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豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
アルテミア復興

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254 (水が押し寄せてくる音)

「ううむ、暗いのう……」


 イナリは現在、壁に片手を付けつつ、慎重に洞窟を進んでいた。


 何故こんなことになっているのかというと、エリスから聞いて食したスターゲイザーなる花の効果は、洞窟に足を踏み入れた直後には薄れ始め、一分も経った頃には完全に役に立たなくなったためである。


 きっと本来ならば、真昼かのようにくっきりと見えるようになるはずだったのか、あるいもっと持続時間があったのか……何にせよ、有用だったのだろう。


 これは、イナリの毒を無効化する体質が災いしたと思われる。あるいは、食べ方や用量を間違えただけなのかもしれないが、何にせよ後の祭りである。


 そんなわけで、イナリは暗闇に目を慣らし、手探りで進むことを余儀なくされた。


 しかも、草履を履いているのも相まって、既に何度も滑っては転んでいる。厄介なのは、背にブラストブルーベリーなどが入った背嚢を背負っている都合上、絶対に後方に倒れないようにしなくてはならないということだ。


 そんな理由もあって、頭から地面に激突するたび、イナリのやる気はどんどん削がれていった。特に、ゴブリンの亡骸の上に転んだ時など、それはもう最悪な気分であった。


「む?ここは穴が空いておるのう。危ないのじゃ」


 今いる場所はやや広がった空間になっているが、それを両断するように深い溝が走っている。反対側までそう開いた距離ではないが、転落の可能性は大いにあるだろう。


 それを確認したイナリは、慎重に穴の大きさと跨ぎ方を計算し、意を決して飛び移った。仲間の目を掻い潜ってここに来たのだから、うっかり落ちて計画が頓挫するなどという目も当てられない結末は御免である。


「さて、この後は……む?明かりじゃ!」


 進行方向を探していたイナリは、ふと影に橙色の光が差し込んでいることに気がつくと、跳ねるようにそちらへ向けて足を動かした。


 そして見つけたのは、洞窟の壁にたてかけられた松明の火の光であった。他に人影やゴブリン影は無く、ただ火が灯った松明があるのみである。


「ふう、久々の明かりじゃ。温かいのじゃ……」


 イナリは松明の傍に腰掛け、その温かみと照明の有難さを噛みしめながら辺りを見回す。気休め程度だが、削がれ続けていたイナリの気力が回復するのを感じる。


 洞窟に足を踏み入れて以降、初めて明るい場所に来て気がついたことだが、イナリの手や服は血に染まっていた。


 きっと転んだ時に付着したのであろうが、まるでイナリが道中のゴブリンを手にかけたかのような雰囲気を醸してしまっている。後でしっかり洗い落とさねばならない。


 それはそうと、周辺には、ゴブリンの死体や、きっと彼らが建てたであろう粗末な造りの柵や罠らしき何かの残骸などが転がっている。きっと少し前まで、エリックやカイトがこの辺で戦っていたのだろう。


 洞窟の奥を見れば、他にも松明の明かりが続いているのがわかる。恐らく、この辺りが冒険者たちが攻め入った場所の境界辺りでは無いだろうか。だとしたら、もう目的地はすぐそこということになるから、少し休んだら早速計画に着手しよう。


 そんな事を考えつつ、何気なく耳を澄ませば、イナリの狐耳が色々な音を拾う。


 やや溜息ともとれる己の呼吸音。己の尻尾が地面を叩く音。松明の火が燃える音。洞窟の天井から滴る雫の音。洞窟の奥から反響する、野太く聞き苦しいゴブリンの声。洞窟の入り口から聞こえる、滝のようにごうごうと水が流れる音。


「……いや、滝なんて、あったかのう?」


 冷静に不審な点に気がついたイナリは立ち上がり、己が歩いてきた道を思い起こす。暗くてわかりにくかったとはいえ、こんな滝のような音を発するような場所は無かったはずだ。


「だとすると、これは何の音じゃ?」


 ひしひしと嫌な予感を感じつつも、イナリは先ほど飛び越えた溝の辺りまで移動し、うんうんと唸る。こうしている間にも、水の音は次第に大きくなってきている。


「ううむ……。あ、もしや、見落としていただけで、どこかに我が行かなかった分岐が――」


 イナリがそう考えた直後、眼前に勢いよく、ここまでの道中にあった物を伴って大量の水が流れ込み、先ほどイナリが飛び超えた溝へと流れ込んでいく。


「あっ、た……のじゃ?」


 イナリは言葉の勢いを失い、しばし茫然とした。一体何故、己が歩いて来た道が川になっているのだろうか?


 茫然としている間にも水は流れ込んでいき、少しずつ溝を満たしていく。きっとそのうち、イナリが今立っている場所にも水が流れ始めるだろう。


「に、逃げるのじゃ!」


 その事実に思い至ったイナリは、訳が分からないまま洞窟の奥へと走る。イナリは混乱状態に陥っており、最早、さっさと自爆して天界に逃げようということしか頭に無かった。


 イナリは、水流のことなど何も知らず、道を塞ぐように盾を構えて警戒するゴブリン達の間をすり抜け、やや開けた最奥と思われる場所の、如何にも最上位と言わんばかりに大きな椅子に座って構えるゴブリンの前に駆け寄った。


 そして、救命魔道具を懐から取り出し――


「……そういえば、どうやって使うんじゃコレ?」


 ――首を傾げた。たとえ命を救う魔道具であっても、使い方がわからなければ何の役にも立たないことが証明された瞬間である。


 イナリは役に立たない魔道具をその辺に放り投げると、背嚢を逆さにして、一心不乱に全てのブラストブルーベリーとテルミットペッパーをばら撒き、風刃をぶつけて爆発させた。


 それは周辺の樽や箱を誘爆させ、洞窟の壁を破壊する。崩れ落ちた岩がこの場にいるゴブリンの頭上に降り注いでいき、推定ゴブリンキングが抵抗虚しく押し潰される場面も確認した。


「……よし、あとは脱出――」


 イナリが指輪に手をかけた瞬間、先ほど放り捨てた魔道具が音を発して、イナリの頭上に降り注いでいた岩を弾き飛ばした。


「お、おお、こんな感じなのじゃな……」


 魔道具に救われて腰が抜けたイナリは、へたり込んだ姿勢のまま天界に転移した。


「……ん?あら、イナリじゃない……って、その姿、何があったの!?」


 すると、何故か当然のようにこちらの世界の天界にいるアースが、血と砂埃にまみれたイナリの姿を見るなり駆け寄ってくる。


「人間に酷い事されたの?大丈夫?世界、滅ぼす?」


「いや、やめるのじゃ。我はそれを阻止するために動いたのじゃからな」


 気軽な感じで物騒なことを口走るアースを、イナリは食い気味に制止した。


「ええと、詳しく話すと長くなるのじゃが――」


「ああ、まずは着替えて綺麗にした方がいいわ。私の服を貸してあげるから」


 アースはそう言うと、背後に着替えるための幕を出現させた。




 イナリがアースと同じ黒いドレスに着替えると、椅子と机を出して茶を飲むことになった。その流れに乗じて、ここに来るに至った経緯をイナリは説明した。


「――と、いう感じじゃな」


「なるほど、そう。……頑張ったのね」


「うむ。転移者が死んで連帯責任なぞ御免じゃからの。……のう、この連帯責任はどうにかならんのかや?」


「そこは譲れないわ。前も言ったけど、譲歩としては最大限よ?」


「それはそうじゃが……」


 イナリは頷きつつ茶に口をつけた。先ほどの一件で溜まった疲れが抜けていくのを感じる。


「ま、何にせよ、転移者を守ろうとしてくれたことは感謝しているわ。流石ね」


「うむ。さて、我は少し休んだら帰ろうと思うのじゃ」


「……少し考えたいことがあるから、帰るのは少し待って欲しいわ」


「む?何かあるのかや」


「ええ、ただ……とにかく、時間を頂戴。この茶菓子をあげるから」


「わかったのじゃ」


 アースに差し出された茶菓子を受け取ると、イナリはそのまま口に運んだ。

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