228 「虹色旅団」再集合
日が傾き始めたのどかなアルテミアのはずれの草原に、鶯色の皮膚を持ったドラゴンが飛来する。
それは、足に掴んだ、家屋の一室をくりぬいたような箱をズドンという音と共に地面に設置すると、その隣に着地した。
そして間もなく箱に備え付けられた扉がゆっくりと開き、一人の狐の少女がよろよろとした足取りで現れ、そのまま地面に倒れた。離陸時と同様、着地時の振動に酔うことになってしまったイナリである。
「うええ、気持ち悪いのじゃ……」
イナリが地面と一体化して絞り出したような声を出すと、その後を追ってきたエリスが傍にしゃがみ込み、背を摩りながら話しかけてくる。
「大丈夫ですか?やはり馬車とは勝手が違いますよね……。水を飲みますか?」
「うむ……」
イナリは差し出された水をちびちびと飲みながら、息を整えた。
イナリのアルテミアでの生活は、何とも幸先の悪いスタートを切った。
さて、ある程度時間をかけて回復したところで、辺りを確認してみる。
ここはナイアと同じような土地のようで、いわばドラゴンの発着場と形容できる場所のようだ。少なくとも魔物はいなさそうだが、植生が微妙に変わっている辺りに、遠くに来たという実感が湧く。
少し離れた場所には、ナイアと引けを取らない規模の都市が見える。特徴を挙げるならば、全体的に白っぽい建材が多く利用されていて、妙に角ばった意匠の建物が散見される点だろうか。
「あれが、アルテミアかの?」
「そうです。アルト神が最初に降臨した地でもあり……聖地とも呼ぶべき地ですね」
「ほーん……」
「ど、どうかなさいましたか?」
「んや……その理屈なら、我が踏んだ土地は全部聖地だと主張できるのではなかろうか?お主はどう思うかの?」
「仮にイナリさんが神として認められたとしても、絶対迷惑なのでやめた方が良いです……」
「そうか……」
イナリが肩を落としていると、箱の中から荷物を回収した皆が現れる。
「イナリちゃん、もう大丈夫そうかな?」
「うむ。全く酷い目に遭ったのじゃ」
「まあ、最初は皆通る道だよ。それじゃあ、早速アルテミアに行こうか」
「うむ」
エリックを先頭に、一行は街へ向かって足を進めた。
発着場を出ると、すぐに入国審査のようなものがあったが、それは概ね旅の途中で遭遇した検問所と変わりないものであった。やや荷物検査が厳しかったり、ブラストブルーベリーについて問いただされたりはしたが、それを目の前で食べることで黙らせて、堂々とアルテミア王都に足を踏み入れていた。
それにしても、さも当然のように「アルト神の事はどう思いますか?」という質問をされた時は、少し肝が冷えた。前もって話は聞いていたけれども、ここで首を振ろうものなら、イナリの物語は悲惨な結末を迎えることになったであろう。そう考えると、とんでもない国である。
ついでに、エリスがこういう類型の人間じゃなくて本当に良かったとも思った。きっと、彼女が典型的なアルト信者であったら、今のような関係にはなっていなかっただろう。
そう思いながらエリスを眺めていると、それに気がついた彼女は首を傾げる。
「……イナリさん、どうかしたのですか?」
「む?……ああいや……お主がお主でよかったと思うての」
「……あの、いきなりそんなことを言われると照れてしまいますよ……」
エリスは恥じらいつつイナリを抱え上げ、尻尾に顔を埋めながら歩いた。
最早それについて言及すらしなくなったハイドラは、周囲を見回しながら口を開く。
「それにしても、何だか人が少ないですね。これも例の魔術災害の影響なんですかね……」
「そうだね。僕とディルの二人で活動していた時にここに来た時はもっと活気があったし、間違いないと思う」
確かに、街を行きかう人間の数はナイアと比較すると著しく少なく、両手を広げながら歩いても余裕がありそうな程度には広々としている。下手したら、旅の道中で立ち寄った村の方がまだ人口密度が高いかもしれない。
たまにすれ違うのも精々両手で数えられる程度。それも兵士や神官ばかりで、民間人は殆ど見受けられない。しかも、皆忙しくしているのか、あまり話しかけられるような空気感でもない。少なくともこの状況は、普通ではないと評価して問題無いだろう。
「それで、リズ達とはどうやって合流するつもりなんだ?魔法学校に出向くのか?」
「一応最終的にはそのつもりだけど、一旦冒険者ギルドに寄って状況を聞いてみようか」
「あれ、兵隊さんじゃなくていいんですか?」
「僕達にはそれなりの等級はあるけど、段階は踏んだ方が良いと思ってね」
「ああ、なるほど。信用は大事ですものね!」
エリックの言葉に、ハイドラは耳をぴこぴこと動かしながら頷いた。
さて、一同は冒険者ギルドに到着するも、そこには閑古鳥が鳴いていた。依頼掲示板に貼られている依頼書は何だか剥がれかけていて古そうだし、併設されている食堂は閉まっているし、酒を飲む酔っ払いも居ないし、しまいには、受付の姿すら見受けられない。
「……どうなってんだこりゃ」
「ま、魔術災害というのは、冒険者ギルドすら機能停止させてしまうのですね……。何ということでしょう……」
「まだそう決まったわけではなかろ。単に出払っているだけかもしれぬし、とりあえず、鈴を鳴らしてみてはどうかの。ほれ!」
イナリはそう言うと、エリスに抱えられているのをいいことに、腕を伸ばして受付にあるベルを勢いよく鳴らした。
「……はーい!今行きまーす!」
「おぉ、誰かしらは居るようじゃぞ。よかったのう?」
奥から返ってきた子供っぽい声に、イナリはしたり顔で皆の方を見返した。
「そうだね。……でも、何だろう。聞き間違いじゃなければ、今の声って……」
「――お待たせしました!何か用で……」
その声と共にギルドの事務室の方から現れたのは、身の丈に合わない大きさの黒い三角帽子とローブを身につけた少女、リズであった。彼女はイナリ達の姿を認めると、目を見開いて受付を飛び出してくる。
「えっ!?皆、こんなところで何してるの!?」
「いや、それはこっちのセリフだけど……」
「わ、しかもハイドラちゃんまでいる!久しぶりー!」
困惑するエリックをよそに、リズは笑顔でハイドラの胸に飛び込んだ。
「リズちゃん、久しぶり!」
「イナリちゃんに、エリス姉さんも!」
リズは続けてエリスと、その腕から降ろされたイナリにもまとめて抱きついてきた。それを受け止めると、エリスはリズの帽子の位置を直しながら尋ねる。
「……ええと、リズさんはどうしてこちらに?」
「ああ、ええっと。今のリズはここの事実上のギルド長になっているんだ……多分皆、この街の状況を知るために来たんだよね?それを話すついでに、この辺はもうちょっと詳しく説明するよ」
「リズがギルド長って……世も末だな」
ディルがそう零すと、リズは黒い笑みを浮かべながらゆっくりと彼のもとに迫る。
「ふーん?そういう事言っちゃうんだ。……ところでさ、一応今、リズには冒険者証を弄る権限があるんだけど……ディル、どう思う?」
「……何を考えているんだ?」
「ふふ、さあ、どうだろうねー?」
「……おい、こいつマジで、権力持たせたらダメな人間だろ」
「リズさん、権力の濫用は後で身を滅ぼしますよ?」
「……はは、冗談だって!久々に皆と会えて嬉しくなっちゃって!」
「まあ、いいけどよ……行使力を伴う冗談は洒落になんねえんだわ……」
手をひらひらとさせて笑うリズを見て、ディルはそっと汗を拭った。そして、そこに囁きかける狐が一匹。
「のうリズよ、我の冒険者証をちょいと加工して、等級10にしてくれぬか?我、神じゃし、誰も文句は言えんじゃろ」
「そこのアホ狐、不正を働こうとするな」
「うう、私、イナリさんをそんな子に育てた覚えは無いのですよ……」
「……はあ、エリック、助けてくれ。ツッコミが追い付かない」
「いやあ、僕もお手上げかなあ……」
「あはは、この感じ、懐かしいね!」
エリックとディルは、リズの笑顔を見てため息をついた。




