これを知ってしまっては、先ほどまで気をもんでいたのが阿呆らしくなってきてしまう。イナリはため息を零すと、エリオットに向けて告げる。


「今は、お主もあやつもここで暮らす身であろう?人間は極限状態になれば嫌でも協力を余儀なくされる生き物じゃ。お主らが手を取り合わねばならぬ場面が来たときは、判断を誤らぬようにするのじゃぞ」


 意訳すると、「我が脱出の手引きをするから店主と協力するのじゃぞ、変に足を引っ張り合うでないぞ」といったところである。


「……それは父次第ですね」


 そんなイナリの言葉に対し、エリオットはイナリから視線をそらして答えた。




 思えば、時折すれ違う「世界庭園創造会」の面々が何もしてこないからと油断していたのだろう。


「――おいおい、見ねえ顔じゃねえか。どこの誰だ?誰の許可を得てここを歩いてる?」


 イナリ達の前に、三人の人間が対峙していた。


 それも、恐らくここで見つかると面倒ごとに発展する、碌でもない類の人間……俗にいうチンピラであった。土地神信仰者のような布切れとはまた違った方向性で薄汚れた布に身を包んでいて、一目でまともな人間ではないことが察せられる。


 加えて、イナリの目の前ではわかりやすく表情を強張らせているエリオットの姿があり、あまり望ましい事態ではないことが窺えた。


 先ほどまで父親に強く当たっていた彼はどこへやら、エリオットは細く震えた声で返事を返す。


「え、えっと、この方々は……さっき森で迷っているところを保護してたんです。ちゃんと変な事はしないように見張ってましたし、これから帰らせるので大丈夫ですよ」


「へえ、保護ねえ。こんな場所まで連れてくるなんて随分手厚いことだ」


「は、はは。もしよければ仲間になってほしいなって思って、それで……」


「そうかそうか、そりゃいい考えだな」


 かなり危うい状態だろうに、エリオットはイナリ達を庇うべく、適当な言い訳をでっち上げることにしたらしい。察するに、保護を建前に「世界庭園創造会」へ勧誘しようとしたといったところだろうが、恐慌状態にある割には随分と思い切ったことをしているようだ。


 さて、エリオットの言葉を聞いた男は、一歩前に出てねっとりとした視線と共にイナリを観察する。隣にいるカミラは既に武器に手をつけているのだが、イナリに夢中なのか、全く意に介していない様子だ。


「こりゃ将来は有望だな」


 彼は独り言のつもりで呟いているのだろうが、イナリには丸聞こえである。あるいは聞かせているのかもしれないが、何にせよ不快なことには変わりない。


 男は笑顔の仮面でもつけたかのように白々しい笑みを浮かべ、舐め腐ったような猫なで声で話しかけてくる。


「お嬢ちゃん、お兄さんたちと一緒に森で遊ばないか?獣人のお友達も少し居るし、絶対に楽しいよ?」


 一瞬顔面に殴り掛かりそうになったイナリだが、隣で剣を片手に何か言い返そうとしているカミラを見て冷静になった。


 イナリはカミラが行動を起こす前に手で制し、そのまま口を開く。


「生憎、見知らぬ者には着いて行くなと言われておってのう。その誘いは断るのじゃ」


「そりゃ偉いねえ。でも今から帰る方が危ないんじゃないか?」


「そのためにこやつが居るのじゃぞ」


 イナリは親指で隣に控えるカミラを指すと、ようやく男はカミラの方に目を向けた。彼はカミラがほぼ臨戦態勢なことに気が付くと、軽薄な態度のまま一歩引き下がり、両手を上げる。


「こりゃ失礼。だが、たった一人の騎士にお嬢ちゃんを護れるとは思えないね。俺たちが着いて行ってあげようか?」


「ああ、それなら問題無いのじゃ。外には他の仲間を待たせておるようじゃからの、皆と合流すれば問題無かろうて」


 手出ししようものなら只では済まないと言外に告げれば、男は歯ぎしりして数秒ほど黙りこんだ。


「……そうかい。なら、夜道には気をつけな」


「うむ。お主らこそ気を付けるのじゃぞ?この森は何が起こるかわからんからの」


 イナリが思い通りに動かないとわかるや否や冷徹な態度に豹変した男からはまだイナリを諦めていない様子が伝わってくる。しかし今のイナリは「リンネ」なので、この場さえ乗り切ればどうとでもなるはずだ。


 そんな事情もあって、イナリも意趣返しとばかりに言葉を返し、エリオットに目でこの場を去るよう促した。




 少しして川辺まで到着し、先ほどの連中が着いてきていないことを確信できたところで、イナリはほうと息をついた。


「肝が冷えたが、何とかなったのう」


 イナリが両腕を伸ばしていると、カミラが肩に手を置いて声を掛けてくる。


「……リンネさん、先ほどのようなときは私を前に出すべきだ。もしあのまま飛び掛かられたりしていたらどうする?」


「ま、そうなったらお主の出番じゃな」


 心配と不満が半々といった様子のカミラの言葉に、イナリはけろっとした表情で返し、さらに続ける。


「それに我が思うに、お主が喋れば向こうは我らを女二人と見て、もっと調子に乗らせていたと思うのじゃ」


 イナリと出会って十数秒で「評価」を始めるような男のすることだ。カミラが女とわかればもっと執拗に引き留めにかかったり、強引な手段を選ぶ可能性もあっただろう。


「ならば、一見して性別が分からぬお主には黙っておいてもらった方が良いと思わぬか?」


「そ、そこまで考えていたのか……!?」


「ふふん、当然じゃ。我はかしこいのじゃ」


 驚愕するカミラを見て、イナリは胸を張り、こめかみを指先でトンと叩きながら返した。


「それにエリオットもじゃな。我らを売ることもできただろうに、上手く機転を利かせてくれたこと、感謝するのじゃ」


「あ、ああ、はい。その場しのぎでしかなかったですが、何とかなってよかったです」


 イナリの賞賛に苦笑して返すエリオットの表情は、どこか曇っているように見えた。

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