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豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
アルテミア崩壊

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267 観戦

 イナリ達が定期的に望遠鏡を構え、歪みや転移者達の動向を確認しつつ待っていると、やがて煙が消え、代わりに明るい橙の光が灯り、森を移動し始める。


「む、何か動きがあったのではあるまいか?」


「そうね。引き続き観察しましょう」


 しばらく橙色の光を追っていると、やがてそれが開けた場所に到達する。


 光の正体は、一行の一員である魔術師が発する炎魔法の光であったようだ。きっとそれで暖を取りつつ移動しているのだろうが、イナリ達がいる場所からでもくっきりと見える辺り、それなりの規模の魔法なのではないだろうか。


「……おお、カイトの姿があったのじゃ。それに……魔術師が六人、何かよくわからんのが四人じゃな。見たところ、二人は荷物持ちかの?」


「その辺は私に聞かれても困るわね。このペースだと、歪みとの接触も早そうね」


 アースが言う通り、一行は真っすぐに歪みの根元へと近づいていく。そして、歪みの根の部分から、それと同じような色合いの枝のようなものが伸びていく。


「アレは何じゃ?何か……ああいうのって、触手と呼ぶんじゃよな?」


「呼称は知らないけれど……。効く限り、あの挙動は実体化した歪みの本能の一つらしいわ」


「本能とな?」


「実体化した歪みが神の出来損ないと言う話は聞いたでしょう?」


 アースの言葉にイナリは頷いて返す。


「出来損ないは本能として権能を暴走させるのだけれど、それに加えてもう一つ、完全体になろうとするために、周辺にある神の因子を取り込もうとするの。当然だけれど、どれだけ神の因子を取り込んだところでバグが治ることは無いから、一生完全体にはならないわ」


「何とも報われないものじゃな。して、神の因子というのは神器の事じゃろか」


「そうね。何か知らないけど、アルトが歪みの対処に使わせているんでしょう?」


「うむ。それで一悶着あったのは記憶に新しいのじゃ……」


 イナリが遠い目をして返しながら、再び望遠鏡を構えて歪みの方に目をやれば、勇者一行へと向かって伸びていた触手が、まさに勇者カイトによって両断されている光景があった。他の人員も多少戦力にはなっているように見受けられるが、カイトの戦果と比べると見劣りする。


 それにしても、カイトの戦い方は妙に様になっているし、一切恐れる様子もなく歪みに立ち向かう様子は、まるで歴戦の戦士のような雰囲気を感じさせる。勿論イナリは「歴戦の兵士」を見たことは無いので、あくまで雰囲気の話であるけれども。


「なんて言うか、神の力には神の力って理屈は正しいのだけれど、危なっかしいし、人間が神に反抗する余地を与えるしで、良くないと思うのよねえ……」


「それも例の創造神の価値観という奴じゃろか。我にはあまりわからぬ」


 そんな会話をしているうちに、歪み触手は勇者一行を囲み、じわじわと囲い込んでいく。カイトは危なげなく対処しているが、このままでは状況は悪化していくだけのように思える。


「これ、収拾がつかなくなっておらぬか?そも、何をしたら歪みは鎮まるのじゃ」


「何か、根っこと柱の部分の間の辺りに核があるらしいわ。よく知らないけれど、下手したら私達よりこの世界の人間の方がその辺は詳しいでしょうし、放っておけば何とかなるんじゃない?」


「なるほどのう」


 イナリは一言返事を返し、ゆっくりと侵攻する歪み触手の様子を眺める。青や橙の色を帯びるそれは、色に応じて熱かったり冷たかったりするだろうに、よくもまあ対抗できるものだ。


「……にしても、何か、地味じゃな」


「確かにそうね。もっとこう……派手なものを想像してたわ」


 二人が想像していた歪みと人間の戦いというのはもっと、激しく見どころがある戦いであって、決してこんな地味な戦いではない。


「何か飽きてきたのじゃ。アースよ、そろそろ帰――」


 イナリがそう言ってアースの方を向いた瞬間、イナリの眼の前を橙色の光線が通り抜け、着弾点にあった岩を溶かした。


「……のじゃ……?」


 何が起こったのか理解できなかったイナリは、溶岩と化した地面を見てしばし茫然とした。


 慌てて勇者一行の方に目を戻せば、触手に加え、平均して五秒に一回程度の感覚で、歪みの上部から地上へ向けて、橙や青の光線が辺りに撃たれている様子が目に映る。


「へえ、これは第二形態ってやつかしら。移行するには随分早い気もするけれど……イナリ、帰るわよ」


「う、うむ。しかし良いのかや。これは正に、お主の言う『劇的』な感じであろ?」


「確かにそうだけれど、今の光線は神の力を含んでいるから、私達であっても食らったらただじゃ済まないわ。貴方、今のを見切れていなかったでしょう?」


「…………いや、そんなことは無いのじゃ」


「目が泳いでるわよ。とにかく、ここは危険だから帰るわよ」


 アースの言葉にイナリは渋々頷くと、開いてもらった亜空間を潜って天界へと戻った。


「ところでイナリ。貴方から見て、転移者の様子はどうだった?」


「うーむ……何と言うか、まるで別人であったのう」


 イナリは防寒用の手袋や上着を脱ぎながら答える。


「あやつは少し前まで、魔物にすら怯え、剣も碌に振れなかったと聞くほどの者だったのじゃ。なのに、今では歪みに対して臆せず挑む勇者となっておる。……我の死を乗り越えたと仮定するにしても、成長度合いが異様だと思うのじゃ」


「なるほど、確かにそれは気になるわね。……もしかしたら加護に原因があるかもしれないし、一応アルトに聞いてみましょうか」


 アースはそう言うと、少し離れた場所にいるアルトに声をかけ、言葉を交わして戻ってくる。


「……加護の内容は肉体の強化だけらしいわ」


「ふーむ……となると、やはりおかしいのう?」


「ええ。転移者に何かしら起こっているのはほぼ確定として、その内容を調べてもらうわ。内容によっては、アルトと交渉して私も干渉する。イナリ、頼めるかしら」


 アースの言葉に、イナリは頷いて返した。




 そうと決まれば、早速イナリは地上に戻ることとなった。


 およそ二ヶ月ぶりのパーティハウスの寝室であるが、地上はまだ夜なので、エリスがベッドで静かに眠っている。


 イナリは不可視術を発動すると、ベッドの毛布を捲って、エリスの隣にもぞもぞと潜り込んだ。


 地上に戻ってきたとはいえ、色々な事情が絡み合って、今後しばらくは不可視術を一切解除せず、エリスをはじめとしたごく一部の人間以外には視認できない状態で生活することになるだろう。


 つまり、イオリがイナリである状態は続くということだ。これは、イオリ本人を捕まえてイナリと別人であることを証明しないといけないので、一筋縄では行かないかもしれない。


 それは一旦置いておくとして、イナリはこれから教会に乗り込むつもりだ。


 しかし、何故か不可視術を貫通するランバルトとか言う男や聖女など、警戒を怠ることができない要素は数多くある。何より、何から手を付けるべきかが不透明すぎるという問題もある。


「はあ、前途多難とはこの事じゃな……」


 イナリはため息をついて目を閉じた。

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