334 珍しい組み合わせ
イナリの田が消滅したことが判明してから、一週間ほど経った。
田を失った悲しみからは立ち直った。勇者の力はある程度把握した。魔の森の様子を把握し、この後どうするかも大まかに決めた。
さあ、あとは実行に移すのみである。
「エリックよ、お腹がすいたのじゃ。ご飯はまだかの?」
「もう少しでできるから、座って待っててね」
「うむ」
……実行に移すだけなのだが、当のイナリはといえば、日当たりがいいソファの上でだらだらと寝そべり、微塵の威厳も感じられない姿を晒していた。
ただ、イナリとて、断じて好きでぐうたらしているわけではない。先日決めた計画に着手するには、勇者が動かないことにはどうしようも無い。そう、これは仕方がないことなのである。
イナリはおもむろに立ち上がると、いそいそと食卓の椅子を引いてその上に座り、エリックが運んでくる食事を待った。今日は珍しく、パーティハウスに居るのはイナリとエリックの二人だけである。
「お待たせ。ありあわせでごめんね」
「構わぬ。しかし――」
イナリは食器を手に取ると、エリックに目をやる。
「我とお主だけとは珍しいのう?かつて一度でもあったじゃろか」
「……無いような気がするね。いつもはエリスとかが一緒に居るし」
「うむ。大体、お主が延々とギルドに入り浸っているせいだと思うがの」
イナリが肉を頬張りながら返すと、エリックは苦笑する。
「冒険者の活動をするようになったら、またそうなるかもね」
「難儀なものじゃ。いつになったら再開するのじゃ?」
「どうしようか。リズの方が落ち着くまで待つか、少し考えているんだ」
「ふむ?そういえば、最近リズの姿を見ておらぬのう」
あの小さな魔術師の姿を見るのは夜、寝る直前ぐらいのもので、しかも、起きたら大抵居なくなっている。まともな会話をしたのは釈放当日ぐらいかもしれない。
「あやつは何をしておるのじゃ?」
「転移魔法のことは覚えてる?それについての会議に出席しているみたいだよ。禁術に指定するかどうかを賭けた話し合いらしい」
「ふむ、禁術とな……」
イナリは首を傾げつつ復唱した。
「文字通り、危険すぎて使うと罪になる魔法のことかな。詳しくは――」
「ああ、リズに訊くのはやめておくのじゃ」
食い気味に返したイナリにエリックは再び笑った。リズには申し訳ないが、事前知識もサッパリな状態のまま魔術談義で朝を迎えることになるのは、いささか酷である。
「しかし、夜中までそんな話し合いに身を投じておるとは熱心な事じゃな」
「未来に大きな影響を与えることだからね。イナリちゃんが知らないような遠い場所に、毎回、転移魔法を使って出席してるんだ。『これが使えないなんてありえない』ってよく言っているし、パフォーマンスも兼ねているんだろうね」
「ああうむ、ぱほーまんすじゃな。わかるのじゃ。大事なことよの」
相変わらず横文字にめっぽう弱いにも拘らず知ったかぶるイナリだが、何となく言いたいところは掴んでいる。要するに、少しでも転移魔法の有用性を示したいということなのだろう。
「ところでイナリちゃん、最近はどう?何か困ったこととかはない?」
「これまた随分と唐突じゃな」
「普段、こうやって一対一で話す機会も中々ないでしょ?」
「それもそうじゃな」
イナリは食器を一旦置いて、腕を組んで熟考する。
「ううむ、お主らには世話になっておるし、取り立てて言うことは無いかのう。一朝一夕で解決しようのないものならば、いくらでもあるのじゃが。……ああ、強いて言うのなら、我の威厳が日々薄れておる気がするのじゃ」
「…………それは、どうしてかな」
エリックは異様な間を置いて返した。その様子はさながら、「無くなる威厳なんてあったかな?」とでも考えていそうな様子であったが、きっとイナリの思い違いである。
「どうしてもなにも。折角我の活躍の余地があろうかと思うたのに、要らぬ風評のせいで力も満足に使えず、ここで毎晩、お主らの帰りを待っておるだけなのじゃぞ?これではその辺の童と変わらぬではないか!我は偉大な存在なのじゃ!もっと我の力を求めよ!崇めよ!」
熱が入ったイナリは勢いよく立ち上がり、両腕を掲げながら吠えた。
「一回落ち着こうか、イナリちゃん。食事中だから」
「我は神じゃぞ、偉いのじゃぞ……」
そしてエリックは冷静にイナリの熱を冷ました。頭が冷えたイナリは、しょんぼりとした様相で椅子に座り直し、食事をもそもそと頬張った。
「……イナリちゃん、この後暇なら、冒険者ギルドに行ってみない?もしかしたら、イナリちゃんの不満を解消する手立てが見つかるかもしれないよ」
「ふん、その程度で解決するほど我は甘くないのじゃ」
「そうかもしれないね。でも、気分転換ぐらいにはなるはずだ。釈放されてから、まだ一回も行っていないよね?」
「それはそうじゃが。ま、顔を見せるくらいはしても良いかの。……しかしお主、冒険者ギルドとここ以外に行く場所、無いのかや……?」
「……あるよ。行きたい場所はたくさんある。行けてないけど。最後にお気に入りのバーに行ったんのはいつだったかな」
哀憫の目を向けるイナリに対し、エリックは遠い目で返した。
彼の言う「バー」が何たるかをイナリは知らない。ただ、あまり触れてはいけない部分に触れてしまったように感じた。
「……なんかすまぬ」
この場に漂う何とも言えない空気の気まずさに、イナリは一言謝った。
かくして、イナリはエリックとともに冒険者ギルドへ赴くことになった。カイトと魔の森に訪れた後はまっすぐ帰宅してしまったので、実のところ、出所後初の冒険者ギルドである。
かつてと違い、今はこの時間帯でもそこそこ賑わっている様子だ。酒を飲んでいるダメそうな人間もいれば、荷車に魔物を載せて運ぶなど、活発に活動する者もいる。奥の方にいるギルドの事務員などはまさにその典型と言えよう。
また、イナリを見知っているであろう者が時折手を振ってくることがあった。前のカイトの家の前でもそうだったが、イナリの有名人もとい、有名神化は着々と進行しているようである。後は畏れ、敬い、崇めてくれれば完璧なのだが。
「イナリさん?イナリさんじゃないですか!」
「む?」
玄関の脇で全体を俯瞰していると、受付の方からイナリの名前を呼びながら駆け寄ってくる女性の影が目に映る。
「おお、リーゼではないか、久しいのう!」
イナリが右手を挙げて声を上げると、リーゼはイナリの前でしゃがんで目線を合わせ、イナリの頭を軽く撫でる。
「お久しぶりです、よく戻ってきてくれました。また会えてうれしく思いますよ」
「うむ。顔を見せるのが遅れてすまなかったのう」
「本当ですよ。他の皆さんがイナリさんを見たって言って喜んでいるのに、私達だけ全然会えなかったですし、『虹色旅団』の皆様もあまり顔を出して下さらず……」
「いやあ、あはは……」
リーゼの言葉に、エリックは何か返すわけでもなく笑って誤魔化す。
「さて、私情を挟むのはこれくらいにしておきましょう。改めて、冒険者ギルドへようこそ。本日はどういったご用件ですか?」
「皆が我を崇め奉るようになる仕事を紹介してほしいのじゃ」
「……来るところ、間違えてませんか?」
「間違えておらんのじゃ」
真顔で問うリーゼに、イナリもまた真顔で返した。




