278 不毛な口論 ※別視点
<エリス視点>
階段を下っていくと、教会のものとは思えない、異質で重厚感のある扉が現れます。
「開けるよ」
エリックさんは扉を少し開き、盾を構え直して勢いよく扉を押し開けます。
その先は、あちこちに肉片のようなものが付着しており、床に何かが張ったような跡が伸びている異質な廊下がありました。その悍ましさに、全員が息を呑みます。
「……なんですか、これ……」
「ね、ねえ。今からでも引き返してさ、増援を呼んでもいいんじゃない?」
「さっきのジジイの感じからして、ここの事は隠す気満々だったよな。あまり期待できないと思うが」
「それに、この痕跡を見た限り巨大な何かがここを通ったように見える。大人数で来ると、かえって危ないかもしれない」
私はすぐに結界を張れるように警戒しつつ、壁の様子を調べます。
「ここ、施設図がありますよ。……うわ、結構広いですね。この感じだと、私達以外にも人は居そうなものですが」
「もしかしなくても、人以外もいるよね」
「そう、ですねえ……」
リズさんの言葉に頷いて返しました。正直引き返したい気持ちでいっぱいですが、ここに来てしまった以上、事態を解決するのが私達の役目です。
「ひとまず、生存者の確認をしよう。エリス、どこか気になる場所はあった?」
「ええと、居住区の方にシェルターがあるみたいです」
「じゃあまずはそこに行こうか。痕跡は研究区の方に向かっているみたいだし、もしかしたらそっちは安全かもしれない」
こうして私達は居住区へ向かうことに決め、その方角に向けて歩を進めます。しかし、リズさんの足取りが少々鈍くなっている様子です。
「リズさん、大丈夫ですか?」
「ん?ああいや、ここって多分、この前エリス姉さんと先生と話したのと関連する研究施設なのかなーって」
「なるほど。確かに、そんな感じはしますね」
「だよね。……これも、魔術災害的な話なのかな」
リズさんはため息を零しながら、杖を構え直しました。
居住区は同じ形状の部屋がいくつも連なる場所で、ガラスによって部屋の中の様子がよく見える構造になっていました。その様子は居住区というよりかは、監獄と言った方が適切なように思えます。また、見た限り、直近で誰かが居た痕跡がある部屋は全体の半分前後といったところでした。
それを抜けていった先がシェルターです。果たして人は居るのでしょうか。
「扉は施錠されているみたいだ。中に人が居るか確かめてみよう」
エリックさんは頑丈そうな扉を、この施設に響かない程度の大きさかつ一定間隔に叩きます。
少しすると、扉ののぞき穴が開き、中から誰かが私達の姿を覗き込み、扉が開錠されます。
「急いで入れ」
その言葉に従い、私達は迅速にシェルターの中に入りました。
その部屋には神官や学者だけでなく、十名程度の子供がいて、私の事を物珍しそうに見てきます。
あちこちに箱が積まれており、そのうちのいくつかが開封され、保存食や水が入った瓶、応急処置用のポーション等が顔を覗かせています。
「君たちは救助に来てくれたのか。他のメンバーは?」
「いえ、僕達だけです」
「……何故?」
「さあな。こっちは神官の指示に従っただけだ」
「そうか」
ディルさんの言葉を聞くと、私達を迎え入れた神官は諦観した表情で反応しました。
「……俺は疲れてる。何か聞きたい事があるなら、あっちの元気なやつらに聞いてくれ」
彼はそう言って、シェルターの隅を指しました。
そこでは、二名の学者、一名の子供、そしてどこかで見覚えのある狐の獣人の四人が円状に向かい合って座り、大きな声で口論しています。……主に二名が。
「だ!か!ら!私は何もやってないんだって!お前らが私達にあの化け物を嗾けたんだろ!?」
「なわけあるか。あれは全て隔離措置していたんだから、普通はこんなことにならない」
「現にこんな状況になっているだろう!とにかく、お前らで何とかするのが筋だ!」
「何だ、俺達にあの化け物の餌になって来いって言うのか」
「ああそうだよ!お前らみたいなクズどもにはお似合いの最期だろ!」
「まあまあ、落ち着きなさい。三十二が驚いているだろう」
私達の存在には目もくれず、背を向けて激昂する少女はイオリさんです。やはり予想通り、侵入者の一人は彼女であったようです。
「あの、すみません。イオ……イナリさん」
「何だよ!?私は今こいつと話して、いるんだ……けど……」
イオリさんは私達の姿を見るなり、声の勢いを失っていきます。
「イナリ……じゃねえな。イナリモドキか」
「……何の用だ。捕まえに来たのなら抵抗はさせてもらう」
空気の読めないディルさんがイオリさんを刺激してしまい、空気が張り詰めます。
「落ち着いて、ここで争うつもりは無い。ただ、状況を聞きたいだけなんだ」
「……お前ら、まだあの化け物どもに会ってないのか?」
イオリさんは私達を信じられないものを見る様な目を向けてきます。
「その化け物について知りたい。魔物とは違うのかな?」
「違う。ここの研究者達が生んだ化け物で、一目見れば魔物じゃないとわかる」
イオリさんの言葉に、自然と私達の視線は隣の研究者二人の方へ移ります。
「これは事実だ。今この研究所内をのさばっているものは、私達が生み出してしまった失敗作で間違いない」
「質が悪いのは、化け物の元が人間や亜人種の子供だったってことだ。ここにいる子供は皆研究に使われていた子たちで、外という概念を知っているかすら怪しい程だ。……こんな境遇、奴隷よりも悲惨だ」
「……それも事実だ。ただ、意図して生み出そうとしたわけでは無いことは弁明させてほしい」
「それってつまり人体実験ってことだよね?研究者の倫理に反してる……」
リズさんが険しい表情で感想を述べますが、私も同意見です。教会の地下でこのような、非人道的行為が行われていたというのは信じられません。
「返す言葉も無い。だが、アルト教の教えを実現し、人類が発展するためには犠牲が伴うというものだ」
……もしかしなくても、彼も過激派に属する方なのでしょう。言葉や態度の節々にそういった雰囲気が滲み出ています。
「それに、あれは全て厳重に管理されていて、普通であればこうはならない。……普通であれば、な」
「さっきから普通、普通って……私達に罪を少しでも押し付けようとする魂胆が丸見えなんだよ」
「だが、君らがいなければ、今このような状況にはなっていないのは事実だ。本来、研究者の内数名が交代で収容所の様子を確認し、監視並びに処分の業務を進めていく手はずになっているのだからね。……さて、その研究者を攻撃したのは誰だ?」
「そんなの、私達の方で区別がつくわけが無いだろ」
「……もう一つ。仮に監視業務をする者が居なくなったとしても、収容所の扉を開けるには施設管理室のスイッチを操作する必要がある。……本当に、君は何もしていないと言えるのかね?」
「……別に、何もして――」
「わたし、お狐さん達と一緒にボタンぽちぽちってしたよ!楽しかった!」
「……だ、そうだが?」
「サニー…………」
水色の髪を持つ小さな子供の声に、イオリさんが撃沈します。
「これでわかってもらえただろう。我々は断じて、君を陥れるために失敗作を解放したわけでは無いんだ。……ふう、漸くまともな会話が成立した気がするな」
「だ、だけど!そもそもお前らが実験なんてしてなけりゃ、こうはならなかっただろ!?それに、ボタン一つで化け物が解放されるとか、そもそもの仕組みに問題がある!」
「後者はともかく、前者については何度も言っているだろう。アルト教の教えを実現する上で――」
研究者の男性とイオリさんの議論は二週目に突入しました。私達が来る前を含めたらそれどころではないかもしれませんが、この調子だと、向こう十年くらいはこの言い争いが続きそうです。
「……すまないね。ジスは、事実なら何でも言ってしまうタイプの人間なんだ」
その口論を後目に、サニーと呼ばれた少女を眺めていた老人の男性が口を開きます。
「改めて自己紹介しよう。私はゲルム。そこの、今話していたのがジスで、隣にいるこの子が三十二だ。君たちは?」
「我々は『虹色旅団』です。順番に――」
エリックさんが代表して私達の事を紹介しました。
「ああ、何度か噂で聞いたことがある。……それに、そこの魔術師のお嬢さん。以前は見苦しいところを見せたね」
「あ、はい。ええと……前は言えなかったんですけど、貴方の著書、何冊も読んだことがあります」
「リズ、この人と会ったことがあるの?」
「うん。……ええと、魔術界のすごい人で、イナリちゃんの体を隅々まで調べたいって言った人」
リズさんの言葉に、まるでこのシェルターの時が止まったかのように静寂が訪れました。
「今が仕事中なのが悔やまれますね」
私は色々と言いたいことが浮かんだ末、一言だけ呟きました。実に残念です。




