219 偶然の再会
結界に弾き飛ばされたイナリが魔物かどうか揉めたりもしたが、それは割愛、紆余曲折を経て、イナリは結界に穴を空けてもらうことにより、何とか教会内部に入れた。
教会内部には六名程の男女が居たが、この教会の管理者であるベイリアとは正反対に、誰もが毛布に身を包んで下を向き、陰鬱な雰囲気を纏っている。お世辞にも、あまり歓迎してもらえるような雰囲気ではなさそうだ。
彼らはイナリ達を一瞥し、特にイナリの獣人的特徴に目を見開いたりこそしたが、すぐに下を向いてしまった。
「……何と辛気臭い場所じゃ。我らまで気が滅入りそうじゃな」
「あ、あはは。まあ、彼らはニエ村の村民ですが、ちょっと事情もありますからね。今この教会は、最近ここに来た男の人と二人で回しているような状態です。彼は今出払っているのですが……その辺の詳しい事情は明日にでも話すとして、今日は適当に空いている場所で休んでください」
「ああ、わかりました」
一同は教会の一角を陣取り、馬車から持ち込んだ毛布などを広げて睡眠をとった。
何事も無く教会で朝を迎えると、早速イナリ達は教会奥の別室に招かれ、事情を聞かされることになった。
「……と言っても、私もそんなに詳細が分かっているわけでもないので、話半分に聞いてください。ええと、あれは確か――」
ベイリアが記憶を探りながら語り始めた。
ニエ村は前評判通り、事あるごとに生贄を選定する文化があり、アルト教に対して若干の嫌悪感を抱いている以外は、良くも悪くも村社会の、ありふれた村なのだそうだ。ただ、最近はアルト教に対する不信感を抱いた獣人等が増えてきていて、ニエ村の村民と意気投合していたらしい。
そんな背景も踏まえて、事の起こりは一週間ほど前。村の中心辺りに、人間の成人男性よりやや高いくらいの大きさの魔道具が配置されたことから始まったらしい。
「村民曰く、神官が魔道具を置いていったらしいです。新しい魔法を組み込んだ魔道具の実験だとかなんとか」
「今までにもそういったことはあったのですか?」
エリックが手を上げて尋ねると、ベイリアは首を振って返した。
さて、当然のことながら、突然来るなり得体の知れない魔道具を設置していった神官に対し村民は不満を抱き、それは全てベイリアに向けられる事になった。彼女はそれに関する愚痴を十分以上語り続ける辺り、相当なものだったと伺える。
さて、教会に対して殺到する抗議と嫌がらせに辟易したベイリアは渋々村に出向き、一旦設置された魔道具を教会で預かることにした。
しかし、村民も非協力的だし、ベイリア一人で運ぶには大きくて重そうだしでどうしたものかと思いながら魔道具に触れたところ、突如近くにいた獣人が襲い掛かってきたという。
だが、その時はまだ本人にもまともな意識はあって、寧ろ何でそんなことをしたのか心底わからないといった様子だったそうだ。
そしてこの日を境に、事態は悪化の一途を辿ることになる。
「翌日には会話ができなくなり、さらにその次の日にはもう今みたいな感じになっていたみたいです。……まあ、私はもともと会話する機会なんて無かったんですけどね、はは……」
ベイリアは眼を濁らせ、自虐的な笑みを浮かべた。
「で、この辺を監視しているはずの神官は全然いないし、本部に問い合わせても全然進展が無いしで……そのままズルズル時が流れた結果、獣人を不気味に思った村民達の大半は出て行き、入れ替わるように、どこからか来た獣人がここに溜まっていくことになりました。めでたしです」
「……あの、ベイリアさんは何故ここに?」
「それは偏に、私がここの教会の所属だからです。人助けだ何だと、そんな高尚な心構え、ここに来て一週間で消えましたよ。さっさと問題解決させたら、こんなゴミ村廃村したことにして、本部勤務に戻りたいんですよ、私は……」
「な、なるほど……」
後半になるにつれてどんどん目が濁っていくベイリアは見るに堪えない。何かと辛いことはあったのだろうし、そっとしておくのが賢明だろう。
「多分これ、あんまり触れんほうがいいやつじゃな」
「そうみたいですね……教会って、場所によってはすごいブラックだと聞きますし。まあ、私は聞かなかったことにしておきましょう……」
イナリとエリスはヒソヒソと話し合っていると、イナリが聞き覚えのある男の声と共に、部屋の扉が開かれる。
「ベイリアさん、今日の分の狩りが終わりました。また人が増えたと聞いたので、追加で何か――」
現れたのは、グラヴェルであった。彼もまた、明らかにイナリの存在に気がついている。
「――取ってきましょうか?」
「ええと、どうしましょうか。……あ、先に紹介しますね!この人が昨日少し話した、私の事をよく手伝ってくれている、グレイベルさんです!」
「どうも、グレイベルです。昔は冒険者をしていたのですが、仲間が引退しまして、今は流浪の魔術師をしています」
「ほう、確かに中々やりそうな面構えだな。時間があったら組手でもしてみないか」
「はは、お気持ちだけありがたく頂いておきます」
妙に気分が上がっている様子のディルの言葉に、グラヴェルは苦笑しながら返した。
「ディルさん、いい加減、初対面の人にバトルを挑むのはやめてくれませんか?毎回それをされる度、恥ずかしくてパーティを抜けたくなるのですが」
「いや、強者との戦いを通して学ぶことというのも……わかった、気を付けるから、そんな目で見ないでくれ……」
エリスとディルのやりとりをよそに、エリックが口を開く。
「……ええと、彼らの事は気にしないでください」
「そ、そうですか。それで――」
ベイリアとエリックは軽く話し合い、一応馬車の方にも物資はあるので、少なくとも今すぐグラヴェルに狩りに行かせる必要は無い旨を共有し、解散となった。
その後、イナリはエリスと共に教会の畑で茶葉を育て、茶を淹れることにした。
「『生えろ』」
「……ううむ、やはり便利じゃな……」
イナリは少しずつ成長して行く茶葉を眺めつつ唸った。前々から認め難く思っていたが、存在するだけで一帯を森にしていく自分本体の力より、エリスが力を借りて植物を育てた方が、余程汎用性が高いというのは如何なものか。
「イナリさんも練習してみたら、案外できそうじゃないですか?」
「どうじゃろうか。勢い余ってまた魔境を作るかもしれぬが」
「……イナリさんには私がついてますし、やっぱり出来なくても良さそうですね」
「お主なあ……む」
イナリがエリスに対して頬を膨らましていると、その視界の隅に、薪を運ぶグラヴェルの姿を認める。先ほどは話せなかったが、挨拶の一つくらいしておいてもいいかもしれない。
「エリスよ、我に変わって茶を淹れておくのじゃ。ちと、あそこの男に用があるでの」
「私も一緒に行きましょうか?」
「んや、大丈夫じゃ」
「う、うう、心配ですけれど……何かあったらすぐ声を上げるのですよ!五分以上戻らなかったら見に行きますからね!」
「わかっておるわかっておる、心配しすぎじゃ」
イナリはエリスにひらひらと手を振りながら、グラヴェルの方へと歩き去った。
「……それで?お主、何故ここに居るのじゃ」
「それはこっちのセリフだよ……」
イナリの言葉に、両手に抱えていた薪を床に置き、手を顔に当てながらグラヴェルは答えた。
「我は旅路で何やかんやあって、偶然寄ったのじゃ」
「俺はここで潜伏しようと思ってたんだ。人も少ないし、こんな村なら俺を知る人間がいるわけも無いしって感じでな。……にしても、再会するにしてももっと先の話だと思ってたんだが……」
「ま、これも何かの縁じゃな。で、ひとまず我はさっさと先に進みたいのじゃが、お主、村の件について何か知っておるか?」
「いや、何もだな。でも、何をすればいいかは見通しがついている。わけわからん魔道具をぶっ壊して、獣人を正常にするだけの簡単な話だな」
「……言うだけなら簡単そうに聞こえるが、どちらも簡単とは程遠いのではなかろうか」
「まあ、それはそうだな。前者は何となく察している通りだろう。後者については……あれは多分魔道具で洗脳されているから、その抑圧を上回るような衝撃を与えてやれば正常になると思う。まあ、それが大変なのは言うまでもないんだがな……」
「……ふむ。お主、詳しいのじゃな」
「はは、俺には人に胸を張って言えないことがたくさんあるからな。……まあ、もし村が気になるなら見に行ってみるといい。教会の裏に村に繋がるトンネルを掘ってあるから、そこを潜れば村の近くの安全な場所に行ける」
「な、何故そんなものを……?」
「物資が足りなくなったら民家から拝借することもあって、たまに行き来する必要があるんだ。万が一の時はトンネルはすぐに潰せるし、安全性はそれなりに担保できる」
「なるほどのう……。情報感謝するのじゃ」
「おう。あと、一応俺と君はあくまで初対面という体で接するから、気を付けてほしい。それと、グレイベルと呼ぶように。どこから身元が割れるかもわからないからな……」
「わかったのじゃ。ではの」
「ああ。まあ、何というか。お互い頑張ろう」
「うむ」
イナリはグラヴェルに背を向け、エリスのもとに戻ることにした。
……この村の件は、もしかしたら今日にでも解決できるかもしれない。イナリはそんな確信を抱いていた。




