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豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
アルテミア崩壊

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262 メイ推理 ※別視点

<イオリ視点>


 ……とにかく、部屋の主が居ない間にもっと部屋を調べてみよう。


 まずは私が座っている寝台の横にある、神官の机の上だ。丁寧に整頓されていて、そこにあるのは一冊の手帳と羽ペン、そして大きな本と忌々しい教会のペンダントの四つだ。


 まず、手帳を手に取り適当なページを開いてみると、そこには大量の数字と「なんとか費」という項目がびっしりと並んでいた。


 似たようなものを雇い主のところで見たことがある。これは確か、「チョーボ」とかいう奴だ。昔、これの書き方を雇い主に教えられる機会があったのだが、文字があまりうまく書けない上に、計算があまりにも不得意で諦められたのを覚えている。


 ……ところで、「イナリ代」とは何だろう。私のチョーボの見方が間違っていなければ、それなりの予算が割り当てられているようだが……あの神官は、「イナリ」と何か金銭絡みの関係があったのだろうか。


 ひとまずチョーボをそっと閉じて元あった場所に戻し、もう一冊の本を手に取って開く。


「……何だこれ?」


 そこには、手紙や広報の切り抜きやが貼り付けられていて、時折たまに神官のものと思われる筆跡の添え書きがされていた。


 私の識字力ではすべてを理解することはできないが、これはアルバムとか言うものではないだろうか?奴隷時代、派遣先でこういったものを自慢するように見せられたことがある。


「ああもう、日記だったら色々探れたのに……!」


 確か、誰かが「イナリが居なくなったのは一か月以上前」みたいなことを言っていたはずだ。つまり、その辺りを探って「イナリ」に何があったのかを知るつもりだった。


 苛立ちながらページを捲っていくと、あるページで手が止まる。


「……あれ?これって……」


 そこには、「イナリ」の姿が精巧に描かれた紙が何十枚と綴じられていた。


 私はこれを知っている。勇者様が笑顔で仕組みを説明してくれた、シャシンというものだ。仕組みは全然わからなかったけれども、一枚私のシャシンを作ってもらったのだが、勇者様はまだそれを持ってくれているだろうか?


 ……それはそうと、これがここに、それも大量にあるのは気になるところだ。もしかしたら、あの神官は勇者様と何かしらの接点があるのかもしれない。


 それを頭の片隅に置きつつ、アルバムを机に戻し、そのまま引き出しに手をかける。


 その中にあったのは、忌々しい教会の紋章があしらわれた装飾品や手のひらに収まる大きさのダガーや裁縫道具などの日用品であった。


 ……ただ、その隅に、何か黄色っぽい糸を四角く編んだ物体が二つあった。手に取って見ると、何故か、「イナリ」の匂いを発しているのがわかる。


「……え、これ、毛……?」


 その編み物を構成するものの正体に気がつくや否や、私の背筋が凍った。


 あの神官は、絶対にヤバい奴だ。人畜無害な顔をしておいて、とんでもない変態だ。


 だとしたら、私はこんなところで一晩を過ごしていいのか?再び野宿になるとしても、早く逃げた方がいいのではないのか!?そうしないと、あの神官は、「イナリ」と同じように私の事も……。


「……あれ?どうして私は何ともないんだ……?」


 一旦深呼吸して、落ち着いて考えてみよう。


 ここまでに見た、寝台に染みついた匂いや数十枚に及ぶ大量の「イナリ」のシャシン、体毛を使った編み物。それに、仲間の言動の節々から滲みだす神官の異常性。


 ……あの神官は「イナリ」を狂愛している。これはもう間違いない。


 だとしたら、一ヶ月近い期間を置いて帰還した「イナリ」に対して、何もしないはずがない。何故、私は無事なんだ?何故、あの神官は私を差し置いて床に寝ると言い出した?


 私が記憶喪失設定だから気を遣っているという線は、前にも同じようなことがあったらしいことと、仲間が神官の行動に関する予想を外していることからして考えづらい。


 何なら、記憶が無いのをいいことに「私、貴方と血縁関係にあったんですよ」とか吹き込むくらい平気でしそうだ。


「……まさか、私が偽者であることは見抜いているのか……?」


 それならば、どことなく「イナリ」に対する接し方とは考えづらい神官の行動の辻褄も合う。


 だが、それとは裏腹に、神官は当初の主張を捻じ曲げて私が本物であると認めている。これはつまり、その方が都合がいいということに他ならないのだが……どうしたらそういった判断に至るのだろう?


「……まさか!?」


 一つの閃きに、私の脳内で、歯車がかみあって回り出すような感覚が走る。


 同じ部屋で過ごしていて、私物は殆どないのに、服は異様にある。それに、チョーボの記載からして、金銭絡みのやりとりがあった。


 ここから導き出される答えは、神官と「イナリ」の関係が、雇い主と愛玩奴隷の関係であったということだ。


 そしてある日、それ以上の関係を望んだ神官が「イナリ」に迫るも、あくまで仕事の関係であった「イナリ」はそれを拒み、反抗。それに逆上した神官が勢い余って「イナリ」を殺害し、名残惜しさから尻尾や頭の毛を奪い取り、死体を森に遺棄した。


 そして仲間には失踪したと伝え、捜索願を出し、善良な神官を演じる。


 本来ならばこれで話は終わりだったはずが、私が「イナリ」として現れたことで事情が変わってしまった。


 今思えば、死んだはずの「イナリ」が生きていることにより、己の罪が露呈することを恐れて動揺していたのだろう。


 そして神官は、当初こそ私を「イナリ」ではないと主張し、捜索状態を継続させようとしたものの、私が記憶喪失という設定を持ち出したこともあって、そのまま私を「イナリ」に仕立て上げた方が都合がいいことに気がついたのだ。


 ……我ながら素晴らしい推理だが、こんな極悪非道が許されるなんて、やはり神官は邪悪だ。この世に存在すべきでない存在だ。


「私がどうかしましたか?」


「んなッ!?」


 私は慌てて跳躍し、推理に夢中になっている間に背後に現れていた神官から距離を取る。何て卑怯なんだ……!


 逃げるか、それとも戦うか?体力も完全に回復していないし、相手の手札も未知数な状態で、果たしてどこまでやれるか……。


 ……いや、折角ここまで来たなら勇者様に会いたいし、この神官と勇者に繋がりがあるのなら利用するのも吝かではないか?


 相手は極悪非道邪悪最悪外道鬼畜神官だが、私だって、ナイアでの行いを踏まえたら、人の事を言えた身分では無い。


 ここは、互いに秘密を握り合った関係になった方がプラスに転じる可能性が高そうだ。


「……貴様は、勇者様を知っているか」


「はい。知っていますし、何度かお話したこともありますが……それがどうかしましたか?」


「仮に……仮に、だ。妾が会うことはできるか?」


「そうですねえ……イオリさんがいきなり教会に入るのは難しいかもしれま……あっ」


「貴様、今……」


「すみません、イナリさん、でしたね?ええと……えへへ?」


 神官は白々しく笑うが、鎌をかけてきていることなどお見通しだ。何と狡猾なのだろうか。……だが、乗ってやることにしよう。


「もういい、貴様はどうせ、私が『イナリ』でないことには気づいていたのだろうし。私がイオリであることを知っているのは気になるが……ともかく、確かに、私はイオリだ。『イナリ』ではない。それで、私は勇者様に会えるのか?」


「あ、そっちが素なんですね。ええと……少し時間は頂きますが、イナリさんとしての面会なら、やりようはあるかもしれません」


「……ならば、頼む。勇者様に会わせて欲しい。尤も、断るなら私にも考えがある」


「ええ、断言できないとは断っておきますが。……というか、そ、そんな、脅すようなことですか……?」


「当然。神官を信用するなど、ドラゴンと友達になるようなものだ」


「そ、そうですか……」


 こうして私は、外道神官と手を組むことになった。

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― 新着の感想 ―
[一言] イオリ、恐ろしい子……! 何が恐ろしいって、この頓知気な想像でも、ディルに伝えたら「エリスはそういうことやるかもしれない」みたいな扱いだってことなんですよね。
[一言] 途中までホラー映画で怪異の原因に気付いてすぐに襲われる一般人ムーブで笑ったw
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