242 任務完了 ※別視点あり
<エリック視点>
「……あいつ、大丈夫かなあ……」
イナリちゃんをゴブリンの拠点へ先行させ、破壊工作が行われるまでの間の待機時間。僕がディルと共に装備を構えて近くで待機していると、ディルがふと呟く。
「……心配なのはわかるけど、エリスが過保護すぎてそう見えるだけで、イナリちゃんは一人で動けるはずだよ。この前のニエ村の件もそうだったでしょ」
もっと言うなら、今回の作戦にゴーサインを出したきっかけもそれだ。
「いや、それはわかる。それはわかるんだが……あいつの『わかったのじゃ!』の声を聞くと、何とも言えない不安感に襲われるというか……」
「……そういうことかあ」
ディルが若干気色悪い声真似をする。リズからは杖で殴られるほど不評だったはずだけれども、本人は気に入っているのか、定期的にこういうことをする。ちなみに、僕も別に彼の声真似は好きじゃない。
それは置いておくとして、ディルがイナリちゃんについて不安感を抱く気持ちはわからないことも無い。何というか、喋り方のせいか見た目のせいかはわからないけれども、彼女の返事は全然わかっていなさそうな印象を抱かせることが多々ある。
今回も、簡易的な地図を用意し、物資を背負わせ、どこで何をするべきかというのは念入りに擦り合わせたけれども、返ってきた返事は「わかったのじゃ」だった。
エリス談ではイナリちゃんは見た目よりは賢いとのことなので、きっと大まかな部分はわかっているのだろうけれども、数度の確認を踏まえてもなお、細かい指示がどの程度通っているかは未知数だ。
「ひとまず、有事の際の対応は決めてあるし、今は僕達だけだから、最悪何かあってもリカバリーは出来る。気楽に行こう」
「気楽にって言ってもな、もしイナリに何かあってみろ?……俺たち、殺されるぞ」
ディルの言葉に、今この場に居ない僕らのパーティの回復術師の事を想起する。
「……そ、そもそもイナリちゃんは不可視術があるし、それが無くても、僕達がイナリちゃんに何かがないようにすればいいだけの話だ。それこそ、昔のリズを介護してた時みたいな感じで」
「ああ、それはわかりやすくて助かるな。あいつ、森で火炎放射とか平気でしやがって、本当に――」
ディルが笑いながらリズの事を話していると、突然森に爆音が響き、爆風が駆け抜けて草木が揺れ、鳥や動物が騒めきだす。
「……本当に、ヤバかったよな。あいつ、絶対爆弾の分量間違えただろ」
「……とりあえず行こうか」
僕達は武器を持って、ゴブリンの拠点があった場所へと向かった。
ディルには逃げ惑うゴブリンの対処を任せ、僕は燃える木々を掻い潜りながら、拠点周辺のゴブリンを倒しつつ、イナリちゃんを探すことにした。
今回は三人だけということもあり、比較的小規模なゴブリンの拠点を選んだ。つまり、物資として用意したものの一、二割程度、多くても三割も使えば十分なはずだった。
でも、視界に入ってくる燃え盛る木々を見る限り、絶対にそれ以上の量を使用していると断言できる。
僕のコミュニケーションミスか、それとも、何か爆薬を増量せざるを得ないような理由があったのか……。反省は後にして、まずは自分の役目を果たすことにしよう。
そう意気込んだものの、一切ゴブリンと遭遇することなく、かつてゴブリンの拠点だったであろう場所へと到達した。そう判断した理由は、ここだけ拓かれた土地だと察せられることや、周辺にゴブリンの一部らしき物体や、彼らが好んで作る盾や武器が転がっている点だった。
「……ん?これは……」
引き続いて拠点を見てまわっていると、一体だけ損傷が比較的少ないゴブリンの死体を発見した。けれども、すぐにそれがただのゴブリンではなく、上位種一歩手前の個体であることに気がつく。
細かく言えばゴブリンには様々な種類が居るけれども、上位種になると軒並み厄介なことになる。恐らく既に事切れているだろうけれども、ただ気絶しているだけの可能性もあるので、念には念を入れて剣を数度突き立てておくことにした。
「さて、次はイナリちゃんか」
ここで、以前リズがイナリちゃんの窒息を懸念していたことを思い出す。
イナリちゃんは異様な物理耐性と魔法耐性を兼ね備えているけれども、痛覚自体は人並みのようだし、炎によって呼吸ができなくなり、そのまま倒れている可能性はあり得る。
そういった懸念も念頭に置きつつ、エリスがイナリちゃんに持たせた発信機を示す羅針盤を取り出して、その方角を確かめる。
「……こっちか」
羅針盤の示す方向を辿れば、地面に発信機が転がっており、その隣で、見覚えのある狐の少女が倒れているのが見え、最悪な可能性が頭を過りつつも、そばに駆け寄る。
「イナリちゃん!大丈夫!?」
「む?……おお、エリックか。我は大丈夫じゃが、ちと腰が抜けてしもうてな」
イナリちゃんは、周囲の状況とまるで噛み合わないようににへらと笑う。
「わかった。とりあえず、安全な所まで運ぶよ」
「うむ、頼むのじゃ。それにしても、爆破は意外と楽しいのじゃな!てるみっと爆弾を使うと草木が燃えてしまうのが玉に瑕じゃが、その点に目を瞑れば、実に気分が良いのじゃ」
「んー……そ、そっか……」
何やら変な趣味に目覚めそうな様子のイナリちゃんに、僕は短く返事を返すことしかできなかった。
「のう、お主の鎧が熱を帯びてあっついのじゃ。どうにかならぬか?」
「出来るだけ早く下ろすから、ちょっと我慢してほしいかな」
僕は近くの発信機を拾ってイナリちゃんに掴ませ、抱え上げてその場を後にした。
<イナリ視点>
「――それで、続けてもう二カ所拠点を潰してきた、と」
エリスが鉄板の上の肉を切りながら確認するように呟く。
その日の夜、イナリ達が街に戻った後は、「虹色旅団」の面々で冒険者ギルドで集まって食事をとり、厨房で余らせている食料の消費に貢献していた。
「うむ!ついでに採取物もいくつか取ってきたからの。よくわからんが、昇進できるらしいのじゃ。のう、リズよ?」
「うん。等級2に上がるには十分だし、等級3の要件にも繰り越せそうだから、明日にでも手続きをしちゃおう。……あ、昇進要件はここだけの話でお願いね?」
リズが顔の前に人差し指を立てるのを見つつ、イナリは再びエリスの方を見る。
「だそうじゃ!」
「なるほど、なるほど……」
エリスは笑顔で二回大きく頷き、尻尾を勢いよく左右に揺らすイナリの頭に手を置いた。
「エリックさん、ディルさん。お話があります」
「……はい」
「魔物の対処にあたっている人々の健康状態はわかりますか?」
「……あ、そっちの話か。具体的な数字はわからないけれど、怪我人が毎日出ているのは確からしいね。教会の方で治療はしてもらえるみたいだから、そこまで問題にはなっていないみたいだけど」
「なるほど、そうでしたか……。あと、ゴブリンの拠点の数が多すぎるのも気になりますね」
「多分、この街の状況を察して調子に乗って拡充しているんだろうな。拠点が分散しすぎて本拠地が全然特定できてないし、潰してもすぐにまた拠点が生まれるって寸法だ」
「そうだね。普通、拠点を三カ所潰したら向こう一週間は安泰のはずだけど……まだまだゴブリンはいるみたいだ。放置していると侵攻されかねないし、かなり重要な問題ではある」
「リズみたいな魔術師がいっぱいいればゴリ押し出来るんだけどねえ。兵士さんだけじゃ限界はあるし、魔法学校は勇者にお熱だし、ギルド側の呼びかけで来る人材も大体お金目当てのヤバそうな人ばかりだし……うまくいかないねえ」
「我もいまいちうまくいかないのじゃ。でも今日は爆破ですっきりできたからの、明日からまた頑張るのじゃ」
「ええ、一緒に頑張りましょうね。……ねえエリックさん、ディルさん。私のイナリさんに火遊びを教え込んで、どう責任を取るおつもりで?」
エリスが笑顔で男性陣に迫ると、彼らはふいと視線を逸らす。
「いや、流石にそれは予想外と言うか……」
「こいつ、最初は爆破でビビってたし、まさかこうなるとは誰も思わんだろ」
「なるほど、言い訳はそれで以上ですか?では言わせてもらいますが――」
ここから、エリスが怒涛の説教が始まった。だが、イナリは活躍できたのに、一体何を怒ることがあるのだろうか。
イナリは疑問に思いつつ、エリスが切ってくれた肉を口に放り込んだ。
「……なんかイナリちゃん、ちょっと煙くさいかも」
「本当か?……うーむ、確かに言われてみればそんな感じがするのじゃ」
リズの言葉にイナリは己の服の匂いを確認し、帰ったら服を洗うことに決めた。
 




