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豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
アルテミア復興

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242/442

241 爆弾魔イナリの爆誕

 その日の夕暮れ時になると、エリックとディルの男性陣が帰宅する。


「ただいま。二人とも、先に帰ってたんだね」


「はい、お疲れ様です。お怪我等はありませんか?」


「俺は大丈夫だが、エリックが少し負傷しているな」


「うん。ゴブリンの集落に対処した時に、死角から襲われて。反応は間に合ったけど、軽く腕を打撲した。ポーションだけでもなんとかなるとは思うけど……」


「なるほど。万が一があってはいけませんし、念のため診ておきましょうか。甲手を外して、そこに座ってください」


 エリスはエリックを椅子に座らせ、打撲した箇所の確認を始める。


 一方ディルは、部屋の隅に椅子を運び、そこに縮こまっていたイナリを指さして訝しむ。


「……なあ、あいつは何であんな隅にいるんだ?」


「ああ、ええと……私がイナリさんの制止を無視して良いところを囁き続けたせいで、ちょっと拗ねてしまいまして……」


「ああ、いつものやつか」


「いつものやつとは何じゃ」


 ディルが己の装備を外して近くの棚に置きながら返事を返した。それに対し、イナリは小声で呟いた。


「でも、今日に関しては少し事情が違いますよ。実は昼頃に勇者の方と会って、軽く会話する機会があったのですが……」


「おお、そりゃすげえな。強そうだったか?」


「いえ、普通の少年でしたよ」


「何だ、つまんねえ……」


 ディルは露骨に興味を失った。あまりにも一貫した彼の価値観には、最早敬意すら覚えるほどである。


 それに代わって、エリックが口を開く。


「勇者か……結構ひどい噂ばかりだけど、実際どうだった?」


「そうですねえ……彼、魔術災害の原因となった魔法で転移されたみたいで。常識の食い違いによる事故が頻発しているように見受けられました。……あ、エリックさん。腕の方はもう大丈夫です」


「ああ、ありがとう」


 エリックがエリスに礼を述べて立ち上がったところで、イナリは部屋の隅の椅子の上で三角座りをした状態で口を開く。


「……我、あやつが気に食わんのじゃ」


「何かあったのかい?」


「はい。勇者さんは問題こそ多々ありますが、一方でそれなりの成果もあるみたいで。それに嫉妬心を抱いたイナリさんが怒ってしまったのです。なので、イナリさんの自尊心を高める会を開催していました」


「そんな会、初耳なんじゃが」


「今、命名しましたからね。……落ち着いたらお菓子でも持って、一緒に謝りに行きましょうね」


「……本音を言えば嫌じゃが、今後を考えると必要な事じゃな」


 エリスの言葉にイナリが渋々頷いていると、ディルが腕を組んでソファに座り、イナリの方を向く。


「……なあイナリ。お前、手柄を上げたいのか?」


「いや別に、我は神じゃから、もとより人間より圧倒的に優越した立場にいるわけで、そもそも嫉妬なぞせぬし、ましてや何か誇れるようなことを成し遂げたいなどとは全く思わぬし、手柄なぞ上げたいとも思わぬぞ?でも、お主がどうしても我に何か頼みごとをしたいと言うならば、仕方なく、特別に、この神たる我が、引き受けてやらなくも――」


「必死か。それに、俺はまだ何も言っていないぞ」


 一気にまくし立てたイナリは、ディルの言葉に固まり、そしてぷるぷると震えた。


「……我を陥れるとは、なんと卑劣な……!」


「勝手に暴走しただけだろ。……なあエリック。明日、さっき話してたやつを試してみないか?」


「そうだね……本人が望むのなら、いいのかもしれないね」


「む?」


 ディルとエリックの会話に、イナリは首を傾げた。




 翌日、日が真上に登った頃の、アルテミアからやや離れた位置にある森の中。


 イナリは、エリックが用意してくれた簡易的な地図を片手に、草木をかき分け、とある場所へと向かっていた。


「……ええと、この図によればこの辺に……おお、これじゃな」


 イナリは目の前に、木を切り倒して拓き、乱雑に木や土を固めて作ったかまくら状の建造物を発見した。その周りにはゴブリンや、細々とした粗末な建築物もある。これをどう呼称するのかはわからないが、強いて言うならば、集落とか、拠点とでも呼ぶべきだろうか。


「さて、お主らに恨みは無いが、我が躍進する足掛かりになってもらうのじゃ」


 イナリはそう呟くと、不可視術を発動しているのをいいことに、堂々とゴブリンの間をすり抜けて建物の傍に近寄り、背嚢を降ろし、そこからブラストブルーベリーをまとめた袋と、すり潰された状態のテルミットペッパーが詰まった瓶を取り出して地面に置いた。


 さて、今回イナリに課された任務は、「ゴブリン集落の破壊工作」という、あまりにも豊穣神からはかけ離れたものである。


 この話を聞かされた当初こそ乗り気でなかったイナリだが、曰く、アルテミアの周辺の魔物に対処する人員の不足はかなり顕著な問題になっているようで、猫の手でも借りたい状態らしい。


 ……そういえば、以前リズと冒険者ギルドを見学していた時、大量の依頼が書かれているであろう書類が積まれていた気がするし、その辺も何かしら繋がりはあったのだろう。


 ともかく、そこで不可視術を使って好き放題出来るイナリの出番である。今回はあくまでお試しということらしいが、これがうまくいけば、かなり大きな功績になるらしい。


 おまけに、冒険者の等級昇進の要件として組み込めるそうだ。尤も、冒険者等級を上げるつもりは無かったし、それを上げて何が起こるのかもよくわからないけれども。


 今回の作戦の概要だが、イナリが拠点を破壊し、混乱状態のゴブリンが散り散りになったところを各個撃破するのだそうだ。実に単純明快で、イナリにもわかりやすい作戦だ。


 また、この作業をするにあたって、詳細なブラストブルーベリーの性質を伝えられた。


 ブラストブルーベリーは、強い衝撃を与える程爆発力が強くなる。故に、複数の実が誘爆した場合、その数が多いほど威力が高くなる。


 さらに、可燃性の高いテルミットペッパーを塗っておけば、爆破によって生じた熱で発火、炎上させることができ、まともな魔法ほどではないが、火薬を用いた爆弾よりよほど効果的になるらしい。


 ただし、過去の歴史においては誤爆して大事故になった例しかなく、しかも魔法で事足りることが殆どなので、基本的には「絶対にその二つを近づけるな」という意味合いで共有されているらしい。


 尤も、これはイナリには関係のない話だ。つまり、イナリにとってブラストブルーベリーとは、非常食であり、体力回復剤であり、最強の爆弾ということになる。しかも植物なので、複製し放題だ。何と素晴らしい植物なのだろうか。


「……それにしても、勇者も駆り出せばよいのに、何故それをしないのじゃろうか。……あ、どうせ余計なことをするからか」


 イナリは手元でブラストブルーベリーにテルミットペッパーを付着させる作業をしながら、唐突に浮かんだ疑問を自問自答した。


「……はあ。あの勇者、どうしたものかのう」


 周囲でゴブリンが鳴いているのをよそに、イナリは空を見上げてぼやいた。


 そして、再び何とも言えないモヤモヤとした感覚に苛まれつつ、出来上がったテルミットペッパーつきブラストブルーベリー爆弾、略してテルミット爆弾を、エリックから支給された、何とかスパイダーとかいう魔物の粘着性のある糸とくっつけて、ぺたぺたとゴブリンが建てたであろう建物に貼り付けていく。


 ついでに、以前柱状の魔道具を爆破した時のように、何も知らないゴブリンにブラストブルーベリーを踏み潰されて誤爆することが無いよう、定期的に周辺を確認しなくてはならない。


「うーむ、思ったより大変じゃなあ、これ……む?」


 イナリが持ちこんだブラストブルーベリーを半分ほど消費したところで、自分が今爆破しようとしている建物の向かいにいるゴブリンが、他のゴブリンより一回り程体格が良いことに気がつく。


「……よくわからんが、こやつも爆破で始末しておくべきじゃな」


 イナリは己の勘に従い、爆破予定の建物に加えて、巨大ゴブリンの足元を囲むようにテルミット爆弾を配置した。


「……ふう。一番大きい建造物と、大きいごぶりんの足元、それに近くにあった壁……よし、完璧じゃ、流石我じゃ」


 イナリは満足げに己の仕事を再確認し、そこに問題が無いことを認めると、地面に置いていた背嚢を拾いあげ、その場から十数歩程度距離を取る。


「そして……起爆じゃ!」


 イナリは満面の笑みで風刃を手に構え、テルミット爆弾に向けて放った。


 そして風刃がテルミット爆弾に当たると、轟音と共に爆ぜ、そのままイナリは爆風で吹き飛ばされて回転し、視界は炎で包まれた。

あけましておめでとうございます!合わせて、総合2000pt突破、ありがとうございます!


今年も「豊穣神イナリの受難」をよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[一言] 爆誕と言うけど割と前から(誤)爆弾魔だった気が >猫の手でも借りたい状態らしい キツネはネコ目だから一応猫の手だね まあコレを猫の手と言ってしまうとクマとかハイエナとかアザラシも猫の手だけ…
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