380 烏合戯け無法集団
「結論から言いましょう。あの店が閉店している理由はズバリ、魔の森を拠点に活動している団体、『世界庭園創造会』のせいです」
フルーティは食器を皿の上に置き、布巾で口元を拭いながら淡々と告げた。その言葉に、イナリとディルは顔を見合わせる。
「……なあ、それって」
「うむ。あやつらで間違いないじゃろう」
イナリは僅かに表情を曇らせつつ、隣に座るディルの言葉に頷いた。今日日魔の森に拘る人間など、冒険者か土地神なる存在しない神を崇める狂人のいずれかなので、推測は容易である。
それにしても「世界庭園創造会」とは随分と大層な名前を掲げたものだ。今すぐ「豊穣神の社を占拠して好き放題する烏合戯け無法集団」に改名するべきであろう。
イナリは己の内からふつふつと湧き上がる怒りを抑えつつフルーティの話の続きを待つ。
気を紛らわすために揺らしている尻尾がディルの腰辺りに当たっている気がするが、大目に見てもらうとしよう。エリスはいつもこれで喜んでいるし、問題ないはずだ。
「イナリさん、貴方は何かとあの連中に苦労されてますよね?調べている中で何回も名前が出てくるもんですから、そらもう驚きましたよ。何か恨まれることでもしたんですか?」
「何もしておらんのじゃ」
「ま、そうでしょうねえ」
フルーティは飲み物を一口飲むと、他人事のように頷いた。
「というか、あやつらは土地神がどうのこうのと抜かしておったはずじゃが。その辺は無かったことになったのかのう?くふふ、所詮空想じゃ。やはり長続きはせぬか」
「いえ、普通に存続してますよ」
「む」
存在しない神を崇めるのは無理があったのだろうと揶揄するように尋ねたイナリだが、フルーティの答えはイナリが期待していたものではなかった。
「土地神の正体は魔王の事ですから、空想ではなく妄言というのが適切でしょうかねえ。つまり、連中は魔王信仰者ってことです」
「魔王信仰か。久々に聞いたな」
ディルはイナリを一瞥する。察するに、曲がりなりにもイナリを信仰しているとも解釈できる以上、何か変な事を言い出さないかと警戒しているのだろう。
だがこれは実に遺憾だ。イナリとて、崇められるなら何でも良いわけではない。せめてイナリをイナリと認識したうえで崇めてもらうのが最低要件だ。
イナリは僅かに頬を膨らませつつ、「我わかってますよ」感を出すために口を開く。
「そんなことをしては教会が黙っておらぬ。そうであろ?」
「その通り、と言いたいところですが。そこをあの連中は上手くやっているんです」
「上手く、とな?」
イナリが首を傾げると、フルーティが頷く。
「名前からも窺えるように、表向きは『魔の森をうまく活用して人々に利益をもたらしましょう』という理念を掲げているだけの集団です。これ自体は、大きな商会が魔の森に価値を見出しているのと同じように、裁かれる道理はないでしょう」
「屁理屈じゃ。そも、それなら我の行動を阻む必要もなかったであろう」
「それは視点の違いでしょう。自然な森が望ましい者も居れば、今のあの森に価値を見出す者も居ます。あの謎の草も、あれはあれで需要があるらしいですからね」
「ううむ、理解できぬ……」
「狂人の思考を理解する必要なんて無えさ」
露骨に不満を露にするイナリに対し、ディルがぼんと頭に手を置いて声を掛けてきた。気持ちはありがたいが、もう少し神を丁寧に扱ってもらいたいものである。
「そんなわけで、活動理由は表向き潔白、あくまで信仰しているのは『土地神』であって魔王ではない。すなわちアルト教の教えに反することも無い。故に教会は手を出せない。そういう理屈ですね」
「そんなことで手を出せなくなるのか?それは流石に――」
「――無能だ。世界秩序を保つ機関の何たる有様かと、そう思いますよね?」
「……さあな」
妙に力強さを感じさせる声色のフルーティの言葉に対し、ディルはそっけなく返した。
身内に曲がりなりにも神官がいる以上、直球に感想を口にするのは憚られたのだろう。あるいは、「配慮」という言葉を知っているか疑わしい場面がしばしばあるディルですら言葉を濁す辺り、教会を虚仮にするのは相当な禁忌なのかもしれない。
その点フルーティは随分と言いたい放題言っているようだが、色々と大丈夫なのだろうか。ナイアで出合った時の印象からして神官そのものを厭っているのか、あるいは何かと表沙汰にできない過去を持つグラヴェルと関わっていた辺り、所謂怖いもの知らずなのか。
イナリに評価を改められていると知ってか知らずか、フルーティは言葉を続ける。
「まあ、彼らにも理由があることは私も重々承知です。アルテミアの件で評判が失墜したうえに、ナイアで獣人迫害までしていたとなれば、今後の行動は慎重にならざるを得ないですからね」
「そうは言うが、我は既に数多の被害を受けておるし、他にも迷惑を被っておる者が多くいると聞く。一体何を慎重になることがあろうか?」
現状、あの森の事を解決しようとしている者はごく僅かだ。イナリはその不満をぶつけるようにフルーティに尋ねた。
「そりゃ教会が役立たずだから……というのは半分冗談で。単純に危険な森に兵を割いていられない上に、『土地神』を崇める熱心な信者と、ただの実利主義が混ざっていますからねえ。いちいちどちらか区別する暇なんてないですし、かといってまとめて対処したら、迫害事件の二の舞になりかねませんよ」
「ふむ。その、熱心な信者と実利主義というのはつまり、アリシアとエリスの違いみたいなものかの?」
「その例えはどうなんだ……?」
ディルはいまいち納得していないようだが、片や聖女、片や神官のくせしてイナリの尻尾を追いかける神官。そこまで的を外した要約ではないはずである。
「まあ、こんな感じで、連中は実に厄介な存在だということが伝わったところで、話を戻しましょう。例の店の事です」
「そういえばその話じゃったな……」
すっかり「何とかかんとか会」の話に熱中していたイナリは、すっかり冷静になって呟いた。
「『世界庭園創造会』は厄介なことに、主に商人の資本と、ついでに魔王信仰の隠れ蓑にするために俺たち商人を手あたり次第に取り込もうとしているんです。やれ『最高品質の素材を直接手渡し』だの、『今なら入会手数料無料』だのと言ってね」
「急に俗っぽくなったな……」
「まあ、身内に引き込むのに甘い言葉を掛けるのは基本ですからね。こんな露骨でも、今は魔の森のおかげで食品分野の競争が激しいもんですから、少しでも優位に立ちたい連中がボロボロと釣れるんですよ」
呆れるディルに対し、フルーティも両手を上げてやれやれと言わんばかりの仕草をとる。その様子を見て、さらにディルが尋ねる。
「確か、お前も果物屋を営んでいるだろう。どうしたんだ、断ったのか?」
「いえ、一瞬加入して、こりゃあ碌なことにならんとわかったので、適当に内情だけ調べてさっさとトンズラしました。やけに詳しいと思ったでしょう?」
「確かにそれも気になってはいたが。肝が据わりすぎじゃないか……?」
ディルはさらに呆れたように声を上げた。
なるほど、フルーティはただの怖い者知らずで確定のようである。思えば、果物屋だというのに一人でナイアからここまで来ようとする無謀さを発揮していた時点でその片鱗は見えていたと言えよう。
「ですが、俺みたいなのがいる一方で、保証されない利益を求めて引き下がれなくなったり、そのまま魔王信仰者に転身してしまった人もいるわけで。おかげさまで、俺も含めて商人たちはそれはもう迷惑被ってるわけです。ね、碌でもないでしょ?」
フルーティはここまでの硬い表情を崩し、飄々とした態度になったところでイナリが尋ねる。
「……のう。つまり、あの店の店主は――」
「はい。今何をしているのかは流石に知りませんが、とにかく魔の森に行ってしまったのは確実です。今頃どうなっていることやら……」
フルーティの言葉にイナリは歯がみした。
どうにも、異教徒ごと森を燃やして一件落着というわけには行かないようだ。




