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豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
アルテミア崩壊

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259 キャラ模索 ※別視点

<エリス視点>


「よし、これで庭の手入れは十分ですかね」


 イナリさんが神天星で暮らすようになって、早一ヶ月と少し。


 アルテミアの復興が進み、ウィルディアさんの方に手伝いに行く機会が減った私は、たまに教会に顔を出しつつ、適度にパーティの皆さんと一緒に冒険者として活動しつつ、毎晩アースさんに頼み込んでイナリさんと面会する日々を送っています。


 庭の手入れをしているのは、イナリさんが居なくなったことで成長促進されることが無くなり、作物を人の手で維持してあげないと枯れてしまうからです。


 当然と言えば当然なのですが、実は一週間近くそれを失念していましたし、イナリさんが帰ってきた時に荒れ果てた庭を見たら、きっと悲しむに違いありません。


 また、それに加えて、イナリさんの聖魔法の練習も兼ねています。


 この魔法の便利なところは、詠唱において対象の指定をせずとも、頭の中で指定できるという点です。つまり、雑草が邪魔だと思ったら、雑草の事を考えて「朽ちろ」と言うだけで簡単に除草できます。流石イナリさんの能力ですね。


「ふう……」


 園芸用のじょうろを箱の中に入れ、井戸で軽く手を洗ってため息をつきます。


 どうにも、このごろ、憂鬱な気分になることが増えてきています。


 イナリさんが身近に居ないのも原因の一つではあるのですが、それに加えて、近頃目まぐるしく変化する世界の情勢が気になって仕方ないのです。


 例えば、魔王がもう一体誕生したこと。


 「熱寒の災い」と命名されたそれは、アルテミアの北西部にある国に誕生した魔王で、一日周期で一定範囲を極暑と極寒にする、実に厄介な魔王のようです。


 これにはテイルと同様、あるいはそれ以上に各地で混乱が発生し、教会に対する苦情、暴動、しまいには終末論を叫ぶ人まで、実に混沌とした様相を呈し始めているようです。


 当然、教会側もそれを黙って見ているわけでは無いのですが、上層部での意見の統一がうまくいっていないらしく、有効な手は殆ど打てていない状態です。


 聞いた話だと、片や「教会に仇なす者は全て敵、あらゆる手段を以て魔王を滅ぼすべし」と主張し、片や「未曽有の事態には、皆で手を取り合って立ち向かわねば滅びあるのみ」と反論する……過激派と穏健派に分かれての内部分裂と評するほか無い状態になっています。


 しかも過激派に関しては、裁定を待っている状態である、魔術災害を起こした主要な魔術師達を不問に処し、再び魔法研究させたいという主張も含んでいます。


 それはいくら何でもやりすぎだと思うのですが、アルテミアの場合、国全体がアルト教に熱心な傾向にあるので、どちらかと言うと過激派の思想の方が優勢です。


 おかげで、教会に出向くと空気が悪く息が詰まってしまうので、最近は足が遠のきつつあります。


 それに、勇者であるカイトさんを巡っても意見が割れているようです。


 カイトさんは現在、魔物や悪人を容赦なく倒す立派な英雄として活躍しています。そんな彼を今すぐ魔王の方に派遣すべきか、あるいはもっと練度を高めさせて確実なものにするか、という具合に揉めています。これについては、派閥に関係なく人それぞれ意見が異なるのが、一層自体をややこしくしています。


 尤も、私の場合、カイトさんが英雄のように振る舞っていること自体に違和感があるのですが。一体どうなることやら……。


 さて、他にも不穏なことがあります。


 これは噂で聞いただけなのですが、ナイアで獣人と教会との衝突があったらしいのです。詳しいことは分からない以上、ベイリアさんやグレイベルさんの無事を祈ることしかできませんが……。


「うう、イナリさんに会いたい……」


 神官服のポケットから、「イナリさんお守り」とシャシンを取り出して眺め、気を紛らわせます。


 そもそも、一日一回、約四時間だけしかイナリさんと面会できないというのはあまりにも酷だと思うのです。神天星は時間の流れが半分ほどになっているらしいので、二十時間くらい居させてくれてもいいのでは?


 あるいは、イナリさんの部屋の隅に敷かれている、「フトン」なる寝具で一緒に寝させてもらうだけでも……。


「おーい、エリス姉さーん!!」


「ん?……リズさん。どうしたのですか?」


「イナリちゃんが見つかったの!今、冒険者ギルドの救護室にいるから、急いで来て!」


「……はい?」


 思わず、呆けた声で聞き返してしまいます。私の聞き間違いでなければ、イナリさんが見つかったと言いましたよね……?


「ええと……ちょっと支度しますので、ここで待っていていただけますか?」


「うん、わかった!あ、他の皆にはもう声をかけてあるから、気にしないでいいよ?」


「そ、そうですか。ありがとうございますね」


 困惑しつつもリズさんに礼を言いながら一旦自室まで戻り、アースさんと連絡を……いや、いっそイナリさんに直接尋ねた方が早そうですね。可愛い声が聞けて一石二鳥ですし。


 ――イナリさん、地上に戻ってきたりしてます?


 ――ん、何で?


 ……何か、反応からして何にも知らなそうな感じがします。やはりアースさんの方に問い合わせましょう。


「――どうしたの?何か、イナリが困惑してたけれど?」


「あの、イナリさんって……実は、複数人いたりしますか?それか、分裂出来るとか……」


「本当に何を言っているの???」


「わ、私もよくわかってないんです!……ただ、先ほど、イナリさんが見つかったと報せが入りましたので」


「ふーん?どうせ、他人の空似だと思うけれど。……まあ、一回その『イナリさん』とやらを見てきたらいいんじゃないの?一応言っておくけど、私達は何も知らないわよ」


「わ、わかりました……」


 私が返事を返すと、そのまま通信は終了しました。


 何だか私がおかしいようで釈然としませんが、アースさんの声の後ろで、終始イナリさんが「我がどうしたのじゃ?」などと言っていたのは良かったので、よしとします。


 それにしても、その他人をイナリさんだと思っている様子のリズさんには、何と言ったら良いものでしょうか。事実をありのままに告げるのは少々勇気が要りますが……。


 はあ、そう考えるとまた憂鬱になってきました。後でイナリさんに労ってもらいましょうかね……。




<???視点>


「ううむ、『私はイナリだ』と言う言葉はおかしかったのか。それとも、口調や言い方の問題か?」


 私は先ほどの会話を分析する。少なくとも、受け答えに問題は無かったはずだ。


「……まさか!?」


 気狂いのような発想ではあるが、何かの間違いで私が本当に「イナリ」になっている可能性はある。私は慌てて毛布をめくりあげ、無地の白い服の内側を覗いて己の体を確認してみる。


 ……そして、この考えが単なる妄想であったことを再確認した。


「……まあ、そう上手い話なんて無いな。私は、私なんだ」


 もしかしたら己の罪が無に帰して……「イナリ」には悪いが、新たな人生を歩めるのかもしれないなどと期待してしまったが、流石にそこまで都合の良いことなどあるわけが無かった。


 ……いやでも、その方が勇者様に会った時のことを考えると都合がいいのか。寧ろ、本物の「イナリ」を見て私だと思われる方が、勇者様が私の事を認識していないという意味では問題だ。


 こうなると、いよいよ私は勇者様に会うためにも「イナリ」にならないといけないのだが……。


「まずは一人称かな……うーん、『私』は微妙そうだったよなあ。それに確か……身なりが良かったから、どこかの族長の娘とかなのかも?」


 頭の中であれこれ「イナリ」の人格設定を練っていると、再び扉が開く。


「ようイナリ、散々迷惑かけてくれたな?」


「ディル。気持ちは分かるけど、いきなりそんな言い方はダメだ」


 部屋に入ってきたのは、「イナリ」を知っているであろうことが伺えるガラの悪い黒髪の男と、それを咎める温厚そうな青髪の男だ。


 ……ひとまずここは、謝罪しておくのが無難だろうか。


「……すまなかった。妾が……迷惑を掛けたな」


「……あ?お、おう……」


「なるほど、リズが言っていたのはこれか」


 何故か、謝罪をしただけでものすごい困惑されている。……本当に何でだ?


「失礼、まだ目覚めたばかりで混乱しているのでな。本来妾は、どう答えていたのだろう?」


「あー、そうだな……大抵謝らないし、言い訳してたよな?」


 ディルとか言う男がもう片方の男に確認すると、彼は躊躇いつつも頷いて返す。


「そ、そんなことが許されるのか……!?」


 人生の大半を奴隷として過ごしてきた身としては、それは信じられない事だ。こんな横暴が許されるなんて、どんな身分なのだろうか?


「とりあえず、他にあと一人か二人来るはずだ。それまで待っていてくれ」


「あ、ああ……」


 ひとまず、一人称は「妾」で良さそうだが…もしかしたら、とんでもない少女に成り代わってしまったのかもしれない。

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― 新着の感想 ―
[一言] >> 本物の「イナリ」を見て私だと思われる方が、勇者様が私の事を認識していない そのシーン、この間やったんですよ。 ほんとうに勇者クンハサァ……。
[良い点] 物語の展開が斬新で面白く、最初から一気に読み終えました。更なる展開が楽しみです [一言] イオリさんのこれからに、ハラハラしています。ハッピーエンドになって欲しい。可能ならばイナリのグルー…
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