275 教会の地下(2)
「『サンダーボルト』『トリプル』!」
イナリが声を上げた直後、研究者の一人がイナリの足元に向けて三連続で雷撃を撃ち込んでくる。
「のわっ!?あ、危ないのじゃ!」
「落ち着け、今のは威嚇だろう。お前は下がってサニーを守ってほしい」
「わ、わかったのじゃ」
イオリに言われるがまま、イナリはサニーの手を引いて部屋の隅に移動し、サニーを抱き寄せて縮こまった。
これで魔法が直撃しても、被害を受けるのはイナリだけで済むはずだ。勿論、普通に痛いものは痛いし、当たらなければそれに越したことは無いのだけれども。
イナリの後方では、魔法を詠唱する声や魔法が放たれて着弾する音、イオリが相手を挑発して注意を向ける声など、様々な音が聞こえる。
「皆、彼女らを傷つけてはいけない!彼女たちは私達を次のステージに導いてくれる存在だ!」
「サンダーボル……おい、邪魔だ!」
「何故わからない!?あの尊い存在が、何故わからないんだ!」
「知るか、アンタの拗らせた趣味に付き合ってる余裕は無いぞ!」
……そして、何故か仲間同士で揉める変態と魔術師の声も聞こえる。
「よわいお狐さん、みんな、大丈夫かな?こわいお狐さんとくろいお狐さん、死んじゃわない……?」
「んー、なんか、大丈夫じゃと思う」
そもそも、イオリは戦闘慣れしているだろうし、アースに至っては神なので、この戦いで負ける方が難しいまである。だが、それを抜きにしても、相手が勝手に仲間割れしている時点で、勝負は決まったようなものである。
故に、イナリは励ます気力も湧かず、腕の中で震える幼女に対して脱力気味に返した。
「とうっ!」
軽い掛け声とともにイオリが火の球をぶつけ、最後の研究者が床に倒れる。見た限り、致命傷には至らない程度にうまく対処したようだ。
「……よし、これで最後だ。で、そいつはどうする?」
「ま、待つんだ。私は君たちを害するつもりは無い」
仲間割れの元凶である翁は、皺が目立つ手を上げて弁明する。確かに、戦闘中延々と喚き続けていたので、敵対する意思が無いというのは本当なのだと思われる。
「……まあ、拘束はしておきましょうか」
アースはそう言って亜空間から縄を取り出し、翁を縛り上げていく。
「おお、素晴らしい……やはり、私の目に狂いは無かった……!」
恐らくアースの力を見て興奮しているのだろうが、タイミングのせいで縛られていることに興奮しているようにしか見えない。アースも同じような事を考えているのか、ものすごく複雑な表情をしている。
「ゲルムおじさん、何であんなに楽しそうにしてるんだろ……」
「サニー、あれは悪い大人だ。見ない方がいい」
イオリはそっとサニーを背後に隠した。
それを後目に縄を巻き終えたアースは、一息ついてから皆に向き直る。
「さ、次の部屋に行きましょうか」
「尋問はしないのか?いくらでも情報が絞り出せると思うが」
「本当の事を喋る保証なんて無いし、時間が勿体ないわよ」
「いやいや、素晴らしいものを見せてくれた礼だ。君が信用してくれるなら、何でも答えてあげよう」
アースの言葉に対し、ゲルムと呼ばれた変態が反論する。
「……だそうだけど。貴方がやってくれるなら、止めはしないわよ?」
「いや、いい。駆け引きは苦手だし、途中でムカついて殴り倒すのが目に見えている」
「こわいお狐さん、こわーい!」
サニーが声を上げると、イオリは僅かに顔を顰めた。
「……じゃ、特に意味は無いけれど、この変態は遠くに隔離しておきましょう」
アースはわざわざ亜空間を使い、変態を出入口から最も遠い部屋の隅へ転移させた。アースの力をその身で体感することができて、彼も本望だろう。
さて、次に入った部屋は、物珍しい様相の木々の一部や、結晶が乱雑に積まれた部屋であった。
「なんか変なにおいがするね。木の匂いかな?」
「ああ。勇者様の手がかりは無さそうに見えるが……こっちは何かの結晶か?どれも削られたような跡がある」
イオリが言うように、この部屋は一見するとただの倉庫か、あるいは資料室か、何にせよ本来の目的とは一切関係が無さそうな部屋に見える。だが、イナリにとってはそうではない。
「この木……魔の森のものじゃ」
ここにある木々は、イナリの成長促進により異様な成長を遂げたものであった。それに、今もたまに夢に出てきては不快な気分にさせる、トレントの一部と思しき破片もある。
「アースよ、お主はどう思――」
アースの方を向くと、彼女は無言で金槌を握り、結晶に向けて勢いよく振り下ろした。突然の暴挙に、サニーもイオリも目を丸くしている。
「お主、な、何をしておるのじゃ!?」
「何って、壊しているのよ。あ、イナリもやりたいの?いいわよ」
「本当か!?やったのじゃ!……って、違うのじゃ!せっかく何かありそうな様子じゃったのに、壊してどうするのじゃ!?」
イナリはぷんすこと怒りつつ金槌を受け取り、近くの結晶に向けて振り下ろした。ガシャリという音と共に崩れていく様子は、何とも言えない爽快感がある。
「この結晶は歪みの……魔王の核よ。研究者たちは魔核片と呼んでいるみたいね。魔王の核は、神の力や神器に対して非常に脆いの。それこそこんな風に、イナリでも壊せるほどに」
「つまり、逆説的にそれが証拠となるわけじゃな。……なんかちょっと、馬鹿にされておらぬか?」
「というか、そのハンマーは神器なのか?」
「……んん。細かいことはいいのよ」
問いかける小麦色の狐二人に対し、アースは咳払いで誤魔化して続ける。
「とにかく、さっきイナリに渡した資料に魔核片っていう言葉があったから、それが何かを確かめておきたかったの。ま、想像通りだったわね」
「……なるほどのう。じゃが、これで何をしていたのじゃ?」
「神の力を人間に付与するための実験らしいわ。……サニー、貴方には心当たりがあるんじゃないの?」
「わかんないけど、ゲルムおじさんは『みんなのためになる』って言ってたよ」
「皆のために、ねえ。その中に貴方は含まれているのかしら?」
アースは意味深に問いかける。
「どういうことじゃ?」
「人間が神の力を帯びるケースは基本的に、神と直接接点を持って、お互いに信頼した上で神の力を付与するパターンしかないの」
「ふむ」
要するに、この世界に数多くいる聖女であったり、イナリとエリスの関係がそれに該当するということだろう。
「でもここの連中は、恐らく魔王の一部やイナリの力の残滓を含んだ木片を使って、不正に神の力を付与しようとしているの。……それがどれだけ危険な事か、わかるかしら?」
「……どうなるんだ?」
イオリはきっと、イナリやアースの正体について薄々察しているのだろう。しかし彼女はそこを掘り下げずに話を進める。
「最終的には、誰でも神の力を媒介とする聖魔法を魔法と同じ感覚で使えるようになると思うわ」
「それは良い事じゃないのか?」
「それだけ聞けばね。代わりに、人間の体に強い負荷がかかるから、下手すると神の力に呑まれて化け物が生まれたりするわ。それに世界を維持するためのリソースも浪費することになるから、世界の寿命も縮む。良い事なんて何も無いわよ」
アースは近くの机に寄りかかり、両手を上げてため息をついた。
彼女は言及していないが、人間が神の力を持つということは、神に対する対抗手段を持つということに他ならない。そういう意味でも、避けるべき事態なのだろう。
「……くろいお狐さんの話、よくわかんない……わたし、死んじゃうの?」
「安心して。貴方に関しては今のままなら大丈夫よ……割とギリギリだけど」
アースは小声で物騒な言葉を呟いた。もしここに来るのがもう少し遅れていたら、サニーの姿は無かった可能性もあったのだろうか?
「なあ。今からでも引き返して、あのクズどもを殺しに行かないか?」
「あの人間達は私が消し飛ばすからいいわ。それより、さっさと勇者絡みの手がかりを見つけましょう。事態の解決に必要なことはそれだけよ」
「……そうだな」
憤っていたイオリは、しばし間を置いてから頷いた。
「それじゃ、サクサク行きましょう。私はここを片付けておくから、貴方達は勇者に関する手がかりを見つけてきて頂戴」
「わかったのじゃ」
アースの言葉に、イナリ達は部屋を出て探索を再開した。




