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豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
豊穣神と勇者と冒険者

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333/444

332 ディルのお悩み相談室 ※別視点

<ディル視点>


「僕、イナリさんに嫌われてるのかもしれないです」


「は?」


 焚火を囲んでいたカイトが唐突に呟いた。俺が思わず聞き返すも、しばらくは薪が燃える音とその上で鍋が沸騰する音、少し離れた場所にイオリがテントを組む音が響く。


「あー、何だ。また余計なことを言ったのか?さっきの……()()()の件で」


「それはそれで強引だったとは思っているんですけど……。今日全体を通して、避けられているというか、距離を感じるんです」


「へえ、例えば?」


「僕が話しだすと、露骨に話を遮ってたじゃないですか。ディルさんは感じませんでしたか?」


「あー……」


 確かに、カイトが口を開くたび、イナリがエリスに森の果物やらを採るようせがんでいたのは覚えている。覚えているが……。


「イナリが自分中心の世界に生きているのはいつものことだ。考えすぎじゃねえか?」


「そうですかね?」


「そうだろうよ」


 首を傾げるカイトに対し、俺は頷いて見せた。


「考えてみろ。本当にお前を拒んでいるなら、眠い眠いと言いながらあいつがここに来た理由はなんだ?わざわざ足を運んでお前の力を見るためだ。お前が嫌いなのにそんなことをするかね」


「確かに……」


 まあ、本人はものすごい渋々といった様子ではあったが。


「あいつは多分、皆と仲良しこよしって奴じゃない。エリスの距離感が異常なだけで、基本的な対人距離は遠めなんじゃないか」


 どこからか「貴方にイナリさんの何がわかるんですか」という幻聴が聞こえてくる。体調管理には気を遣っていたが、俺も疲れているのかもしれない。


 ともあれ、カイトの不安はある程度拭えただろうし、相談相手としての仕事は上出来なはずだ。


「……つーかそもそも、どうしてイナリのことをそんなに気にするんだ?まさか、好――」


「ディル」


 背後から肩に手を置かれると同時にイオリに名前を呼ばれる。凄まじい殺気だ。俺じゃなかったら気絶していたかもしれない。


 先ほどまでイオリが居たテントに目をやると、そこにいたイオリは設営をしているフリをしている分身にすり替わっていた。


 俺は一呼吸置いてから、ゆっくり拍手をしながら振り向いた。


「……イオリ、今のお前のスニーキングは俺でも気が付かないほどの技術だった、流石だ。その調子で修練を積めば――」


「ディル、御託は要らない。私に皆まで言わせるな」


「……すまん」


 肩を掴む力が次第に強まっていき、俺の勘が危険信号を発した。怒ったイオリの厄介さは尋常でないので、ここは素直に謝るに限る。いくら安全地帯とはいえ、こんなところで仲間割れなど御免だ。


「イオリ、ディルさんに迷惑を掛けたらいけないよ。……それに、イナリさんが気になっているのは事実だけど、そういう意味ではないから」


「わ、わかりました。で、ですが……どういう意味か教えてくれませんか?」


 イオリがカイトの隣に座り、もたれかかって尋ねる。


「イナリさんが元の世界のことを何か知っているんじゃないかと思って。結果から言うと、そうじゃなかったんだけどさ」


「勇者様、よく話してくれますよね。『チキュー』でしたか」


 イオリの言葉にカイトが頷く。ウィルディアさん曰く魔術災害の際に異次元から転移されたカイトだが、教会は表向き、神が遣わした使いとして宣伝していた。


 今でこそアルテミアの狡い連中から解放されたことで有耶無耶になっているが、中々に不憫な目に遭っているのは間違いない。そんな中でも己の手で火の粉を振り払えるように、俺やエリックが中心になって面倒を見ているわけだが。


「イナリさんがダメとなると、もう手がかりもないな。とりあえず今は、魔王討伐に集中しようと思うよ」


 カイトは取り繕ったような笑みを浮かべたが、その様子があまりにも痛々しく映った。


「アースとは話していないんですか?イナリの姉の」


「アース……それもイナリさんの名付け親がつけてそうだなあ。それにその名前、この世界でも普通に居そうじゃない?」


「俺が知っているだけでも三人は思いつくな」


「ですよねー。はあ……」


「げ、元気を出してください、勇者様」


 イオリが項垂れるカイトを励ましている後方では、イオリの分身が棒立ちしてその様子を眺めていた。その姿にはどこか哀愁を感じた。




 三人での食事を終え、カイトとイオリがテントに入ってしばらくすると、イナリの小屋……じゃなくて、家からエリスが現れる。


「あいつはどうしたんだ?二人分の飯は取ってあるが」


「ええと、寝支度をしたらこちらに来るつもりが、イナリさんが狸寝入りをして、そのまま寝落ちしてしまったのです。……後で夜番を交代するときに、一緒に頂きますね」


「あいつは何をしてるんだか。……で?何かあったのか」


 夜番の分担は予め示し合わせていたことだ。それなのにここに来るということは、何か相談事があるに違いない。


 俺の予想は正しかったようで、エリスは近くの丸太に座り、焚火に枝をくべながらため息をつく。


「私、イナリさんに信用されてないのかもしれません」


「は?」


 散々イチャついておいて今更何言ってんだ、と思った。どうして今日に限って、こんな唐突極まりない相談事を連続で持ち込まれるんだ?


 俺は言いたいことを全て飲み込んで、一度深呼吸を挟んで精神を落ち着かせてから、話を進めることに努める。


「……何があったんだ」


「隠し事をされている気がするんです。カイトさんから話は聞きましたか?」


「ああ。何か、そこのトリーとかいうのが元居た世界の手掛かりなんだとか」


「なるほど、そこは共通認識みたいですね。ではそこは省くとして……カイトさん、何故かイナリさんの真名を知っているんです」


「真名?それ自体初耳だが」


「私とイナリさんの二人だけの秘密だったんです。まあ、イナリさんですら最近まで忘れていたみたいなんですけど……どうしてそれをカイトさんが知っているのでしょうか?」


「確かに妙だな」


 特に本人が己の真名を忘れているというのが不思議だが、「イナリだから」の一言で納得できなくもないのが悲しいところだ。しかし――。


「それ、信用されてないのとは関係無くないか?」


 俺が問いかけると、エリスが人差し指を立てる。


「重要なのはここからです。カイトさんのおかしい点は今言ったとおりですが、イナリさんもイナリさんで変なんです。不必要な嘘をつくといいますか……」


「嘘?例の件のためじゃなくてか?」


 これはイナリが昼間に懸念していた勇者と魔王の対立を回避するためという話だ。カイトやイオリに聞こえている可能性もあるので、声を抑えた上で、内容もぼかして伝える。するとエリスは首を振る。


「イナリさんは、カイトさんに対して自身が生贄だったと言っていたんです。……恥ずかしい話ですが、かつて私が展開した的外れ推理をアレンジしたみたいで、と、トリー?を建てて、イナリさんを生贄にした者は捕まったとも」


「なるほど……いや、なるほどじゃねえな」


「そうなんです。トリーの事にしても生贄の事にしても、そんな嘘をつく意味が無いんです。イナリさんが嘘をつくときは大抵何かを隠す時なので、今回もきっと……」


「トリーに何か秘密があるのか……?」


 俺たちは二人揃ってトリーを眺める。かつては魔王召喚の儀式のための門などとエリスが評していたそれは、よく見るとイナリが彫ったであろう細かな装飾が施されており、案外洗練されている。


「私も、意図を教えてもらえないか聞いてみたのですがね。狸寝入りで誤魔化されてしまい、今に至るわけです」


「大体理解した。それで信用されてないと思ったわけだ」


 俺の言葉にエリスが頷く。なるほど、イナリが眠った理由も、ただ戯れていただけではないらしい。


「例えば、例えばです。本当はイナリさんが生贄だった話が本当で、勇者であるカイトさんに助けを求めている、というのは……まあ、無いですね」


「無いな。それが真相だったら俺はスライムを頭から被る自信がある」


「でも、カイトさんとイナリさんの間には何かがありますよね?魔王と勇者以外の、何かが。……私にも言えない、何かが」


「……あるんだろうなあ」


 俺たちはイナリの秘密を詮索しないようにしている。だが、それが人間関係に不和や軋轢を生むようなら話は別だ。予想だにしない事件などにつながる前に手を打てるように、こちらでも把握したほうがいいこともある。


「まあ、何だ。イナリが本当に眠くて耐えられなかっただけかもしれないし、当事者が近くにいるからまだ黙っているだけの可能性もあるだろ。もう少し様子を見たらどうだ?」


「うーん、ディルさんにしては的確な意見ですね。採用です」


「何だお前」


 茶化したように告げるエリスに、俺も冗談らしく返す。少なくとも、エリスの疑念も一旦は解消したらしい。実際はただの先送りかもしれないが、今はそれでいいだろう。


「じゃあ、私はイナリさんと一緒に寝てきます」


「ああ、また後でな。ちゃんと起きろよ」


「当然ですとも」


 俺は小さく手を上げて、小屋へ戻るエリスを見送った。そしてそのまま空を見上げ、星々を眺める。


「……ふう、クソ疲れたな」


 まさかこの安全地帯で、魔物に襲われるより疲れることがあるとは思わなかった。焚火の上から一旦隔離した鍋を見て、先ほど食べた自分の分の食事を少し残しておけばよかったと後悔した。

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