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豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
アルテミアへの旅路

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227/443

226 ナイアでの一日

 ナイアで滞在する日の早朝。


 異様な寝苦しさにイナリが目を覚ませば、正面には見慣れた神官の姿が、背後には、イナリの尻尾を抱き枕にするウサギの獣人の姿があった。


 二人を起こして聞けば、夢にニエ村の一件がフラッシュバックしてしまい、眠れなくなったためにイナリの尻尾を頼ることにしたのだとか。これを知ったエリスは実に申し訳なさそうな表情であった。


 その後、パーティの皆で集まっての朝食時には、トゥエンツでの時と同様、皆の予定を軽く共有することになり、紆余曲折あって、今回は、最初に皆で冒険者ギルドと教会に出向いた後、各々で観光ということで纏まった。




 というわけで、一行はナイアの冒険者ギルドに到着する。そこには、メルモートやトゥエンツの倍近い人数の冒険者で溢れていた。


「イナリさん、離れないでくださいね」


「言われずともそのつもりじゃ。何というか……嫌な視線も混ざっておるしの?」


「うええ、こういうのがあるから、メルモート以外の冒険者ギルドに行きたくないんだよ……」


 イナリの言葉にハイドラが追従する。しかし、その反応をするのは当然と言って良いだろう。


 というのも、イナリに向けられる視線の中には、獣人に対する嫌悪感と同質のそれや、好奇心や劣情が入り混じった不快な視線も含まれていて、同じようなものがハイドラに向けられているのは想像に難くないからだ。


 勿論、いずれにも該当しない冒険者が殆どなのだが、印象と言うのは悪い方に引き寄せられてしまうのが常というものである。昨日ディルが言っていた、「メルモートと同じ感覚でいると危険」というのには、これも含まれていたのだろう。


 イナリが静かに呟くと、ディルが意外そうな声色で口を開く。


「へえ、イナリにもそういうのがわかるのか」


「うむ。あいやでも、普通、人間ごときの視線なぞ、気にも留めんのじゃぞ?ほんとじゃぞ?」


「そんなところで強がってどうするんだ。ま、何かあったら俺らが蹴り飛ばしてやるから、任せとけ」


「ディルさんが蹴飛ばした後のトドメは任せてください。二度と歩けない体にしてやります」


「そ、それは程々にね……」


 冷静に追い打ち宣言をするエリスに、エリックは苦笑した。


 さて、行列を成している受付の列に待機し、漸くイナリ達の番が回ってくると、エリックが受付に何か言いつけて、そのまま事務室の方まで通された。ここでイナリは、素朴な疑問を訪ねるべく、エリスの服の裾をつまんだ。


「のう、そういえば、我らは何故ここに来たのじゃ?」


「お金を降ろすためですね。……ええと、その、昨日の出費が凄まじかったので。少額でない場合、トラブル防止のために、こうして事務室の方まで通されることになっているのです」


「ああ、なるほどの」


 イナリが腕を組んで頷くと、ハイドラが申し訳なさを多分に含んだ声を出す。


「す、すみません。私が高級魔物料理店を選定したばかりに……」


「いやいや、そもそも僕が振った話だし、ハイドラさんが気にする必要は無いよ」


「そうだ。それに、一番金がかかったのはイナリだからな。しかもご丁寧に、デザートまで付けやがって……」


「そ、それは私の方で負担しましたし、問題ないはずです。それにほら、村の事件解決に貢献しましたし。ご褒美です、ご褒美!」


「……まあ、それもそうか」


 意外にも、エリスの言葉にディルは大人しく引き下がった。


「ともかく、貯蓄の減り方を考えると、アルテミアに着いたら細々とした依頼を受けた方がよさそうだね……」


 事務室の一角の待機部屋で、エリックは静かに呟いた。




 さて、冒険者ギルドで資金の調達が終わったら、次は教会である。こちらの主な目的は、会えたらベイリア達の様子を見ることと、エリスが教会に出向く義務を消化することである。


 どうにも、移動を頻繁にする神官に限っては、定期的に教会に顔を出しておかないと、知らない間に捜索隊が組まれたり、死んだことにされたりするらしいのだ。冒険者ギルドにでも尋ねれば一発だろうに、その辺の連携はいまいちうまく行っていないらしい。


 さて、教会に着けば、こちらも今まで見た中でも一番多い人数の神官が教会を出入りしていた。しかし、その中にはベイリアもグラヴェルも見当たらない。


「ひとまず、私は教会長の方に挨拶をしてきますので、少々お待ちください。もしベイリアさん達が来たら、よろしく言っておいて頂けると」


「わかった。イナリちゃんの事はちゃんと見ておくから、僕達の方は気にしないで」


「ええ、そちらもよろしくお願いします」


 エリスはそう言うと、一人で教会の奥へと入っていった。


 不可視術を使えばついていけないこともないのだが、この街にはほぼ確実に聖女がいるはずだし、不用意な接触は思わぬ事故の元となりうる。ここは大人しくしておくべきだろう。


 イナリがハイドラと隣り合って教会の椅子に座っていると、ディルが話しかけてくる。


「イナリ、ちょっといいか。大事な話だ」


「む?まさか、以前お主が忍ばせていた砂糖塊を一つ、つまみ食いしてしまった件かの?……そ、それは謝るのじゃ。アレは単なる勘違い、事故であって――」


「違う、それは関係ない。……何か減ってると思ったらお前だったのか」


「のじゃ?あえ、ええと……」


 勝手に自爆したイナリに、ディルはため息をついた。


「ま、それは後で詰めるとして、今したいのはもっと大事な話だ。ここじゃ何だから、ちょっと隅の方に行くぞ。エリック、ハイドラさん、ちょっと待っていてくれ」


「うん。一応見えるところには居るように」


「ああ、分かってるよ」


 ディルはそう言うと、イナリに着いてくるように手招きした。それについていき、教会の側方の柱の下まで移動する。


「……なあ、お前、グレイベルについて何か知ってるよな?」


「はて、何の事じゃ?」


「……ほう、当たりか」


 イナリが全力で惚けるも、どういうわけか、あっさり看破されてしまった。しかし、先ほどの砂糖の件のような、イナリを陥れるための卑劣な罠の可能性もある。まだ尻尾を出してはいけない。


「本当に何のことかわからぬ。一体どういうことじゃ?」


「……まずはグレイベルの不審な点から説明するぞ。あいつは、自分を元冒険者とは言っていたが、冒険者をやってりゃ絶対に名が売れる程度の腕前はあるのに、全く名前を聞いたことが無い。変だとは思わないか?」


「……何を言うておるのやら。人間なんて星の数程いるのじゃし、そういうこともあるじゃろ」


「まあ、それはごもっともだな。だが他にも……ああ、回りくどいのは面倒だから、直球で言うぞ。俺はグレイベルを怪しんでいる。俺が聞きたいのは、お前が何か脅されているとか、何かされてないのかってことだ。あいつは信用できるのか?」


「……この件、皆は知っておるのか?」


「昨晩、エリックとは相談してある。それで?」


「……まあ、そうじゃな。詳しくは述べられぬが、別に何かされたりもしておらぬし、寧ろ助けてくれた人間じゃ。よって、信用に足ると思うのじゃ。念押しするが、我の勘は当たるのじゃぞ?」


「……そうか。ならまあ、うちの我が儘な神を信じるとしよう」


「は?何じゃ貴様」


 イナリは全力でディルを睨みつけたが、彼はそれをものともせずに口を開く。


「別に間違ったことは言ってないだろ?……とにかく、何か不審な挙動があれば、エリスでも俺らでもいいから、すぐに相談しろよってことで。それじゃ、戻るか」


 ディルがグラヴェルに対して手合わせを迫っていたのは、こういった理由があったのだろうか。ともかく、彼が不信感を抱いていた事には驚いたが、肝心なところは伏せつつ、信用して良い人間であることは伝えられたので、この件は解決と見て良いだろう。


 全く、本当に油断も隙も無いものである。




 しばらくしてエリスが戻ってくるも、いよいよベイリア達が姿を現すことは無かったので、そのまま教会を後にすることにした。


 ハイドラは何かあったのではないかと心配していたが、エリス曰く、神官が常に教会に常駐するのは、聖女や辺境や村に居る神官ぐらいのものであるから、そう慌てる必要は無いとのことだ。確かに、エリスにしたっていつも教会に居たわけでもないし、よくよく考えればその通りであった。


 その後は解散し、エリックとディルは商会に預けた荷物を宿へ輸送する作業に、ハイドラは錬金術ギルドにいらない魔道具を押し付ける作業にあたる事となった。そして残ったイナリとエリスは、必要な消耗品の補充がてら、適当に街を散策し、出店の買い食いや、買い物、路上の芸を見て回って、その日を終えた。


 少々思わぬ事態こそあったが、実に有意義な一日であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >好奇心や劣情が入り混じった不快な視線も含まれていて 異種ののじゃロリに劣情ってなかなか極まってる奴がいるな まあこの世界での異種婚の扱いがよくわからんけど
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