330 家の確認
イナリ達は高台から降り、カイト達と合流するべく、トレントの残骸がある場所へ向かった。
そこでは、カイトとイオリがトレントの残骸をまとめて拾い上げている姿があった。冒険者ギルドに持ち帰るのか、あるいは街で売るのかもしれないが、なんにせよ、ある程度は戦利品として確保するつもりなのであろう。
いち早くイナリ達が現れたことに気が付いたのはイオリであった。彼女が、隣で縄を結んで纏めようとしているカイトの肩を軽くつつくと、顔を上げたカイトが笑顔とともに手を振ってくる。
「皆さん、見てくれましたか!?」
「見てたぞ。派手にやったな」
「あはは、思ったより力が入っちゃいました。力任せ過ぎた気がしますね」
「そうだな。神器の性能を引き出せば一刀両断もできたかもしれん」
「そうなったら、いよいよ勇者様が勇者様になりますね!」
「……すまん、ちょっと何言ってるかわからん」
イオリの言葉にディルが首を傾げる。その様子をよそに、カイトは会話に参加していない二人の方を見て口を開く。
「……ちょっといいですか。何か、すごい距離を取られてる感じがするんですけど」
カイトの視線の先には、エリスの神官服の裾を掴みながら後方に隠れ、警戒心を露にするイナリの姿があった。
「ええと、先ほどのを見てちょっと怖くなってしまったみたいで。しばらくしたら落ち着くとは思うんですけど……」
イナリの頭に手を置きながらエリスが答えると、イオリがその隣に立って歩み寄る。
「イナリ、お前はそんな牙無しじゃなかっただろ。何を恐れることがある?」
「……何も恐れてなどおらぬ」
「そんな表情で答えられても」
ふるふると首を振りながら答えるイナリに対し、イオリは脱力した様子で返した。
だが、神であり魔王であるイナリが、カイトを恐れている理由を明かすわけにはいかない。ここは強大な力を前に恐怖する少女を演じるのが一番丸いのである。そう、あくまで演じているだけであって、実際は微塵もカイトの力を恐れてなど居ない。断じて、恐れていないのである。
……ただ、万が一に備えて、そのタネを知っておくくらいはしてもいいだろう。
「一体どうしてあんな芸当ができたのじゃ?我が知るカイトはもっと、こう……弱弱しかったのじゃ。ディルよ、お主が何かしたのかや」
「まさか。多少の手ほどきはしたが、ほぼほぼこいつの素の力さ」
イナリの問いかけに、ディルは両手を上げてから、カイトの肩に手を置いた。
「ただ、今回に限っては神器の影響があるだろうから、ほかの強い魔物でも同じようには行かないだろう。……あえて詳しくは言わないが、イナリならこれでわかるはずだ」
「む?……ああ、そういうことじゃな……」
要するに、以前のトレント騒ぎの一幕よろしく、イナリの力により育ったトレントだから神器がよく効いたということだろう。言われてみれば単純な話である。……それにしたってトレントを瓦礫にする芸当の説明としては不十分な気がするが、そこはアルトの加護の力ということで納得しよう。
ともあれ、これはイナリが神器で攻撃されたら、トレントと同じ結末を辿るという予測がより真実味を帯びたということでもある。
あわよくば今日中に成長促進で魔の森を再活性化しようと目論んでいたが、一旦カイトが本物の魔王を退治しに行くまでは大人しくしておいたほうが身のためかもしれない。
「……とりあえず、カイト達が強くなったのはわかったのじゃ。疾く帰るのじゃ」
「そうだな。長居している理由もないし、さっさとイナリの家に向かおう。戦利品はある程度動ける程度に回収しておけば、後はほかの奴らがやってくれる」
「そんなことでよいのかや?」
「依頼として出せば大丈夫ですよ。回収依頼などと呼ばれるもので、駆け出しの冒険者が経験を積むうえで重宝されるんです」
「なるほどのう。……全部そやつらに押し付けるわけにはいかぬのか」
「確実な報酬にもなるし、討伐したことを証明する手段にもなるんだ。実際に倒されたかわからん魔物の素材を回収しろだなんて言えないだろ?」
「確かに、一理あるの」
イナリは感心しつつ、皆がトレントの素材を回収する様子を眺めた。少しぐらい手伝ってやろうかとも考えたが、トレントの瓦礫の一つすら持ち上がらなかったので、諦めた。
この後、一旦ある程度安全な場所で野営してから、ディルとイオリの二人に森を探索してもらった。何とかイナリの家は発見されたが、到着したころには空が紫色に染まっていた。
「さて、我も久々の帰還ではあるが……よくぞ来たのじゃ、歓迎しようぞ」
イナリは連れだって歩いていた皆の前に駆け出し、手を広げながら振り向いた。既にここに来たことがあるディルとエリスとは違い、カイトとイオリは目が点になっていた。
「これが……家?」
「くふふ、我が建てた家の素晴らしさに声も出せぬようじゃな」
「そうじゃなくて。奴隷だった時でもこんなところには住まなかったぞ……?」
イオリは一瞬口調を崩すほどに困惑しながら告げる。
「……これでもマシになったのじゃがのう。まあよい、ここは安全故、好きに寛ぐがよい」
特に皆に案内するものも無いので、イナリは早速、家の状態を確認していくことにした。まずは小屋からである。
「……特に変わりなし、かの?……いや、作物が傷んでしまっておるのう……」
雨風が吹き込んだせいで幾らか物が乱れていたり、籠に入れていた作物がダメになってしまっていたりはするが、それ以外に問題は見受けられなかった。
干からびてしまった植物を手に取って状態を見ていると、後についてきたエリスが小屋全体を見渡して、訝しむ。
「前から思ってたんですけど、何でこの小屋は無事なんですかね」
「というと?」
「いや、まともな固定具すら見当たらないのに倒壊していないのって、変じゃないですか。ここ、実は超技術の上に成り立ってたりします?」
「それは我の力の賜物じゃ」
イナリは胸を張って答えるが、エリスはそれをよそに続ける。
「……よくよく考えたら、イナリさんがこの家を建てたというのもだいぶ疑わしい気がします。木を持ち上げることすら叶わないのでは?」
「コツというものがあるのじゃ。我を侮るでないぞ?」
イナリはエリスにびしりと指を差し、したり顔で告げた。なお、こうして堂々と振舞っているイナリも、この小屋が倒壊してない理由はよく理解していない。せいぜい、「まあ神だしな……」くらいのものである。
「さて、畑の方はどうなっておるかのう」
小屋の窓から顔を出して見ると、夜中であっても一目で好ましくない状態とわかる程度には変わり果てた姿の作物の姿があった。
「……普通に枯れておるだけかの?」
「そうみたいですね。でも、一部は無事そうじゃないですか?」
イナリの両肩に手を置き、覆いかぶさるように覗き込んだエリスが呟く。
「ふむ。それに、件の外から持ち込まれた植物の影響は微細に見えるのう。植えなおせば何とかなるじゃろか」
「それは流石に……いや、イナリさんなら何とかなるんでしたね」
「お主でも大丈夫じゃぞ?ほれ、我の権能が使えるであろ」
見上げるように振り向いてイナリが告げると、エリスはしばし間を置いてハッとする。
「……そういえばそうでした」
「さてはお主、忘れておったな?」
「ええと……はい。その、正直、使いどころがあまりないので……」
身も蓋もない信者の言葉に、イナリは小突いて返した。




