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豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
アルテミア崩壊

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285/443

284 神の御言葉 ※別視点あり

<イナリ視点>


「何かあったらすぐ助けるのじゃぞ?約束じゃぞ!?」


「わかってるわよ」


 後の予定が控えている以上、ここであまり時間をかけるわけにもいかない。イナリは恐る恐るアースの方を振り返りながら偽者エリスに近づいた。


 偽者エリスは、ただ無感情にイナリを見つめ、脇の下辺りに腕を入れて抱え上げ、どこかに向けて歩き始める。きっと、アースから見たら滑稽な光景になっていることだろう。


「……アースよ、お主、着いてきておるか?」


「大丈夫。ちゃんと後ろにいるわ」


 イナリが首を回して背後を見れば、アースが半目で手をひらひらと振っている様子が目に入った。


「イナリさん、大丈夫ですよ」


「貴様には聞いておらぬ」


 イナリには、ここで放たれる偽者の定型文がただの煽りにしか聞こえなかった。




 イナリが無駄に入り組んだ通路を経由して運ばれていった先は、居住区のさらに最奥にある、シェルターのような扉が居住区のような形でいくつも続いている空間であった。


 部屋の一つ一つから化け物が飛び出したような痕跡が多く、魔力灯も手入れがされていないのか時折明滅するので、何だか不気味だ。


 それに、もう一つ気になることがある。


「ありえんくらい幽霊が居るんじゃが?」


 姿形がくっきりと残っているものから魂の形以外残っていないものまで、どこを見ても必ず十体くらいは幽霊の姿が目に入ってくる。全部合わせたら、百は優に超すことであろう。


 地球の方ではたまに幽霊を見たものだが、ここまでぎっしり幽霊がいる空間は初めてである。


「多分、結界やらのせいで死後も魂が還ることができなかったのね。中には地縛霊もいるでしょうけど」


「むしろそっちの方が多そうじゃ。斯様に怨嗟に満ちた顔をする幽霊、中々居らんのじゃ」


 幽霊たちは皆、部屋のあらゆる場所からイナリとアースを見つめている。


 少なくとも敵対的な様子ではないが、以前、地球の幽霊とこちらの世界の幽霊は全くの別物だという話があったはずだ。


「ま、気にせんでおくのが吉かのう」


「そうね。これは私の仕事じゃないし」


 散々話題にした時点でもう手遅れな気がしないでもないが、二人は幽霊と目を合わせないように気を付けることにした。


「ところで、化け物が蔓延ることになった原因は何だったのじゃ?」


「さあ。私達を陥れるために解放したわけでもなさそうだったし、運悪くあの人間共が何かミスしたってオチだと思うわ」


「なるほどのう。全く迷惑なものじゃ」


 こんな話をしている間にも、偽者エリスはイナリを抱えて歩き続けている。そろそろ腕の辺りが痛くなってきたので降ろして欲しい頃合いだ。


 その願いが届いたのか、偽者エリスはある部屋の前で足を止め、イナリをぱっと手放して床に降ろす。そして、まるで泥が崩れ落ちるかのように自壊し、部屋の中に向けて吸い込まれていった。


「こやつは……」


 視線を上げれば、「助けて」と声を上げていた化け物を一回り大きくしたような何かが鎮座していた。


 その体には数多くの傷が見受けられ、あちこちについている口が何十人もの人物の声を模して各々言葉を発している。何れも助けを求めるか嘆くかのいずれかで、聞くに堪えないものばかりだ。


「これがイナリを苦しめていたアレの本体ね」


「見れば見る程不安になる外見じゃ。それで結局、我はこれを倒せばよいのかや?……そういうことなら、疾く楽にしてやるのじゃ」


 イナリは丁寧に風刃を形成し、本体に向けて勢いよく放った。それは本体の胴体を縦に穿ち、活動を停止させる。


「あっけないのう」


「元々何かのダメージを受けていたみたいだし、元々限界は近かったのかもしれないわね」


 アースはそう言いながら本体の亡骸に手を触れ、そこに刺さっていた鏃のようなものを取り出す。


「これは魔王の核を使った武器の一部よ。多分、ここが化け物を処分するための場所なのね。……あるいは、化け物になる直前の人間もここに送り込まれたのかもしれないけれど」


 アースはぐるりと辺りを見回しながら呟いた。


「ともあれ、多分これで化け物絡みは終わりだと思うのじゃ。ここの幽霊はどうするのじゃ?」


「放っておいていいわ。それより、歪み絡みのものを探しましょ」


「わかったのじゃ」




 化け物たちを楽にしてやった後、二人は研究所の部屋をまわり、歪みを利用した物品を全て回収していった。


 なお、最初は丁寧に見てまわっていたが、途中からは、部屋の内装まるごとアースの亜空間で回収することになったので、時間はそこまでかかっていない。多めに見積もって一時間くらいである。


「ふう、これで終わりじゃな」


「ええ。後は私がやるから、家まで送ってあげる。人間達が戻ってきたら何も無かった風に迎えてやりなさい」


「わかったのじゃ。ふう、今日はもう疲れたのじゃ」


 イナリは腕を上にあげて体を伸ばしながら、アースが開いた亜空間へと入り、帰宅した。




<イオリ視点>


 単刀直入に言おう。人間は最低だ。中でも、神官は特に最低だ。


 私達は子供たちと共に連れて地上へと移動したわけだが、私は指名手配されている身だ。サニーとも適当な理由をつけて別れ、後の事は「虹色旅団」の連中に任せて、イナリ達の方に合流するつもりだった。


 しかし、子供達を連れた「虹色旅団」を出迎えたのは、臨戦態勢となっていた神官達であった。最初は私やイナリを捕らえるための人員かと思ったが、彼らは皆「虹色旅団」や子供達めがけて攻撃してきた。


 眼つきが悪い盗賊の男曰く、地下を見てしまったのが運の尽きとのことだ。


 そんなわけで私達は今、防護措置が厳重な離れをうまく利用して、当初は神官が通路を塞ぐように結界を展開し、リーダーの男は結界より少し前の位置で盾を構え、盗賊や魔術師と協力して結界への負担を軽減させながら攻め入る神官を牽制しながら、状況が変わることを祈って立てこもっていたわけである。


 こんな抵抗では決着がつくのも時間の問題かと思っていたが、しばらく耐えているうちに、離れの外側でも戦闘が起こっていることが分かった。仲間割れか何かは知らないが、ここを包囲していた神官に対し、別の神官や冒険者が襲い掛かっているようである。


「お狐さん、わたしたち、大丈夫かな……?」


「問題ない。何か来たら私がぶっ飛ばしてやる」


 腕に抱きついてくるサニーにはこう言ったが、あまりにも事態が混沌としているから、私としてもこの後の展開は読めないのが正直なところだ。


「ま、まずいです!結界にヒビが入りはじめました。多めに見積もって、あと十分です!」


 神官が上げた声に、嫌な汗が流れる。折角勇者様を救う手立てが見つかったというのに、こんな道半ばで終わるなど御免だ。


「どうするか……」


 最悪の事態が起こった時、私はどうするべきなのだろう?サニー達を見捨てるのは忍びないが、かといって私が死んでしまっては、勇者様がどうなってしまうか。


 そんな葛藤をしていると、突如大きな音の鐘が響き渡る。


「なにこれ!?うるさっ!!」


 魔術師の少女が耳を塞いで叫ぶように、鐘の音はあまりにも煩く、耳を塞いでなお、頭に直接響いてくる。


 しばらく鳴り響いた鐘が音を止めると、続いて謎の男の声が響く。


「――愚かな人間に告ぐ。我や我が友が世界秩序を保つ傍ら、陰で世を乱し、あまつさえ我らに抗おうと企てるその行い、目に余る。故に、十度天が回りし時を以て、我が君臨せし地に罰を下す。我が友の寛大な心に感謝すると共に、貴様らの罪を省みよ。これが、前哨である」


 その言葉が告げられた直後、爆発するような音と共に地下研究所への階段があった位置が閃光に包まれる。


「な、何だ……?」


 閃光が収まると、そこには綺麗に四角く抉られた穴が広がっていた。


 見た限り、研究所があった場所が、その上の土や建物を巻き込んで丸々消失したように見える。よく見ると研究所の通路の断面らしきものが何か所か見えるし、この推測は正しいだろう。


 加えて、穴の中心辺りには、少女から美女へと姿を変え、黒くも神々しい衣装に身を包み、四対の羽をはためかせているアースの姿があった。


「……全く、本当にとんでもない奴じゃないか」


 思わず私が零している間に、アースは未だ事態が飲み込めていない神官の群れの前に顕現し、見下しながら口を開く。


「ふむ。事態が飲み込めていないといったところか」


 印象が様変わりしたアースの言葉は、一言だけでも思わず尻尾が竦んでしまう程の威圧感がある。


「まあいい。アルトの言葉は聞いたな?これは、神への反抗を企てると共に、勇者を操って利用しようとしたお前らに対する警告だ」


 アースの言葉に口答えする者は居なかった。勘の鈍い人間とはいえど、格の違いを理解しているのだろう。


「だが、私にも慈悲というものはある。私は勇者を操ろうとした愚か者以外に用はないし、人道とやらに反する行いについて咎めることはしない。精々、今後の身の振り方を考えておくことだ」


 アースはそう告げると、彼女が多用していた亜空間へ姿を消し……たと思ったら、悪い笑みを浮かべながら顔だけを覗かせる。


「……そういえば、地下に怨恨に満ちた幽霊が山ほど居たぞ。もし心当たりがあるのなら、さっさと謝っておいた方がいいんじゃないか」


 そう言い残し、彼女は完全に姿を消した。


 この後、神官達が様々な理由で慌てふためき、混沌としたのは言うまでもないが、その隙に私達は教会を脱出することに成功した。

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