249 あったかもしれない未来
作戦決行当日。
アルテミアの近くの森の手前のキャンプ地で、ゴブリンの掃討作戦に参加する兵士と冒険者が集まっていた。
あちこちで作戦に関する打ち合わせや準備で忙しくしている中、隅で縮こまるように、一匹の狐と一人の少年が座っていた。
「……我、どうしてお主と組まされたのじゃ?」
「……何ででしょうね?」
二人は空を見上げて呟いた。
時は巻き戻り、イナリが拗ねて帰ろうとした後の事。
エリスの膝を枕に不貞寝するイナリをよそに、イナリが活躍できる方法を皆が議論していると、ギルドに二人の人間が訪れる。
「……え、なんで来たのあの人?まさか冒険者になるのかな……?」
「いや、どうだろう。少なくとも、勇者は乗り気じゃないみたいだけど」
リズとエリックの言葉にイナリも寝返って目をやれば、そこには、顔を青くした勇者カイトと、以前彼を連行していった神官の少年の姿があった。
ただ、イナリの耳がカイトの「もう無理」という譫言を拾っている辺り、以前とは事情が異なるように思われ、そこにかつて元気に冒険者を志望していた少年の姿は無いのだが、その辺は問題無いのだろうか。
皆が疑問に思っていると、神官の少年がイナリ達の方へと歩み寄ってくる。
「おはようございます。つかぬことを伺いますか、『虹色旅団』という冒険者パーティをご存じでしょうか?」
「ああ、それなら僕達のことですが」
「そうでしたか。僕はファシリットと申します。先日はうちの勇者がお世話になりまして、まずはそのお礼をさせて頂きたく。こちら、つまらないものですが」
「それはご丁寧にどうも……?」
ファシリットと名乗る少年は、硬い口調と共に箱を皆の前に差し出し、代表してエリックが受け取る。
「それでですね、もし差し支えなければなのですが……後日決行されると噂のゴブリン掃討作戦に、カイトさんを連れて行ってほしいのです」
「今まで教会で保護してたのに、どういう風の吹き回しなのかな。前みたいに神官さんを連れていけばいいんじゃないの?」
「そも、今のそやつはそれを望んでおらぬようじゃが。そんなのを押し付けてどうするつもりじゃ?」
「お、押し付けるって……」
イナリの何気ない一言がカイトを傷つけた。それをよそに、ファシリットは真顔で答える。
「カイトさんは、じきに魔王を討伐する役目を負っている方です。しかしその道は険しく、戦闘経験に乏しい神官が同伴するというのは現実的でないのです。本来、神官の補助と共にアルテミア周辺の魔物退治で少しずつ慣らした後、最終的には勇者単身で魔王討伐へ向かわせる予定だったのです」
「それは何というか……かなりハードじゃないか?」
「過去、勇者が仲間を率いて魔王討伐に赴いた例は少数ですし、さほど珍しいことではありませんね。ただ、それをカイトさんにも適用して良いのかはわかりませんが……」
ファシリットの言葉に、ディルとエリスがそれぞれ反応を示す。
「仰る通り、先日の件より、カイトさん一人を魔王討伐に派遣するのは難しいと判断されました。したがって、魔王討伐の同伴者を選定することを視野に入れるために、先日共闘したこともある皆様と共に行動し、実戦的な経験を積ませたいと思ったのです」
何やら長々と口上を述べるファシリットの主張を要約すると、「神官以外と一緒に戦う経験を積んで欲しいので、魔王討伐の前の訓練の一環としてカイトを預かってくれ」ということだろう。
「理由についてはわかったが、俺たちだって命を懸けた仕事をしてるわけで、手取り足取り教える余裕なんて無いし、ましてや、そんな戦意喪失状態のやつを連れていくなんて論外だ。その辺はどうなんだ?」
イナリが知る限りでは「虹色旅団」はあまり負傷する機会は無いし、しかも回復術師が居るので失念しがちだが、冒険者とは本来、常に命を危険に晒す職業のはずだ。それは、先日会話したおやつお姉さん(仮称)の件からも明らかである。
ともすれば、危険な要素は少しでも排除したいというのが普通だろう。ディルの問いは、非情なようで理に適っている。
さて、ディルの問いにファシリットはどう答えるのだろうか。
「その点は問題ありません。同行すると言っても、基本放置で結構ですし、囮としてでも使ってください」
「……え、リズの聞き間違い?何か、すごい道徳的にヤバそうな言葉が聞こえたんだけど」
「ああ、誤解なさらないで欲しいのですが、カイトさんはものすごく頑丈なのですよ。それこそ、剣で刺しても傷一つ負わないほどです」
「……確かに、ゴブリン達にボコボコにされてたけど、怪我はしてなさそうな様子だったね。付き人の神官たちが治したのかと思ってたけど……」
「はい。一切治療は行っておりません」
「そ、そうなのですね。ですが、少なくとも心的な傷は負っていそうですが……。それに、アルト教の理念的に問題無いのですか?確か、アルト神の遣いだと唱えている方が居ますよね?」
エリスは婉曲的にランバルトの言葉を引用して問いかける。
「それについては色々な解釈があります。しかし、どちらにせよこれは必要なことです。今後、もっと辛い事などいくらでもあります」
「そ、そうなのですか……?」
「これが勇者に対する仕打ちかや……」
終始困惑気味のエリスに続き、イナリは静かに震えるとともに、そして目の前の少年を哀れんだ。
きっと彼の言う「ものすごく頑丈」というのはイナリと同様、神の力に由来するものなのだろう。
ともすれば、一歩間違えたら、自分もこんな風に囮として毎日を生きることになっていたのだろうか。以前、リズに盾役を提案されてエリスに却下されたことがあったのを思い出すと、全然あり得る未来であった。
「ああそれと、当然の事ですが、報酬はしっかり払わせて頂きます。如何でしょうか?」
「……善処はしますが、場合によっては同行させず、帰らせるかもしれません。報酬は後払いで結構ですが、その際は、依頼破棄として処理して頂くことで同意して頂ければ」
「ええ、承知しました。依頼書の方はすぐに用意します」
エリックが答えると、ファシリットは満足げに頷き、そのままギルドの受付方面へ歩き去っていった。そして後に残されたのは、茫然自失とした少年、カイトである。
「まあ、何だ。とりあえず座れよ。何か食うか?」
「いえ、大丈夫です……」
ディルはカイトの事を気に入っているようで、それなりに親身に接している。デリカシーが無い者同士、共鳴するものがあるのかもしれない。
「カイトさん、大丈夫ですか?先日話した時と比べて、大分参っている様子ですが」
「はい、大丈夫……ではないですけど。その、この前ゴブリンに袋叩きにされた記憶が脳に焼き付いて消えなくて……」
「傍から見ると大分酷いことになってたからね。それに、魔物の死骸を見るのも辛かったんじゃない?」
「はい。あんな光景見るのは初めてでした」
「同情はするが、動物の解体とかをしてたら多少の耐性はつきそうなものだが」
「いえ、そういうのもしたことは無いです」
「お前、どういう環境で育ったんだ……?」
ディルはカイトに心底不思議と言わんばかりの口調で問いかけた。
「てかさ、そんなんなのに奴隷商に襲い掛かったの?ますます正気じゃないでしょ」
「それについてはちょっと、こう、気分が高揚していたというか……今回の件で目を覚ましました」
「ふーん。まあ、今後冒険者になりたいとか言われなければ、何でもいいけどさ」
リズは頬杖をつき、髪の毛を弄りながら返した。
「ところで、結局我はどうなるのじゃ。家で待っておれば良いのかや?」
「ええと、その件なんだけど――」
エリックは考える仕草と共に、彼の考えを口にし始めた。




