270 下調べ ※別視点あり
<イナリ視点>
イナリはエリスを引き連れ、街の冒険者ギルドへと向かった。そして、そこに入る前に、エリスに向けて囁く。
「お主には、我に代わって情報を聞き出してもらうのじゃ。今からお主は、我の傀儡じゃ」
「はい。なんか、ゾクゾクする響きですね」
「……何故?」
意味不明な事を口走る神官に、イナリは首を傾げた。
「え、ええと、気にしないでください。それで、何を聞けばいいのでしたか。教会と研究している人たちについてでしたか」
「うむ。あるいは、それに類するものでも良いのじゃ。我が聞きたいことは指示するから、お主は中継してくれれば良いのじゃ」
「わかりました」
改めて打ち合わせが済んだところで、エリスと共に冒険者ギルドに足を踏み入れる。
久々に訪れた冒険者ギルドはかなり賑わっていて、酒場の隅に飲んだくれがいるし、かつてイナリにおやつをくれた冒険者の仲間の姿が見える。かつて閑古鳥が鳴いていた施設とはとても思えない様相である。
エリスが受付に用件を告げると、すぐに事務室の方からリズが現れる。
「エリス姉さん、どうしたの?」
「少し聞きたいことがありまして。今、お時間はありますか?」
「あー……先生も一緒だけど、大丈夫かな?」
「はい。ウィルディアさんが問題無ければ、是非」
「ん、大丈夫だと思う。じゃあ、着いてきて!」
会話は円滑に進み、すぐに事務室の奥へと移動することになる。もはや、この冒険者ギルドはリズが自由に動ける場所と化しているようだ。しかし、彼女はいつまでここで働いているのだろうか?
イナリの考えを察してか、エリスが代わって問いかける。
「そういえば、リズさんはいつまでここに居る予定なのですか?」
「もう引継ぎは終わってて、とっくに自由に動ける状態ではあるんだ。ただ、もう少し働いて欲しいってずっと言われてて。先生と住んでる宿に近いし、まあいいかなー、みたいな感じ?」
「なるほど。偉いですねえ」
エリスはリズの三角帽子越しに彼女の頭を撫でる。
「ふふん、でしょ?今すぐにでもギルド事務員になれるって言われるほどなんだから!」
「それは些か気が早すぎる気がしますが……」
「まあね。それにリズは、生涯魔術師を貫くつもりだし!……あ、この部屋だよ」
腕を掲げて威勢よく話していたリズは、即座に冷静な声色で扉を開ける。その中にはウィルディアの姿があった。
「おや、客人とはエリス殿の事だったか。……先日の件は聞いているよ。大変だったみたいだね」
「はい、ありがとうございます……。それと、突然お邪魔して申し訳ありません」
先日の件とは、イオリが勇者に狼藉を働き、そのとばっちりを食らった件の事だろう。エリスが謝ると、ウィルディアはそれを手で制する。
「いや、気にしなくていい。私はリズ君と、転移術の今後の在り方について議論していただけだからな」
「そうなのですね。今のところはどのような感じなのですか?」
「とても一言では答えられないほど複雑な議論になっているよ。近々、どこかで大規模な討論会でも開かれそうな勢いだ。……まあ、そんな話はどうでもいいだろう。しばらく席を外すから、好きに話すといい」
「あ、いえ。ウィルディアさんにも伺いたい話なので、一緒に聞いて頂けますか?」
「……そういうことならば」
席を立ちかけていたウィルディアは、改めて席に座り直した。エリスも違和感が無い動作でイナリを膝の上に乗せ、早速本題を切り出す。
「お二人にお聞きしたいのは、教会と共同で研究している方々についてです。何でも良いので、知っていることがあれば教えて頂けませんか?」
エリスの問いかけに、リズとウィルディアは視線を交し合う。
「それって……あれだよね。何か、勇者と一緒に色々してるみたいな」
「そうだな。確か、アルテミア魔法学校から教会に派遣された学者や研究者の団体だったと記憶しているが……エリス殿が知らないとなると、公的なものでは無いのか?」
「少なくとも、他では聞きませんね。アルト教の本部が関わっている以上、公的といえば公的かもしれませんけれども……」
エリスが考え込むと会話が途切れたので、イナリはそこに乗じて聞きたい事を指示することにした。
「その団体が何をしているのか聞くのじゃ」
「……ええと。お二人はその団体が何をしているのかご存じですか?」
「うん。最近、魔導式精密画生成器っていうのが開発中らしくて、その開発元がそこだったはずだよ。研究のし甲斐がありそうだよね」
「私は何度か彼らと話したことがあって、研究メンバーとして参加しないかと声を掛けられたこともあったな。……得られるものはあったかもしれないが、余計なしがらみが増えるのは面倒だから断ったよ」
リズとウィルディアなら何か知っているだろうというイナリの予想は、概ね当たっていたらしい。あとは具体的な場所さえ特定すれば、明日現地で探るだけだろう。
イナリはエリスに、研究者達がアルテミア魔法学校のどこにいるのかと、ハイドラが何か知っている可能性があるかどうか聞くよう頼む。
「もしハイドラさんに聞いたら、もう少し詳しい情報は得られますかね?」
「どうだろう、あまりオープンな組織ではなさそうだったし、外部の錬金術師は関与しないのではないかな」
「うん。たまにハイドラちゃんのところに遊びに行ってるけど、何か、そういう話をしてた記憶は無いかな。……ところでエリス姉さん、何でそんなことを聞くの?」
「ええと、私、その研究者の方々に個人的に用事がありまして、予めどういう方々なのかを知っておきたいなと思ったのです」
「ああ、そういう。魔術に目覚めたのかと思って、ちょっと嬉しかったんだけど……」
「あ、あはは、それはまた別の機会にお願いします。それで、もしよろしければ、どこに行けば会えるのか教えて頂けませんか?」
「教会本部の離れの一階に研究室が構えられていたはずだが……本当に知らないのかい?」
「そうですね。離れは聖女様など、特別な身分でないと殆ど縁がない場所ですし……その、最近の教会はあまり居心地が良くないので……」
「ああ、それはよくわかる。何と言うか……まあ、何だ。アレだな」
目の前に居るのが神官であることを思い出してか言葉を濁すウィルディアに対し、エリスは苦笑しながらイナリの方に視線を向ける。イナリはそれに首を振って返し、もう聞きたいことは無いことを示した。
ここまでの会話から得られたことは、ここで議題に上がった団体がイナリが探している団体で間違いないこと、閉鎖的で後ろめたいことをしていそうなこと、そして、教会の離れとやらに構えているということだ。
他の詳しいところは明日調べればいい話だし、目的地が判明しただけで十分であろう。
イナリがそう考えている間にも、会話は進行していく。
「そういえばさ、リズ達って何時帰れるようになるのかな?」
「そうだな、今のペースだと……あと一ヶ月半ぐらいはかかるかな。ハイドラ君が群青新薬の生産ペースを上げてくれればもう少し短くなるが。はあ、イナリ君が居なくなると厳しいものがあるな……」
「うん。結局エリス姉さんが最初に言ってたことが正しくて、イナリちゃんはイナリちゃんじゃなかったもんね。……てかあれ、誰だったんだろう?」
「さ、さあ。誰でしょうね……?」
話題の当事者を膝の上に乗せていたエリスは、全力ですっとぼけた。
この後は軽く雑談を交わし、そのまま解散した。あとは明日に備えるのみである。
<リズ視点>
エリス姉さんと先生が帰った後の事。
仕事も無いし、暇な時間ができて長椅子でうとうとしていたら、突然事務員さんの一人に声を掛けられた。
「リズさんって『虹色旅団』に所属してましたよね?」
「ん?うん。そうだよ?」
「あの、指名依頼が来てます」
「む」
事務員さんから依頼書を受け取り、まずは依頼者と区分を確認する。区分とは、討伐、殲滅、採集、護送だとか、依頼内容の傾向がざっくりわかる記述のことで、依頼書を読むときには、一番最初に見るべき項目の一つにあたる。
「……アルト教会本部から?警備系の依頼かあ、珍しいね」
教会の話はついさっきしたばっかりだなあ、などと考えていたら、事務員さんが詳細を教えてくれる。
「どうにも、今日の朝から昼にかけて教会に泥棒が入ったらしいんですよ」
「へえ、穏やかじゃないねえ。でもこれ、リズ達じゃなくても対応できそうじゃない?」
これは別に自分の力をひけらかしているとかじゃなく、たかが泥棒一人に等級8の冒険者を四人も投入するのは、あまりにも過剰じゃない?という意図で言っている。
それとも、今後の後続に対する抑止力のためにリズ達を呼ぶとか?そういうことなら、理解できなくはないかもしれない。
「依頼書曰く、どうにも、狙われたのは勇者様の部屋みたいで。しかも、扉がバキバキに壊されていたとか。なので、しばらく警戒にあたって欲しいみたいですよ」
事務員さんの声を聞きつつ、自分の目でも依頼書に目を通す。確かに、同じようなことが書かれている。
「……なるほど、りょーかい。あとでエリック兄さんに聞いてみるね」
「はい、お願いします」
事務員さんが立ち去るのを見送りつつ、依頼書を畳んでポケットにしまった。
勇者の部屋だけをピンポイントで漁るような泥棒がまた現れるとは到底思えないし、すごい簡単そう。しかも依頼者は教会だから報酬も美味しいし……こんな依頼、受けないわけが無いよね。




