264 勇者様はそんなこと言わない ※別視点あり
<エリス視点>
時は流れ、面会当日。
幸い、イオリさんは私が取り付けた約束に満足してくださったようで、この三日間、イオリさんはほぼずっと部屋で療養していました。そのため、まだ他の皆さんに正体は露呈していません。
ただ、茶の淹れ方がわからなかったり、風刃を使って食材を切れなかったり、リズさんから「ブラストブルーベリーのポーション製造を再開して欲しい」という打診が来た時は全力で首を振ったりと、行動の節々に不審な点も見受けられているので、怪しまれてはいるでしょうけども。
「さ、イナリさん、行きましょうか」
「ああ」
「いってらっしゃい。気を付けてね」
エリックさんに見送られつつ、私はかつてイナリさんにしていたように、イオリさんの手を引いてパーティハウスを出ます。
正直、呼称に混乱するので、早いところ入れ替わり状態を何とかしてほしいところです。それに、イオリさんは私の手を握る力が強くて痛いので。
「そういえば、カイトさんに会ったら何を話すかは決めてありますか?」
「ああ。……貴様には教えないからな」
「ええ、それでもかまいませんよ」
普段はイナリさんとして振舞おうとするイオリさんですが、二人だけになると、それはもう険悪な空気です。しかし、こういう時に話しかけるのはむしろ逆効果と聞くので、これ以上は話さないようにしておきましょう。とにかく、五分という時間が有意義なものになれば、それでよいのです。
少し早めに教会に着いた私達は、庭にある椅子に座ってカイトさんを待ちます。その間、イオリさんは落ち着かない様子です。
「……本当に来るのか?私は嵌められたりしていないだろうな」
「それをする理由が無いでしょうに……。まだ面会予定の時刻まで時間はありますから、気長に待ちましょう」
とは答えたものの、何かの手違いで忘れられているとか、急遽予定が入ったとか、そういうことは全然あり得ます。その時は……今度こそ、結界で耐える他ないでしょうね。
さて、しばらくすると、ファシリットさんとカイトさんが現れます。
「こんにちは。私は野暮用で退席させて頂きますが、五分後には次の用事に向かうことになっていますので、お忘れなきよう」
ファシリットさんはそう言うと、礼をして教会の中へ戻っていきました。
「よし、これで私達だけか。……勇者様っ!!」
それと同時に、イオリさんがものすごい勢いでカイトさんに突進し、そのまま抱きつきます。
先ほどまでイオリさんが居た場所の地面がやや抉れているので、相当な勢いで突っ込んでいるはずですが……一切動じないのは、流石勇者と言うべきでしょうか。
「勇者様、お久しぶりですっ!」
イオリさんは尻尾を左右に振り、普段より一段高い声を出しています。これが、普段ゴミを見る様な目を向けてくるイオリさんと同一人物……!?
「……あれ、勇者様?私の事、わかりますよね?」
「うん、覚えていますよ。イナリさんですよね」
「あ?」
イオリさんはぴしりと固まり、驚くほど低い声を出しました。
「……勇者様、もう一度聞きますね。私の事がわかりますか?よく見てください。私は、誰ですか?」
「ん?イナリさんですよね?」
「…………」
イオリさんが殺気を放出し始めました。
これは予測しうる最悪のルートの一つでしたが、イオリさんが「勇者様が私の事を見分けられないはずがない」と主張していたので懸念していませんでした。
こうなってしまった以上は仕方がないので、イオリさんがカイトさんに掴みかかる前に話を進めることにしましょう。
「カイトさん、お久しぶりです。この度、イナリさんがこうして帰ってきましたので、ご挨拶に上がらせて頂きました」
「そうですか。ありがとうございます」
「最近は忙しいと聞いていますが、無理はなさっていませんか?」
「大丈夫です」
「……ええと。最近はどのような事を?きっとイナリさんも知りたいと思うのです」
「最近はナイアで獣人達の撃退の応援に行きました。他にも、近辺の魔物退治にも行きました」
「なるほど……すごい、ですね……?」
何というか、必要最低限の受け答えしかしてくれないので、全然会話が膨らみません。やはりカイトさん、疲れておかしくなっているのでは……?
ここまでの会話にイオリさんも思うところがあるようで、声を震わせつつカイトさんに問いかけます。
「勇者様。貴方が以前匿っていた獣人についてどう思いますか?」
「正直、愚かなことをしたと思っていますし、教会やランバルト様にも迷惑を掛けたと思います。ですが、勇者としての務めを果たし、皆さんに恩返ししたいです」
「そうですか。……ところで、久々の再会を記念して、もう一度シャシンを作ってくれませんか?」
「ごめんなさい。今はあの魔道具が手元にないので、シャシンは作れないんです」
「そうですか」
イオリさんはそう言うと、体の周辺に青い火の球を生み出し、勇者様に向けて射出しました。カイトさんはそれを顔面で受け止めますが、無傷で佇んでいました。
私はこの突然の暴挙を咎めます。
「イオ……イナリさん!何をしているのですか!?」
「……勇者様。お前、勇者様じゃないだろう。うまく成り代わっているつもりなのだろうが、詰めが甘いな」
イオリさんはカイトさんを睨みつけて話します。
「勇者様はな、種族も身分も関係なく平等に接してくれる素晴らしい御方なんだ。それに、勇者という身分を重荷に感じていると零していたこともあるし、己の正義を貫いていて、教会なんかに身を捧げる様な御方でもない。勇者様はシャシンを『作る』とは言わないし、そもそもそれを作る道具は魔道具じゃない。勇者様はシャシンが好きだから、何時でもそれを作れるようにキカイを持ち歩いている。……そして何より、私と将来を誓った仲なんだ。この私の事がわからないなんてありえない。イナリなどと言う女狐と混同する何てこと、許さない」
「……待ってください。最後の方、色々とおかしくないですか?」
「貴様には関係ない。……さて、私は逃げる。短い間だが、世話になった」
教会側から騒ぎを聞きつけた神官達が駆け込んでくるのを一瞥すると、イオリさんは私の言葉を一蹴しながら、教会の塀を器用に乗り越え、外へと脱走していきました。
「えっ?ちょ、ちょっと!?」
「勇者様、こちらに!エリス殿、話を聞かせてもらうぞ!」
神官の方に拘束されつつ、この急展開についていけない私は茫然としていました。
<イナリ視点>
「――と、いうことがあったんですよ」
「いや、それなら何でここに居るんじゃお主」
「約八時間にわたる取り調べを受けた末に解放されたんです。もう疲れましたよぉ……」
エリスはそう言うと、イナリに抱きついてため息をつく。……何だか深呼吸していそうな様子だが、一旦気にしないでおこう。
「まあ、冤罪やらが無く、お主が無事で済んだのは良かったがの……」
「本当よね。もし信者が死んじゃったら、イナリは復讐として街を丸々森に変えるくらいの事はするわよ」
「そうじゃな」
「そ、そうなんですか。……ともかく、今回はアルテミアの復旧作業であちこちに顔を知られていたおかげで、色々な方から証言を頂けたのが幸いしましたね。場合によっては一生牢獄入り確定でしたし、変にこじれずに済んだのは、以前イナリさんにイタズラして捕まった経験が活きたかもしれませんね」
「ちょっと待って。貴方イナリに何したの?」
「お主が思っているような事ではないと思うのじゃ。何にせよ、誇れたことでは無いとは思うがの……」
机を叩いて立ち上がるアースを見て、イナリは呆れながら返事を返した。
「まあ、何じゃ。今回は大変じゃったのう。この我が労ってやるのじゃ」
イナリはエリスの腕を抜け出して立ち上がり、その頭を撫でた。エリスは満足そうな顔をしている。
「にしても、ちょっと事情は変わったかもしれないわね」
「ふむ?」
「勇者の話よ。イオリとやらが言うには、様子が妙なんでしょう?」
「そうですね。その証言には少々妄言らしき要素も混ざっていましたが、私からしてもカイトさんの言動には違和感があると思いました」
「なるほどね。そうなると……イナリにはそろそろ生き返って貰いましょうか」
「む、もう良いのかや?」
「ええ。それで、勇者の様子を探って欲しいわ。順当に周りの影響で人が変わったのならいいのだけれど、何か裏があるなら、私が干渉する余地も生まれるわ」
「ほう。つまり我は超重要な務めを課されるということかや?腕が鳴るのじゃ」
「あ、待ってください。少し問題がありまして……」
「む?」
エリスは恐る恐ると言った様子で手を上げた。
「一つ目ですが、カイトさんは最近生まれた魔王の討伐に出発したので、一、二週間ほどは戻ってこないと思います。ほぼ討伐方法は算段がついているようなので、命を落とす懸念はほぼ無さそうですが」
「あら、それは残念だけれど……喜べる事でもあるのかしら。で、二つ目は?」
アースが問うと、エリスはイナリを一瞥してから口を開く。
「ええとですね……イナリさん、指名手配されてます」
「のじゃ……」
イナリは静かに鳴き声を上げた。




