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豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
アルテミア崩壊

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286 神官の悩み

「確認なのですが、昼間に顕現した女神はアースさんですよね?」


「ええそうよ。一応言っておくけど、もし口外したら、貴方が居る街ごと消し飛ばすから」


「脅しのスケールが凄まじいな」


「……あの、今からでもアース様と呼んだ方がいいですか」


 アースの脅迫にディルが顔を顰める一方、イオリが慎ましく手を上げて尋ねる。


「貴方、結構早い段階で私の正体に勘づいていたでしょう?別に普通にしてればいいのよ」


「そ、そうか。助かる」


「……つーか、イナリとイオリ、似ていると思っていたが、並んでみると確かに違いがあるな。今後は観察眼を養った方がいいかもしれん。昔はどうやってたか……」


 ディルはイナリとイオリをまじまじと見比べながら呟く。きっと、彼の今後の訓練方針についての話だろう。


「ディルさんの冒険者哲学はもういいとして、女の子をまじまじと見るのは良くないと思います。ねえ、イナリさん?」


「それを言ったらお主も大概……って、話が逸れてきているのじゃ!エリスよ、一体何が大変だったのじゃ」


 イナリが強引に話の軌道を元に戻すと、エリスは真面目な面持ちで喋りはじめる。


「まず、アースさんの……魔法、ですかね。それで、街の建物の殆どが多かれ少なかれダメージを受けました」


「確かに、ここの桶に入れた水が零れるくらいじゃし、近辺もただでは済まんよの。アース曰く限界まで手加減したらしいが、お主らは大丈夫じゃったか?」


「はい。それなりの衝撃はありましたが、何故かその程度で済みましたね」


「出来るだけ力を上方向に放ったからよ。感謝しなさい」


「ありがとうございます……?」


 エリスは微妙な面持ちでアースに対する感謝を述べた。


「ちなみにリズがここに居るのは、先生と一緒に住んでた宿の部屋が滅茶苦茶になったからだよ」


「ほう、そういう事情だったのじゃな。建物が倒壊したとか、そういう感じかの。災難であったのう」


「いや、リズが溜めてた魔石が反応して爆発したせい」


「お主が災難その物であったか」


「でも、弁償はしなくていいって言って貰えたから……ね」


 イナリがリズをジットリとした目で見つめると、彼女はそっと手元の血まみれの資料に目を戻した。


「……あとは、子供達とイオリさんの事ですね。冒険者ギルドの保護下にあるのは先ほどイオリさんが言った通りですが、その時に事情聴取もありました」


「イオリについては、今のところお咎めなしだ。教会に侵入した理由について一定の妥当性が認められるからだとか」


「そうだ。私の行いは全て勇者様のためだからな、誰にも私を止めることはできない」


「イオリさんの言っていることはよくわかりませんが、事実、こうして教会の人体実験が明るみに出たわけですからね。上手く事が運べば、指名手配も撤回されるかもしれません」


「ふむふむ。私の筋書き通りに事が進んでいるようで何よりだわ」


 イオリの処遇を聞いたアースは誇らしげに頷いた。彼女の言っていた「丸く収まる筋書き」とは要するに、一連の出来事に大義名分を作るということであったらしい。


「あとは……ええと、ポルターガイストが街のあちこちで発生して阿鼻叫喚になっています。襲われているのは教会の過激派の一部だけなので、まあ、そういう事なのでしょうけれども」


「それは楽しそうね。イナリ、一緒に見に行ってみない?」


「うむ。ちょっと見てみたいのじゃ」


「アースさん、イナリさんを夜遊びに誘わないでください。それにポルターガイストは日中でも見られるでしょうから、どうしてもというのなら明日見に行きましょう」


「幽霊を見ること自体は良いのかや……」


「というか、嫌でも見られると思いますよ」


 確か、幽霊の対処にはそれなりに苦労するという話だったはずだ。そんな幽霊が百体も居れば、一日で解決などするわけも無いだろう。


「ま、言うほど大変そうでもなさそうでよかったわ。私の用は済んだからもう帰るけど、勇者がこの街に戻ってきたらまた来るわね」


 アースはそう言うと、亜空間を開いてその中へ消えていった。


「……とりあえず、今日はもう休みましょう。疲れました」


「賛成じゃ」




 夕食、片付けその他諸々を終え、例のごとくエリスと共に寝室で寝ることとなった。


 ……が、夢の中で化け物の群れとの再会を果たし、イナリは慌てて毛布を翻し、身を起こすことになる。


「はあ、はあ……夢か……」


 昼寝した時に悪夢を見ずに済んだのは偶々であったらしい。トレントの時もそうなのだが、この世界に来てからというもの、現実でも夢でも、何かに追いかけられることに縁がありすぎやしないだろうか。


「全く、困ったものじゃ。……む?エリスは何処に?」


 毛布を被り直そうとしたところで、いつもはイナリの身を拘束しているエリスの姿が無いことに気が付く。部屋はまだ暗く、日が昇るまでにはまだ時間があるはずだ。一体彼女はどこに行ったのだろう?


 また悪夢を見るのも御免だし、妙に目が覚めてしまったので、エリスを探しに行ってみることにした。


 慎重に身を動かしてベッドの横に立ち上がれば、イオリとリズが床に毛布を敷いて眠っているのが見える。既にリズの寝相の悪さの片鱗が見えているが、イオリには頑張ってほしいものである。


 そっと部屋を出てリビングに移動すると、飲み物を片手に窓の横に座り、外を眺めているエリスの姿がすぐに見つかった。彼女はイナリの足音に気が付くと、振り向いて声を掛けてくる。


「イナリさん、どうしたのですか?」


「また悪夢を見て目が覚めてしまったのじゃ。お主の方こそ何をしておる?」


「……考え事をしていたら眠れなくて。夜更かしはいけない事ではあるのですが、少し話を聞いてくれますか?」


「よかろう。信者の悩みを聞いてやるのも神の務めじゃ」


 イナリは厨房から杯を一つ手に取ると、近くにあった果物を風刃で粉砕して飲み物を作り、エリスの隣に腰掛けた。


「き、器用ですね……」


「我の手にかかれば易い事じゃ。それで、悩みとは?」


「……実は、アースさんと話した内容には続きがあるんです。……今日の一件で、教会の穏健派と過激派が完全に分断してしまいました」


「何故じゃ?」


「実は、研究所でイナリさん達と別れた後、私達は過激派に襲われていたのです。それを助けてくれたのは穏健派の方々なのですが……積もり積もった要因が今回で爆発したとでも言えましょう」


「ふむ」


 イナリは頷きながら飲み物を一口飲んだ。


「ところで、ここはアルト教の聖地です。ここに神罰が落とされることの意味を考えてみてください」


「まあ、とんでもない事じゃな」


「そうです。今回の件で悪いのは過激派としておくとして、教会内の派閥事情を知らない人々から見て、アルト教はどのように映ると思いますか?」


「……アルト教全体が胡散臭く見える、かの?」


「その通りです。現に早速問題が生じていまして、回復術師や結界術師による救助活動に支障が出ていたり、神官そのものを敬遠する動きが出ています」


「それは大変じゃな……」


「はい、本当に。きっと世界各地で同じようなことは起こっているでしょうし、明日以降はもっと混乱が広がるでしょうね」


「ふーむ」


「イナリさん。私は……どうしたらいいのでしょう?」


「それはどういう意味であろうか。今後の身の振り方の話か、あるいはアルト教を存続させるにはどうしたらいいかとか、そういう話かの?」


「うーん、前者ですかね」


「ふむ。では我の見解は……考えるだけ無駄、じゃな」


「……イナリさん、私は真面目に悩んでいるんですよ」


「我も、真面目に言うておるよ」


 イナリは飲み物をさらに飲み進めながら答える。


「既にお主が被害を受けるようなことがあるのなら話は別じゃが、現状は教会が分断して、ちょっと煙たがられておるだけじゃろ?もう少し様子を見ても良いのではなかろうか」


「そうですかね……」


「うむ。多分、今悩むのは時期尚早、選択肢が多すぎてどうにもならんのじゃ」


「……何か、いつも色々悩んでいるイナリさんが言うと絶妙な説得力ですね」


「何じゃそれは。我を馬鹿にしておるのか?」


「いえいえ、そういうところも魅力的ですよ、ふふ。……ひとまず、イナリさんの言葉を信じて、肩の力を抜いて考えてみることにします」


「うむ、わかれば良いのじゃ。最悪、我と共に魔の森で暮らすという選択肢もあるのじゃ」


「そうでしたね。最悪と言わずとも、前向きに検討しますよ」


 イナリがそっと寄りかかると、エリスは微笑みながら答えた。


「……あ、そういえば、もう一つ聞きたいことがあったんですよね」


「む、何じゃ?悩める信者の問い、この我が答えてやるのじゃ」


 イナリが得意げに告げると、エリスは眼の光を失くしながら言葉を紡ぎ始める。


「イナリさん、何で私に何も言わずにあんな危険なことをしていたんですか?裏で動いていた事情はお察ししますけれども、私はアースさんとも連絡を取っていたわけですし、一言くらい何か言ってくれてもよかったですよね?しかも怪我までしていましたよね?イナリさんの自然治癒力のおかげで何とかなっている風ですけど、取り返しがつかないような事があったら私は悔やんでも悔やみきれませんよ。最初にイナリさんを見た時の私の心境がどれほどのものだったかわかりますか?」


「あー、急に眠くなってきたのじゃ。夜更かしは体に毒じゃし、もう寝た方がよいぞ?」


「これは大事な話ですから逃がしませんよ。ちゃんと納得できる答えを求めます。イナリさん?」


「の、のじゃ……」


 説教は外が明るくなりはじめるまで続き、二人仲良く寝不足に陥ることとなった。

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[一言] ダークファンタジー編、完っ!
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