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豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
アルテミア崩壊

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280 模倣者

 少し時を戻し、イナリが化け物たちに立ち向かった後の様子を見てみよう。




「な、何とか勝てたのじゃ。意外と何とかなるものじゃな……」


 目の前で活動を停止する化け物を見届けながら、イナリは一息つく。


 イナリが広間で鉢合わせた三体の化け物は、二体は出入り口が狭い部屋を利用して倒すことが出来たのだが、もう一体は壁ごと破壊してイナリに襲い掛かってきたので、全力で躱して逃げながら対処した。


 本当は別の部屋を活用して対処したかったところだが、イナリの腕力で開けられる扉はそう都合よく現れなかった。


 そんなわけで、いくつか脚や腕に傷がついてしまったし、自慢の長髪や尻尾も化け物の体液でベトベトだ。当然、衣服もその例に漏れない。ただ、その程度で済んだのは、現役盗賊も認めたイナリの逃走力が功を奏した結果とも言えるのだが。


「やはり我、戦いの才があるのやもしれぬ。ここを出たら本格的にやってみようかの?あいやしかし、豊穣神なのに戦いができてしまったら、我はいよいよ完全無欠になってしまうのう……」


「お疲れ様、イナリ。調子はどう?」


「ぬぉぁ!?」


 イナリが絶対に来ない未来を憂いていると、いつの間にか背後にいたアースが声を掛けてくる。


「お、驚くから一声かけてほしいのじゃ!」


「ふふ、どうせその一声で驚くでしょうに。何にせよ、無事そうでよかったわ」


「この惨状を無事と呼んで良いのかや……?」


 イナリはべとりと音を鳴らしながら両手を上げて見せた。化け物討伐を終えたためか、些かちくりと傷が痛む。


「諸説あるでしょうけれど、私としては生きていれば無事と言って良いと思うわ?どうせ放っておけば治るし」


「それはそうじゃけれども……」


 散々イナリが死んだら世界を滅ぼすだの言っていた割には淡白な対応で、イナリはやきもきとした気分になった。


 しかし、神の感覚では掠り傷など気にするに値しないものなのかもしれないし、あるいは、イナリが過保護な環境に慣れすぎてしまった可能性もあるだろう。


「まあよいか。それで、お主の方の用事は済んだのかや?」


「いえ、例の物を確認したくて来たのよ。案内してくれる?」


「なるほど、そういうことであったか。多分すぐ近くじゃから、我に続くがよい……おわ、また別のが来たのじゃ!」


「あら、本当ね」


 イナリが向いた先には、まっすぐこちらに突進してくる化け物の姿があった。それに気が付いたアースは右手をかざし、亜空間らしきものを使い、一瞬で化け物を両断する。


「よし、大丈夫よ。さ、案内してちょうだい」


「……うむ」


 圧倒的な戦いの才の差を目の当たりにしたイナリは、己の足元に転がってきた化け物の残骸を一瞥して頷いた。




「――これじゃ」


「なるほど、これが件の。うわっ、酷い構造ね……」


 イナリが目的地の部屋を案内し、イオリ達と見つけた勇者絡みの物品を見せるなり、アースは顔を顰める。


「そんなのがわかるのかや?」


「創造神だもの、当然よ」


 アースは胸を張って答えると、首輪を手に持ってイナリに向き直る。


「ものすごーくクオリティが低いけれど、この道具は首輪と防具で一つで、首輪を装着した者の体を疑似的に乗っ取ることが出来るみたい」


「体を乗っ取る、とな?」


「要するに、この防具を着けて右手を上げると、首輪を装着した者も連動して右手を上げる、って感じかしら。首輪側に酷い性能のカメラがついているから、視界は得られるみたいね」


「かめら?あっ、写真機とかに使うやつじゃな!」


「ええ。多分、勇者の体をいっぱしの戦士に使わせるための道具だったのだと思うわ。はあ、いくら加護で強くしたって、体ごと乗っ取られたら意味が無いわよね……」


 アースは深くため息をつきながら件の魔道具を亜空間に放り込んだ。


「……それじゃ、私はもう少しアルトと話してくるから、引き続き待っていて」


「わかったのじゃ」


 イナリがアースが亜空間に入っていく様子を見送った。


 そして、しばらくこの後の動きについて考えていると、どこか遠くから声が聞こえてくる。


「誰じゃ?」


「――たすけて!たすけて!」


 声の主は、変声期も迎えていない年頃の男の声のようである。きっと化け物に追い詰められている最中で、それを倒すことが可能なイナリの力を必要としているに違いない。


「今行くのじゃ!」


 イナリは声が聞こえる方向に向かって走り出した。


 化け物と戦うのはもう十分だというのが本音だが、既に四体の化け物を討伐したイナリだ。ここまできたら、もう一体増えたところでさしたる違いはない。


「たすけて!たすけて!」


 声の主は等間隔で声を上げ続けるので、行き先に迷うことは無い。


 それに、常に同じ位置から声が発されているようなので、研究所内を逃げ惑っているとか、そういうことも無さそうだ。きっとイナリと同じように、部屋に引き籠ることで上手く生き延びているのだろう。


「たすけて!たすけて!」


「……いや、斯様にも叫ぶ余裕があるとは随分悠長じゃな」


 イナリが気になったのは、この声の主が延々と「たすけて」の四文字を、ほぼ全く同じ声調で連呼し続けている点だ。こういうのは通常、悲鳴だとか泣き声だとか、そういうものが綯い交ぜになって発されるものではなかろうか。少なくともイナリはそうなのだが。


「たすけて!たすけて!」


「……まあ良いか」


 イナリは思考を脳の隅へと放り捨て、声の主が居るであろう場所を覗き込む。


「おおい、この我が来てやったのじゃ。今助けてやるから、その声を止め……るの、じゃ……?」


「タスケテ!タスケテ!」


 イナリの目に入ってきたのは、人っぽい形をした何かが通路のど真ん中に陣取り、「鳴き声」を発し続けている光景であった。


 首や足の長さが明らかに人間のそれではないし、顔と思しき部位の、本来目があるべき位置に口らしき動作をする穴が二つ付いており、それが発する定型文に合わせて開閉している。中途半端に人間の形態に近い分、ただの肉塊よりも余程質が悪い。


 あまりの光景にイナリが絶句していると、その頭上から手のようなものが垂れさがってきて、イナリの頭を包むように接触する。よく見ると、本体から天井を這うような形で腕が伸びていた。


「疾く去ねッ!」


 イナリは不快感を発散するように勢いよく化け物の首に向けて風刃を飛ばし、煩わしい鳴き声を上げ続ける化け物の息の根を止めた。そも、息をしているのか怪しいが。


 ともかく、見た目や行動の不快度ならば化け物の中でも群を抜いているが、戦闘力はほぼ無いようなので、対処は容易である。


「全く、不快にさせおって……」


 イナリは深くため息をつき、化け物に触れられた部位を念入りにはたきながら踵を返した。


「イナリさん、大丈夫ですか!?」


「はえ?」


 そして、突如現れた見知った神官に、イナリは困惑の声を上げた。


「え、エリス?何故ここに居るのじゃ?」


 彼女は今、丁度この場所の上で教会を警備する依頼を遂行しているはずだ。


 それか、イオリが地上で殴り倒した神官が見つかって、イナリ達を捕まえるために送られてきたのかもしれない。しかしそれなら、他に色々とかける言葉があるのではないだろうか。


「今回復魔術を使ってあげますからね!」


「いや、それはよい。というか、以前効かぬことを確認したじゃろ。それで、何故ここにいるのじゃ」


「大丈夫ですよ。万が一にでも何かあれば、私が守りますからね」


「いや、だから――」


「イナリさん、そんなところにいては危ないです。こっちに来てください」


「……貴様、エリスでは無いな?」


 イナリは、一歩ずつ歩み寄ってくるエリスらしき何かを睨みつけて問うた。会話になっているようでなっていないし、どうしてエリスの姿を取っているのかはわからないが、先ほどの化け物と同じように、誰かの言葉をそのまま再生しているだけのようだ。


 やや躊躇しつつも、少なくとも己の知る神官その人でないことを確信したイナリは、意を決してエリスらしき何かに向けて短剣を刺した。


「……イナリさん。私が何かしましたか……?」


「煩いのじゃ!その姿で喋るでない!我の名を、呼ぶでないのじゃ!」


 刺してなお、表情を殆ど変えずに聞き覚えのある言葉を紡ぎ続ける「何か」に、イナリは怒りに身を任せ、「何か」が完全に黙るまで短剣を刺し続けた。


「私、は……」


「はあ、はあ……全く、何なのじゃ……!」


 イナリは肩で息をしつつ、床に転がる「何か」の亡骸を見下ろした。


「もうたくさんじゃ。しばらく休むのじゃ……」


 先ほどまでは化け物討伐に対して前向きだったイナリだが、こんな精神を抉るような真似をしてくるのであれば話は別だ。安全な場所に退避して、アースが戻ってくるのを待つのが賢明だろう。


 そう判断したイナリは短剣を懐にしまい、もう一度エリスらしき何かを一瞥して顔を上げる。


 するとと、そこには二人の男女が立っていた。


「おい、大丈夫か?」


「イナリちゃん、大丈夫!?」


 それは、人相の悪い盗賊と、小柄な魔術師であった。


「……嘘じゃろ」


 それを見てまだ悪夢が終わっていないことを悟ったイナリは、一言呟くことしかできなかった。




 こうして、イナリは時に形容し難い形状の化け物や、助けを求める声を模倣する化け物を退治し、あるいは、この場に居るはずの無い、知人と同じ姿をして近づいてくる何かに手にかけた。


 それは決まってイナリを気遣うような言葉を、それも、過去に実際に言われたことがある言葉を掛け続けてくるだけで、受け答えなどまともにできないので、判別は容易だ。


 しかし、それでも精神的なダメージが無いわけではない。


 一人と遭遇するたび、本物かどうかという期待を抱き、一人手にかけるたび、本当にそれが偽者であったか気になって仕方がなくなる。そんなことが何度も何度も発生する。


 そんなことが連続して起こるものだから、精神に限界が来てしまったイナリはやがて思考を放棄し、自己暗示しながら化け物を殴り倒していく機械と化した。


「我は大丈夫。全部、偽者。我は大丈夫。全部、偽者……」


 そのような状況下で、本物の仲間と対面したら何が起こるだろうか?


「イナリ、さん?」


「……あ?」


 再び現れた「偽者」に対し、イナリは低い声を出しながら振り返る。


「イナリさん、ですよね?色々と聞きたいことはあるのですが、それより、あちこち怪我しています。大丈夫ですか……?」


「またか。何度も何度も、しつこいのう」


 イナリは金槌と短剣を持ち直し、「偽者」に向けて振りかぶった。

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