348 不審者に絡まれた
呆然とした様子のリズそっちのけで、イナリはハイドラに自慢の社や畑、鳥居を順番に紹介した。
するとハイドラは、鳥居と社のちょうど間辺り、青白く光る石の隣にある箱に両手を置いて声を上げる。
「ねえイナリちゃん、この箱は何?」
「え何じゃそれ知らん……こわ……」
「えっ」
困惑するイナリを見て、ハイドラは慌ててその場から飛びのき、兎獣人特有の脚力で軽やかにイナリの隣に着地する。
イナリはそれに密かに感心しつつ、二人でゆっくりと近づいて観察する。
遠目には賽銭箱のように見えるが、蓋が被さっているタイプのただの箱である。石を設置している台に寄せた意匠が施されている辺り、この箱は冒険者などが投棄して行ったものではなく、誰かが意図してここに置いている物だ。
「……誰かが我の代わりに賽銭箱を作ったとか?いや……」
この世界に賽銭に似た文化があるかどうかは怪しい。少なくとも、エリスがそういうことをしている様子は見たことがないし、教会にもそういった類のものは見受けられなかったはずだ。
唯一関連性があるとすればカイトだろうが、あの男がそんな殊勝な事をするとも思えない。まあ、イナリに何も言わずに勝手に賽銭箱を作って設置しているというのも、それはそれで怖いのだが。
イナリ達の様子に気が付いたリズも箱のそばに歩み寄り、杖で三回、軽く叩く。
「なんか、普通に開きそうだよ。開けてみる?」
「ちょっと覗いてみたいかも」
「そうじゃな。我の土地にあるものじゃ、当然、中身を知る権利もあるよの」
三人の間で意思が固まったところで、リズは器用に杖を箱の蓋の隙間にはさみ込み、そっと蓋を開く。構え方からして、何か危険があればすぐに魔法を打てるようにしているのだろう。
さて、恐る恐る中を覗き込んでみると――。
「……人形?」
「人形……おもちゃかな?それに草の編み物と、石。魔石ではないみたいだね」
ハイドラが中身を一つずつ取って確かめる。
「とりあえず危険ではないんじゃないかな?」
「ふむ。リズよ、もう閉めてもよいのじゃ」
「ん、挟まないように気を付けてね」
イナリの言葉に、リズは一言断ってから箱の蓋をばたんと閉め、イナリに向きなおる。
「イナリちゃん、これどうする?燃やす?」
「……ううむ、一応我への捧げものかもしれぬからのう。すこし様子をみておくとするのじゃ……」
イナリは悶々としつつ、一旦この話に区切りをつけることにした。
その後は、簡単に畑の手入れと社の掃除を済ませ、エリスに作ってもらった昼食を食べた。パンに肉と野菜を挟んで紙袋に包んだ、シンプルなものである。
その後、せっかくなのでリズの力を借りて田をある程度修復してもらった。土を集めて軽く耕しただけだが、後で体裁を整えればまた田として利用できるはずだ。今度魔の森を元に戻すついでに、オリュザの種を撒いておくことにしよう。
「さて、帰るとするかの……む?」
復元された田を見て気をよくしたイナリが対岸に目をやると、そこには四体のゴブリン……ではなく、それと見紛うくらいに身なりが悪い人間がいた。翁と媼、それに比較的若い男女が一名ずつの計四人である。
全くの偶然なのだが、この魔の森が生まれるきっかけにもなったあの日と重なって、イナリは尻尾をぼわりと膨らませつつ、僅かに身構えていた。
「……冒険者……ではないよの?」
「絶対に違うねえ」
イナリの言葉に頷くのはリズだ。
冒険者は多かれ少なかれ、武器や防具など何らかの装備を身に纏っている。
しかし彼らの間で装備と呼べそうな代物はというと、翁が持っている杖と、若者のうち一人が腰に提げた小さな剣くらいのものだ。人数に対してあまりにも貧弱と言わざるを得ない。
それに、ハイドラはともかく、イナリとリズはそこそこ冒険者の間で顔が知れているので、もし彼らが冒険者だというのなら、挨拶の一つくらいはあるはずである。
かといって、賊の類だとも到底思えない。衣装も草を編んだかのような簡素なものな上に、街中を歩いているかの如く警戒心が見られない。過去にイナリが見た賊と同類とは到底思えない。
「この辺に村とかってあったっけ?」
「んや、我の記憶にはないのじゃ」
「え、じゃああの人たち、こんなとこで何してんの……?」
「スライムに乗っ取られたとか?それか、ニエ村の私みたいな状態とか」
「スライムの方は分からぬが、あの時と同じようならもっと狂暴になりそうなものじゃが」
「そういえばそうだったっけ……」
イナリの言葉に、ハイドラは耳をぺたりと曲げた。考えるほど理解しがたい状況に、イナリ達はぞわぞわとした恐怖感を感じていた。
「得体が知れないのう。ああいう人間、たまにおるよの……」
「ね。森で初めてイナリちゃんに会ったときみたい」
「ははは、リズよ。それではまるで、我が変なやつのようではないか……え、冗談じゃよな?」
真顔で問うイナリの言葉に、リズはふいと目を逸らした。記憶が正しければ、威厳と神秘性に満ちた、完璧な登場を果たしたはずなのだが。
そんな風に、イナリ達が身を寄せ合ってひそひそと話し合っている内に、相手の一団は川の浅い部分を渡って、イナリ達の近くに歩み寄ってきた。
そして翁が一歩前に出て、杖を地面に突き立てる。
「お前さん、ここで何をしているのだね。ここは子供が来るような場所ではないぞ」
「いや、そっちこそ何を――わぷ」
杖を両手に握って食って掛かるリズの口をハイドラが塞いで下がらせ、そのままイナリの肩に手を置く。
「この子のお家がすぐそこにあって、そこで休憩していたんです。もう帰るので、気にしないで――」
「――家?まさかあの祠のことか?お前さんら、あの祠に入ったのか!?」
「祠……?」
イナリ達は顔を見合わせる。
「この小道の先にあるものだ!どうしてくれる、このままでは祟りが下るぞ!」
「いや、そんなことで祟ったりはせぬが……」
若干クセのある活舌でまくし立てる翁に対し、イナリは小声で呟いた。まさか彼も「祠」の主と話しているとは思うまい。
「祟りって何の話です?アルト神の神託ですか?」
「違う、土地神様の祟りだ!我らは今まで、あの祠に供物をささげ力を保つことで――」
「供物って、あの箱の中身の事かの。なんじゃ、我宛てではないのか……」
「供物にも触れたのか!?」
イナリが肩を落として河原の石をひとつ蹴ると、翁は声を裏返して叫ぶ。
「ああ、何てことだ。土地神様のお怒りを鎮めねば……お前さんには近々神の裁きが下るだろう。もし助かりたいのであれば――」
「何言っておるんじゃか。我に裁きが下るなんてこと、あるわけなかろうて」
「そうだそうだ!どうせ、テキトーな理由でリズ達の事を脅してるんでしょ?」
「あの、ごめんなさい。私達、暗くなる前に帰らないといけないので……」
「待て、まだ話は……お前らには近いうちに祟りが下るぞ!」
イナリ達は三者三様にそれぞれ一言ずつ言い残すと、叫ぶ翁の声を無視して、そそくさとその場を後にした。
それにしても、あの翁たちはイナリの社を利用して何やら変な事を目論んでいるように見える。「土地神」なるものは架空の存在なのだろうが、一体どうすれば彼らを排除することができるだろうか?
「まずは詳しそうな者に相談すべきかの」
イナリは頭の中に銀髪の神官を思い浮かべた。




