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豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
豊穣神と勇者と冒険者

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351 気晴らし

 時は進み、数日後。


「ううむ」


 イナリは庭の雑草をぷちぷちと抜きながら唸っていた。右へ左へと動いては土をてしてしと叩く尻尾を見れば、誰でも一目で機嫌が良くないことが見て取れるだろう。


 だがこれには訳がある。異教徒の動向が気になって仕方がないのだ。


 アリシアとの朝食を終えた後、イナリ達は冒険者ギルドへと赴き、エリックとも合流して、魔の森に関する情報を集めた。


 しかし出てくるのは、ちょっと魔物が活発になったとか、勇者がすごかったとか、幻の激レア魔物なんていなかったとか、全く関係ない物ばかりである。


 数少ない情報も、イナリの社周辺で休んでいたら追い出されたという話が数件あったくらいである。大事になるとは到底思えない案件だ。


 この成果は、アリシアが用意した豪華な朝食がイナリにもたらした幸福感を相殺するには十分であった。


「このままでは、我の社が乗っ取られてしまうのじゃ……」


 そこに住まう神が実際に居るというのに、全く関係のない、存在すらしない「土地神」とやらに社を奪われるなど、とんだ笑い話もいいところだ。


 アリシアやエリスは大丈夫と言うし、エリックも引き続き注意してくれているようだが、どうにも気が休まらない。やはり受け身ではなく、イナリから打って出るべきだろうか?


「……祟るか?」


 視界の端に映る、艶やかな小麦色の髪の先端を掬い上げる。少し視線をずらすと、懐に短剣の柄が覗かせている。最近は殆ど使っていないが、これでも立派な神器だ。イナリの髪は、撫でるだけで切ることができるだろう。


 それにイナリの髪は、数本程度でもトレントを怪物にできる代物だ。正式なやり方を知らなくても、これを媒介に、本能に従ってイナリが何か願えば、あるいは――。


「イナリさん、急に固まってどうしたのですか?」


「いや?何でもないのじゃ」


「そうですか?ならいいんですけど。あ、後で尻尾を洗いましょうね。土がついてしまっていますよ」


「うむ」


 後方で洗濯物を干していたエリスの言葉に、イナリは再びぷちぷちと雑草を抜き始めた。あわや邪神としての一歩を踏み出すところであった。


 これまで散々呪いだの祟りだのを検討しては止めてきたが、今日ほど本格的に検討したのは、地球で社を売られた時以来かもしれない。それぐらい、今のイナリは落ち着かないのだ。


「エリスよ」


 イナリは掴んでいた雑草をぶちりと千切って、立ち上がった。


「リズを呼んで、気晴らしに行くのじゃ。我が我で居られるうちにの」


「……イナリさん、イナリさんじゃなくなってしまうのですか?」


「言葉の綾じゃ」




 というわけで、イナリはリズの案内で商業地区の一角へと赴いていた。今回の気晴らしの内容は、魔導ランタンを購入することである。


「さあ着いたよ!お邪魔します!!」


 リズが勢いよく店の扉を開いて突入すると、暇そうに店番をしていた翁がおもむろに立ち上がる。


「おや、リズじゃないか。どうしたんだね?今は普通の魔道具しかないぞ」


「ん、今日はいつもとは違う用事なの」


「そうかい。ああそういえば、職人街に新しい魔道具職人が来たらしい」


「そうなんだ。じゃ、またマークしておかないとね……」


 二人は自然にこの街の魔道具に関する情報を共有していた。歳の差が凄まじいであろうに、この二人組はそれなりに仲が良いらしい。……いや、イナリと他の人間の年の差と比べたらほんの誤差だろうか。


 ともあれ、リズがどこか黒い笑みを浮かべる様子を、イナリとエリスは一歩引いたところから眺めていた。 


「って、そんなことより!今日はこの子……イナリちゃんに似合う魔導ランタンを探しに来ました!」


「ほほう、よく話してくれる狐の子だな」


 リズがイナリの両肩を掴んで翁の前に立たせる。翁はゆっくりと腰をかがめると、目元の片眼鏡をつまみながら、まじまじとイナリを観察する。


「……確か、魔力を持っていないのだったか」


「む、何故知っておるのじゃ?」


「……ごめん、リズが前、ぽろっと話しちゃった」


「リズさん……」


 エリスが顔に手を当てて呆れる。それをよそに、翁はぶつぶつと呟きながら店内を見回していく。


「となると魔力充填式、小型で軽量なものがいいだろうが……他に希望は?用途が決まっているなら、それも併せて言ってくれ」


 向き直る翁を見て、イナリは一考する。


「強いて言えば、普段使いじゃろうか?森を歩く時にも使えると嬉しいのじゃ。あとは、特に意匠にこだわりは無いが、我の神聖さを強調できるとなおよいのじゃ」


「あ、予算に糸目はつけません。一番いい物をイナリさんにあげてください」


「いいだろう。少し裏を見てくるから、待っていてくれ」


「……イナリちゃんが『神聖さ』って言葉を使ったのに特に突っ込まない人、初めて見たかも」


 ゆっくりと店の裏へと移動する翁を見て、リズが不敬な言葉を口走る。それをよそに、エリスは商品棚を見て回る。


「イナリさん、可愛い系の方に興味はないのですか?これとか、羊を模していて可愛いですよ」


「照明器具なのに、何故動物を模したものがあるのじゃ……?」


「それは作者にしかわかりませんよ。ですがこれ、前にイナリさんに着てもらった『もこすや羊セット』と合わせたら、最高だと思うんですよね」


「お主は我をどうしたいのじゃ?」


 よくわからない言葉を零しながら丸々とした魔導ランタンを棚に戻すエリスに対し、イナリはため息をついた。




「――この中に気になったものがあれば言ってくれ。光の色は変えられるから気にしなくてもいい」


「ふむ」


 店主の翁は、イナリの拳の二倍から三倍くらいの大きさの魔導ランタンを机の上に並べた。


「どれも見た目はよさそうじゃが……重いのう」


 腕力が皆無に等しいイナリには、金属でできた魔導ランタンはそれなりに重く感じる。持ち上げられないわけではないのだが、ずっと持っていると手が辛くなるだろうし、激しく動くと振り回されそうな雰囲気がある。


「首から提げられるタイプもあるみたいですが、どうですか?」


「首が攣りそうじゃ」


 エリスから魔導ランタンを受け取ったイナリは一瞬だけそれを首に提げ、嫌な予感を察知するなり、すぐに外した。


「これ、もっと体格が大きい人向けの機能かもしれませんね……」


「イナリちゃん、これとかどう?ちょっと珍しい素材を使ってて無難とは言えないけど、軽さは圧倒的だと思うよ」


 リズが一つ魔導ランタンを持ち上げてイナリに見せる。全体的に紙のような薄い素材で包まれており、上下が白銀色の金具で留められている。


「……提灯?」


 どこかで見た気がすると思ったら、提灯に酷似しているのだ。地球で見たそれと並べれば全くの別物になのだが、要素の節々に提灯っぽさが感じられる。


 イナリはリズからそれを受け取り、備え付けの棒の先端にそれを吊り下げて皆の前に立った。


「どうじゃ?」


「かわいくていいと思うけど……なんか、やたらと手慣れてない?」


「不思議としっくりくる感じがしますね」


「ふふん、そうであろ」


 イナリは二人の肯定的な評価を受けてによによしながら、店主の翁に魔導ランタンを渡した。


「気に入ったのじゃ。これにするのじゃ」


 恐らく、イナリの本来の衣装である着物と一番合うのはこれだろう。この世界の者からしたら色物なのかもしれないが、イナリにとっては手になじむ理想的な形だ。


 それに、あくまでも提灯「ぽい」のもみそだ。もしカイトに地球の事で突っ込まれても、「いやこの世界の道具ですけど?」としらを切れるのが素晴らしい。


 まさかこんな掘り出し物に巡り合えて、イナリは満足感に満たされていた。




「ふふん。今度、他の皆にも見せてやるのじゃ。きっと我の威光が強まるのじゃ」


 イナリは、魔導ランタン一式が入った箱を抱えてご満悦であった。この箱の重みですら、今は心地よく感じられる。


「――リズさん。魔導ランタンって、こんなに良いお値段なんですね」


 そんなイナリに対し、エリスは硬貨入れの中を覗いて頭を抱えていた。


「やっぱり珍しい素材に珍しい構造だと、手入れ用の道具も特注になっちゃうんだよねえ。しょうがないよ」


「イナリさんへのプレゼントですからね。良い物が買えたことを喜んでおきましょう……」


「そうそう。リズが魔道具にお金を費やす理由もわかるでしょ?仕方ないことなんだよ」


「それはまた別の話の気もしますが」


「ありゃ、誤魔化せなかったかあ……」


 そんな風にイナリ達が適当に会話をしながらパーティハウスに帰ると、玄関のそばで律儀に待ちぼうけているウサギ獣人、ハイドラの姿があった。


「あっ、やっと帰ってきた!」


 ハイドラはぴょいと立ち上がると、軽快な足取りで一行の前に歩み寄ってきた。


「ハイドラちゃん、どうしたの?」


「ふふ、聞いて驚きなさい。例のポーションが完成したの。その報告に来たよ!」


「ほう」


 イナリは声を上げた。


 ようやく、本格的に魔の森の修復に向けた活動が始まりそうだ。

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