表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
アルテミア復興

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

233/443

232 八方塞がり

 イナリが天界に転移すると、椅子とテーブルを並べ、雑誌片手に優雅に地球の食べ物をつまんでいるアルトの姿があった。イナリは静かにその背後に忍び寄り、肩に勢いよく手を乗せる。


「アルトよ」


「うおぉあ!?!?……あ、狐神様でしたか。すみません、気がつきませんでした……」


「んや、今来たとこじゃし、気にせんで良いのじゃ。……随分、良い暮らしをしておるようじゃのう?」


「あ、あはは。……狐神様も如何ですか?」


「ふむ、頂こう」


 イナリはアルトから差し出された何とかチップスと書かれた袋に手を入れ、三枚摘んで口に放り込み、バリバリと音を鳴らした。


「ふむ、塩味が程よく、クセになる味じゃ。……それで?我はてっきり、お主は忙しくしておるものと思っていたのじゃが?」


 イナリは再びアルトの持つ袋に手を伸ばしながら尋ねた。


「ええっと……あ、そうです!あの、一応、歪みの対処に一区切りついたので、そのご褒美みたいな感じです」


 アルトは手を忙しなく動かし、まるで言い訳するかのようにイナリの問いに答えた。


「そうか。それはよいとして、別件じゃ。アースを呼ぶのじゃ」


「えっ!?ちょ、ちょっと……」


 イナリはアルトが慌てる様子をよそに指輪に触れ、アースと通信を繋いだ。


「アースよ、ちと緊急の要件じゃから、此方に来てくれたもれ」


「来たわ」


 イナリが言葉を言い切るころには、アースは亜空間の穴を潜り抜け、イナリの背後に現れていた。彼女は長い黒髪を靡かせながら、洗練された所作でイナリのもとへと歩み寄ってくる。その口は見事にへの字を描いている。


「全く、折角指輪を渡したのに、全然連絡してくれないじゃない。私、何かしちゃったんじゃないかって、ずっと気にしていたのよ?」


「んや、そうは言われてもの。我も、いつでも連絡できるわけでは無いからの……」


「まあ、あの図太い信者が居たらそれもそうかしら。……あら、美味しそうなもの食べてるじゃない。私にも頂戴な」


 アースはそう言うと、アルトが持っていた何とかチップスを勝手につまんで食べ始めた。あっと声を上げるアルトだが、それ以上は何も言わない辺り、彼らの普段の関係性が伺える。


「それで、緊急の要件って何よ?こうして面会するぐらいだから、重要な話なのよね?」


「然り。地球から転移した者……ひとまず、転移者と呼ぶのじゃ。我は今、紆余曲折あってそやつの近くに居るのじゃが」


「何?もしかして、重傷を負っているとか、陥れられているとか?」


「んや、聞く限り、そう言ったことは無さそうなのじゃけど……」


「あら、いいじゃない。なら、あとはアルトが歪みを片付けて、転移者を回収するだけね!」


「む、それならば話は早いのじゃ。アルトよ。お主、先ほど歪みの対処が一区切りとか言っておったじゃろ?疾く、転移者を回収するのじゃ」


「えっ?」


「イナリ、それは本当?……はあ、よかったわ。イナリが緊急だとか言うから、もっと悪い知らせかと構えていたのよ。アルト、私は地球の方で受け入れの準備をするから、こっちはよろしく頼むわね」


 アースはそう言うと、手をひらひらと振りながら隣に亜空間を生み出し、帰る支度を始めた。


「あの、いや、ええと……」


 それを見たアルトは顔を青ざめさせ、狼狽える。これに気がついたアースは亜空間を閉じて向き直る。イナリもまた、何とかチップスをぽりぽりとつまみながら、事の行方を見守る。


「何?どうかしたの?」


「……終わってません」


「はい?」


「終わってないです。歪みの、対処……」


「……イナリ。私の、聞き間違いかしら?」


「んや?……しかし、先ほどは確かに、我に向けて、一区切りついたとか言っておったと記憶しておるがの?」


「ええと、その。……休憩しているところを見られて、サボってると思われたくなくて、嘘をつきました……」


 アルトの言葉が天界に溶け込むように響き、しばし周辺の歯車が動く音だけが場を支配する。アースは腕を組んで人差し指をトントンと数回動かした後、イナリの方を向いて口を開く。


「イナリ、こいつの菓子、全部食べていいわよ」


「うむ、是非とも頂くのじゃ!あ、地上の方に持って帰ってもいいかの?」


「それは駄目よ。ここで全部食べなさい」


「わかったのじゃ!」


 アースの言葉に、イナリは尻尾をぶんぶんと振りながらアルトの菓子に飛びついた。それを見たアルトは、引き続き言い訳を積み重ねていく。


「ま、待ってください!わ、私だって休みが必要なんですよ!?それに、仕事はちゃんとしてますし……!」


「そう、それはよかったわ。なら、貴方の罪はうちのイナリに嘘をついたことだけね」


「そ、そんな。私、これまで、狐神様の前ではちゃんとした創造神を演じていたのに……!」


「む?我、お主の事、割と適当だとは前々から思っておったのじゃが?」


「え」


 新しい菓子の袋を開けながらのイナリの言葉に、アルトは短く声を零した。


「くふふっ、よかったじゃない。貴方のイメージが崩壊することはなくて済みそうよ?」


「い、一体何時から……?」


「うーむ、有無を言わさず天界から突き落とされた時からかの……?」


「最初も最初じゃないですか……」


 アルトは天を仰いだ。……天界で天を仰いだ場合、どこを仰ぐことになるのだろうか。イナリがそんなことを考えていると、アースが腕を組んでため息をつく。


「全く、うちのイナリにそんなことするなんて、つくづく信じられないわよね」


「いや、お主も人の事言えんからの」


「……あー……まあ、そんなこともあったわね」


 イナリはアースに向けてじっとりとした目を向けた。


「……話が逸れたが。とにかく、転移者は当分回収されないのじゃよな?」


「残念だけれど、そういうことになるわね」


「それなら、大事な相談があるのじゃ。これが元々話したかったことじゃ」


「ええ、聞かせて頂戴」


 アースはそう言いながら、テーブルを囲むように、追加の椅子を二脚出現させた。三人が席についたところで、イナリは改めて用件を切り出す。


「転移者がな、勇者になっておるのじゃ」


「……ふーん?で、魔王を倒してくださいってこと?ま、いいんじゃないの?地球の創作物じゃよくある話だし、そう酷いことにはならないでしょう」


「なるほど、私が付与した加護をうまく利用しているわけですね。地上の歪みも対処してもらえるなら一石二鳥ですし、ついでに世界が繋がったことで生じた歪みの実体化も対処してもらいましょうかね」


「貴方ねえ……」


 アースは頬杖をついて、皮算用するアルトに呆れた目を向ける。……それはそうと、今テイルで暴れている歪みもとい魔王とは別に、もう一体それが現れるのは確定らしい。


 それはそれで気になる所だが、今はもっと優先すべき話がある。


「んや、お主ら、忘れておらぬか?我、人間達から魔王だと思われておるのじゃ。つまり、我の正体が割れたら、めでたく討伐対象じゃ」


「……そういえば、そんな事言ってたわね……」


「なるほど。でしたら、多少無理してでも転移者の回収を優先することにしましょう……」


「んや、それは微妙じゃ。それはつまり、勇者となった転移者は何もせぬということじゃろ?そうすると、もしかしたら、お主の世界の人間には歪みに対処する余裕が無いやもしれんのじゃ」


「そうなのですか?」


「うむ。神官直々に聞いた情報故、ある程度の信頼性は保証できるのじゃ。……とういうか、そも、何故、転移者を疾く送還せんのじゃ?」


「……それは偏に、私のリソース管理の問題です。常に世界の歪みの調整に力の大半を注ぐ必要があるので、転移者の回収に力が回せなかったので……」


「本来ならそんな事情は無視して強制送還させるところ、寛大な私は気長に待ってやっているのよ」


「なるほどの」


 イナリは頷きながら、机の菓子のうちの一つの蓋をめくり上げた。


「それにしても、転移者の回収をしてしまうと、神託以外で人間に干渉する余裕が無さそうなのです。人間の力が無いとなると……どうしたものでしょうか。……あの、地球神様。確認なのですが、もし転移者が死亡したりして、地球への送還が叶わなかった場合は――」


「この世界には滅んでもらうしかないわね」


「……もし、狐神様の身に何かあったら――」


「そうね、貴方にも滅んでもらおうかしら」


「……ええと、転移者を送還した後は、どうしたら――」


「さあ?今回の件は貴方に責任があるのだから、仮に歪みのせいであなたの世界の人間が全滅しても、私は知った事じゃないわよ?」


 悉くアルトの言葉を一蹴していくアースに、アルトは一つ深呼吸してから口を開いた。


「……詰み、ですか?」


「ま、世界を創り直すのが一番丸いわね。初動で失敗した割には頑張った方じゃないの?」


 頬杖をついてアルトの菓子をつまむアースの言葉に、アルトは遠い目をして、再び天を仰いだ。


「流石に早計じゃと思うがの。むぐむぐ……これ、美味じゃのう」


 この場には、イナリの呑気な発言と、棒状の菓子をぽりぽりと齧る音が響いた。

今週、少々多忙につき、土曜日辺りまで更新が滞ることが予想されます。

読者の皆様には、お待たせしてしまい大変申し訳ございません……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] アレ? うまく行かなかった世界って単に管理者が管理できない無能か適当に管理してきただけじゃ?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ