271 Re:教会侵入
翌日。
イオリと合流するために、パーティハウスから抜け出すための言い訳を考えていたが、急遽「虹色旅団」宛ての指名依頼が入ったらしく、特に言い訳を用意する必要は無くなった。
それをいい事に、ブラストブルーベリー爆弾や神器の短剣を持って武装する余裕すらできた。尤も、爆弾に関しては普段から持ち歩いているのだが。
「ふふん、好都合なこともあったものじゃな」
滞りなく事が進んでいる様子に、イナリは良い気分で集合地点の橋に赴く。細い川を跨ぐその橋は、この街でも特に新しい橋として有名なのだそうだ。
「ええと、確か、この下じゃよな?どこから降りればよいのじゃろうか……」
イナリは辺りを見回して下に降りられる場所を探し、少し離れた場所に階段を発見した。
それを下って降りると、橋の下に人影を認める。イナリは歩み寄ってそれがイオリなのを確認した上で、不可視術を解いて話しかける。
「イオリよ、我じゃ。準備はできておるか?」
「うぉっ!?……び、びっくりした。突然現れないで欲しいんだが……」
「すまんのう。しかし我も、大手を揮って歩ける身ではない故の」
「それもそうか。こっちの準備は出来てるが、どこに行くかは分かったか?」
「うむ。教会の離れとかいう場所じゃ。そこに研究室があるらしいのじゃ」
「離れ……ああ、話には聞いたことがある。早速行こう」
「うむ。……あ、できれば、跳躍などが不要な道を選択してほしいのじゃ」
「……できるだけそうする」
こうして二人は、路地裏や人気のない通りを経由して教会本部へと向かった。
そして目に映るのは、昨日に引き続き、大量の人々が教会の玄関に集まっていることである。ただ、昨日と比較して違うのは、人々の表情が明るく見えることだ。
「……今日も礼拝はしているみたいだな。行こう」
「うむ。……ところでアレ、何を喜んでおるのじゃ?」
「勇者様が魔王を一体倒したからだろう。魔王の姿が一つ減ってるから、すぐにわかる」
イオリは街の空を指さし、つい先日まで空を歪ませていたものがあった方角を差す。
「ほええ、二日程度で何とかなるものなのじゃな」
「勇者様なら当然。いや寧ろ、教会に操られていなかったら一日で済んでいたまである」
「それはわからんけれども」
何やらカイトに対して尋常でない期待を抱いているイオリに対し、イナリは適当に返した。
それにしても、二日で倒される魔王と聞くと何だか大したこと無さそうだが、イナリが尻尾を巻いて逃げたような状況下で、休憩も無しに二日間戦い続けると考えると、正気の沙汰でないと言えよう。
何より、そんなことを地球から来た人間ができるとは到底思えない。
「ところで、どうやって教会に入るつもりじゃ?また前回と同じように侵入するのかや」
「いや、あそこは勇者様の部屋の位置から考えると、離れと真逆だったはずだ。……教会の庭は分かるか?勇者様がよくいた場所だ」
「うむ」
「なら、先にそっちに行ってて。私も合流する」
「わかったのじゃ」
彼女には何やら案がありそうな様子だったので、イナリは素直に頷いて返した。
そして、イオリが立ち去るのを見届けた後、人間が群がる教会の玄関部に向き直って眺める。
「我、あそこを強行突破しても問題ないのでは……?」
よくよく考えれば、唯一の懸念点でもある不可視術を貫通されることだって、人混みに紛れて視認される分にはどうとでもなるはずだ。ともすれば、もみくちゃにされるのさえ上手い事回避すればいいだけの話だ。
「よし。いざ行かん、なのじゃ!」
イナリは教会に侵入すべく、意気揚々と人混みの中に突入した。
そして、努力も虚しく、もみくちゃにされて満身創痍の状態で教会に侵入することになった。
「ぜえ、はあ……ひ、酷い目に遭ったのじゃ……」
人々がイナリの事を視認できないということは、何の躊躇も無く肘がぶつけられたり、蹴られたりするということを意味する。被害だけの話で言えば、不可視術なぞ使わない方が余程マシだったかもしれない。
人混みでの不可視術は危険。イナリはそれを身をもって学んだ瞬間であった。
「ま、まあ、ここからは通ったことがある道であるし、楽なはずじゃ……」
イナリが乱れた髪の毛を整えていると、奥の方から数名の人間の足音と、話し声が聞こえる。
「――依頼を受けて下さり、大変嬉しく思いますよ」
「この声はランバルトじゃな。ええと、隠れられる場所は……」
己の存在を知覚できる者が近くにいることを悟ったイナリは辺りを見回し、丁度隠れられそうな柱を見つけ、そこに転がり込んだ。尻尾を腕で抱えたので、これで見つかることは無いだろう。
イナリは耳を立てて彼らの会話に耳を傾ける。一番初めに喋りはじめるのはエリスだ。
「ランバルト様、今回、指名依頼を頂けたのは大変嬉しく思います。しかし、何故私達に依頼を?……その、つい先日不祥事を起こしたばかりですよね……?」
「その懸念点はごもっともです。しかし、勇者の部屋が荒らされたという事実は、教会の沽券に関わるもので、徹底的な措置を講じる必要があります。そのためならば、多少のリスクを抱える程度、造作もありません。ああ勿論、他にもいくつかの冒険者の方々にお声がけしておりますよ」
「なるほど。盗人をビビらせるのが目的ってわけですか」
「端的に言えば、その通りでございます、ディル殿。……それに、あくまで私個人の意見ではございますが、エリス殿のお連れ様が不祥事を起こしたとはとても信じられないもので。さて、配置などの詳しい話はこちらの部屋でお話ししましょう」
ランバルトは虹色旅団の面々を率いて、近くの部屋へと入っていった。イナリは恐る恐る柱の陰から出る。
「もしや、あやつらの指名依頼とは、ここの警備のことかや……!」
しかも、他にも追加人員を用意しているような素振りすらあった。だとすると、一層慎重に動く必要があるだろう。
「全然、好都合でもなんでもなかったのじゃ。厄介なことになったのう……」
イナリは肩を落とし、深くため息をついた。
かくして、イナリは再合流地点である庭へと到着する。イオリの姿を探して辺りを見回していると、彼女は庭の隅で小さく手を振っている様子が目に留まる。
「遅かったな。何かあったのか?」
「んや、どうにも警備が強化されているようでの。お主の方は大丈夫であったか?」
「ああ、問題ない。ともかく、警備が減ろうが増えようが、やることは変わらない」
「頼もしくて何よりじゃ。して、離れとは何処じゃ?」
「あそこだ」
イオリが示した場所に目をやれば、教会本体とは少し様相が異なる建造物が目に留まった。以前ここに来た時は街の建造物の一つかと思って気にも留めなかったが、よく見れば教会の敷地内である事がわかる。
また、そこに近づくまでも、庭の茂みを経由して行くことが出来たのでさほど難しくは無さそうだ。尤も、イナリにはさほど関係ない話であるが。
二人は……厳密には、イオリは慎重に庭を移動し、離れの傍まで移動する。
警備が強化されているはずなのだが、離れの玄関部には神官が二人いるのみだ。
「何じゃ、思ったより拍子抜けじゃな。余裕なのじゃ」
「いや、ここからが本番だ。よく見てみなよ」
「む?」
イナリは首を傾げつつ、改めて離れの様子を確認する。いたって普通の建物だが、一体何が本番なのだろうか?
「何じゃ、何も無いじゃろ。疾く入れる場所を探して……さが、して……」
イナリはそう返しているうちに、イオリの言わんとするところを理解して閉口した。
「……入れるところ、無いのじゃ……?」
目に映る窓は遍く、徹底的に鉄格子などが取り付けられていたり、人が通れるほど広くない造りになっている。
「わかったか。中に入る方法は一つ、正面突破しかない」
イオリの言葉に、イナリは二人の神官の方を向き直った。




