246 事後報告(後)
手紙に目を通したディルは、イナリを引き連れて倉庫に移動した。エリスは固まったままだったが、多分、戻ったころには解凍されているだろう。
ディルは手紙を机の上にやや乱暴に置くと、近くにあった椅子に座って口を開いた。
「結論から言えば、読まなければよかった。面倒なことに巻き込んでくれたな?」
「一体何が書かれておったのじゃ?」
「一番重要な点だと、ベイリアさんの手紙ではぼかされていた部分に関する情報が書かれていた」
「ふむ、良いではないか。疾く内容を教えるのじゃ」
「そうだな、まずはあの魔道具の件だ。……実験を理由に設置されたらしく、期待されていた効果は魔力への干渉を通した意思への介入だそうだ」
ディルは手紙の内容の要点を告げつつ、手紙を再び手にとってまじまじと眺める。
「本当はもっと長ったらしく色々と……マインド何とかがどうとか書いてある。少なくとも要点は正しいはずだが、魔術師ってのはこう、一から十まで説明しないといけない決まりでもあるのか?」
「まいんど……?何か、どこかで聞いたような響きじゃ。で、それだけかや?別にそれを知ったところで、何にもならないじゃろ」
「その通りだが、本題はここからだな。首謀者についてだ」
「ふむ。しかし、ベイリアの手紙でこそ不明とされておったが、……確か、村人だかの話では神官があれを置いていったのじゃろ?つまり、そやつが犯人で決まりじゃ」
「あながち間違いではないが、その裏には誰がいるのかっていう話だ」
「裏、とな?」
「ああ。あんなでけえ魔道具、頼まれもせずに運ぶような奴がいるかって話だ。しかも、本来あの辺には、ベイリアさん以外にも神官がいるはずだったわけで、なおの事独断で動く可能性は否定できるわけだ」
「ふむ。……以前我が攫われかけたときにも思うたが、お主、結構頭が回る奴なのじゃな。少し見直したのじゃ」
「だろ?……まあ、今の説明はほぼ手紙の受け売りだがな」
「前言撤回じゃ。お主、我の事を馬鹿にしておるのか?」
イナリは目の前の男を睨みつけた。しかし彼には全く効いていないようで、そのまま何事も無かったかのように話を再開する。
「で、気になる首謀者だが……何と、アルト教の幹部らしいぞ」
「はあ。別に、そう驚くことでもなかろ」
神官が部下なら、その裏に居るのは当然神官より上の立場の者であろう。散々勿体ぶった割には想像に難くない、しょうもない結論であった。
「本当にそう思うか?もしこの話が本当なら、アルト教ってのは、魔王討伐やら世界平和やらを謳いながら、実際は裏でヤバいことをしている集団かもしれないんだぞ?」
「ああ、確かにそういう意味合いでは、重要と言えるかもしれぬ。……ちなみにそれも、グレイベルの言かや?」
「そうだ」
「そうか」
何故他人の言葉を己の手柄のように口にできるのか、イナリは心底不思議であった。
「実際はもっと踏み込んだことを言っているけどな。もうそのまま読むか。『アルト教には何か裏がありそうだ。とはいっても、陰謀を暴けだとか、解決しろだとか言っているわけじゃない。ただ、神官に注意した方がいいとだけ言いたい。追伸、信用できる者には、この手紙を見せて構わない』……とのことだ。見た限り、本当にイナリに言いたいことはこれなんだろうな」
「つまり、その『信用できる者』に見せて全容を理解しろということか。もう手遅れじゃけど」
「そうだな」
二人はため息をついた。過程はどうあれ、ディルに手紙を見せたのは正しい選択であっただろう。
「で、手紙の内容自体はこれだけなんだが……このグレイベルってのは、本当に何者なんだ?」
ディルは手紙を折り畳み、机に放り投げる。
「ひとまず手紙の内容が事実だとして。教会が全力で隠蔽している情報を入手できる方法があるような奴、明らかに普通じゃないぞ?」
「……実のところ、我もそんなに知らんのじゃ」
「……マジ?」
「まじ、じゃ」
「そうか。まあイナリだしな……」
ディルは脱力して呟いた。一体彼はイナリの事を何だと思っているのだろうか。
「それで納得されるのは腑に落ちないのじゃ」
「気にするな。で、一つ問題なのが、これを知ったところで安易に拡散できないってことだ」
「む、そうなのかや。今の我は皆の事をある程度信じておるし、何も問題無いと思うのじゃが?」
「それは良いんだが、この話の裏が取れない以上、これはただの妄想と変わらないし、変に教会に対する疑心を持つと、生活に支障が出るかもしれない。この国なんかは総本山なんだから、なおの事な。つまり、確証が得られるまでは、話半分で俺たちの中に留めておいた方がいいんだ」
「ふむ。確かに、言わんとすることは理解できなくもないのじゃ。では、今はそうしておくとするのじゃ」
「ああ。一応、俺も注意はしておくが。つーわけで、この話は終わりだ。これはどうする?」
ディルは手紙を持ち上げてイナリに見せる。
「お主が保管しておいて欲しいのじゃ。我が持っておると、エリスに見られてしまうでな」
「それがよさそうだな。あいつ、結構頻繁にお前の事を調べているからな」
「うむ……うむ?」
何か聞き捨てならない台詞こそあったが、ともかく、手紙の件についてはこれで一区切りと考えていいだろう。
二人は倉庫を後にして、再び皆の居るリビングへ戻った。
「戻ったのじゃ。手紙の内容は我を案ずるもので、そう大したものでは無かったのじゃ」
「へえ、いつの間にグレイベルさんと仲良くなってたんだね」
「うむ。まあ、色々あっての」
イナリが適当に手紙の内容を誤魔化して告げると、エリックが感心したように返事を返してきた。
「……で、エリスはまだ固まっておるのか」
「うん。すごいよ、コカトリスに石化されちゃったみたい!」
リズが杖の先端でエリスの腕を小突くと、彼女の体勢はそのままにぐらりと揺れ動く。その様子はさながら石像のようだが、一体どういう仕組みなのだろうか。
「何と器用なことをしておるんじゃか。おおい、エリスよ、大丈夫かや?」
「……ハッ!?」
イナリが再びエリス頬をぺちぺちと叩いて声をかけると、彼女は再び動き出す。
「あれ、私は一体何を……あ、そうだ、手紙でした。見せてください、私が読んであげましょう」
「あー……。手紙なんて、最初から無かったのじゃ」
「あれ、そうでしたっけ?」
「うむ。さて、腹が減ったのじゃ。朝食を作ってくれたもれ」
「そうですね、そうしましょうか」
イナリは立ち上がってキッチンに向かうエリスの背を眺めた。
そう、手紙なんて、最初からなかったのだ。
「今日も暇じゃなあ」
「暇だねえ」
昨日に引き続いて、今日もイナリはリズと共に冒険者ギルドで過ごすことになった。
既に定期連絡の兵士は来たし、冒険者たちも出払っていて、要するに、自由時間と言って差し支えない状態だ。
一応依頼を出しに来る住民も居ないことは無いが、『○○で食事を買って届けてほしい』とか、『緊急で薬草が要る』とか、はっきり言ってイナリでもこなせるおつかい程度のものが殆どだ。
その辺の事務手続きはリズ以外の事務員が請け負うし、依頼遂行も冒険者が片手間に遂行するので、要するに、イナリやリズが出張る余地が無いのだ。
そんなわけで、二人は事務室に備え付けられたソファでぐだぐだと過ごしていた。
リズは魔法書だか魔導書だかを読んで時間を潰している間、イナリは手紙の一件に少し思いを馳せることにした。
「ううむ……」
グラヴェル曰く神官に注意しろとのことだが、果たしてどう捉えたものか。
彼の中ではエリスについても再考を促しているのだろうが、彼女はもう十分に信頼関係を築けているし、今更裏切られるかもとか、そんなことは最早考えなくていいだろう。
また、メルモートの神官たちや聖女アリシア、ベイリアをはじめとする、旅の道中に見た神官の多くも、悪印象のある者は居なかった。
一方、神官の中で嫌な感覚を覚えた者と言えば――。
「ランバルトがちと怪しいか……?」
勿論、現状において彼がイナリに対して何をしたわけでもないのだが、順位付けを行うとしたら、間違いなく一番胡散臭いのは彼である。
考察こそしていないが、彼がイナリの不可視術を無視してきたのは意味不明だ。
少なくとも聖女ではないとなると、それとは別の形で神の力との繋がりがあるということになるのだが、だとすればそれは一体何なのだろうか。……まさか、「聖女」というのは性別を限定するものでなく、あの翁も「聖女」だったりするのだろうか。
イナリは、ランバルトがアリシアと同様の衣装を着ている様子を思い浮かべる。
「……何か、考えなければよかったのじゃ……」
イナリは心底後悔しながら、ソファに備え付けられたクッションに顔を埋めた。




