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豊穣神イナリの受難  作者: 岬 葉
旅の準備

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198 出発準備(5)

 イナリはエリスと共に屋外での昼寝を堪能し、目を覚ました時にはすっかり辺りが暗くなってしまっていたので、エリスを起こしてさっさと家に帰ることにした。


 エリスは街道を歩きながら、大きくため息をつく。


「はあ、折角時間ができたことですし、もっと色々な場所に行きたかったのですが……」


「しかし、我らはこれからアルテミアへ向けて発つのじゃろ?ならば、その前くらいはゆっくり過ごしていてもよいのではなかろうか」


「それも一理ありますけどね。せっかく昼寝後どうするか、あれこれ考えていたのに……」


「ふむ。気持ちは嬉しいが、一度に全部見てしまうのはあまり趣が無いとは思わぬか?我はきっと今後もお主といるじゃろうし、一つ一つ、ゆっくり見ていけば良かろ」


「イナリさん……!ふふ、そうですね」


 二人は手を繋いで、雑談をしながら、夜の街道を歩いて行った。


 家に帰った後は、夕食をとりながらエリック達と手紙に関する情報を共有し、一通の手紙にまとめた。明日、ギルド経由でウィルディアに向けて送るらしい。


 なお、エリック達が担当することになった、全然手がかりが無い手紙の特定については、他の手が空いていた冒険者にも手伝ってもらってやっとのことであったらしく、結局、終わったのは日没前だったという。




 そして翌日。


 エリスが教会に仕事に行くというので、イナリもついていくことにした。


 というのも、エリスがアリシアと会うことになるらしいからだ。純粋なアルト教徒とは言い難いエリスを見た時、聖女である彼女がどういう反応をするのかは知っておかねばならない。


 あるいは、エリスが異教徒になっているのではないかという疑いだけでも対立的になっていたアリシアが、もしエリスがイナリ信者化したことを知ったら、敵対すらあり得るのだ。そうなったら、また仲裁してやる必要があるだろう。


「……そう、思ってたのじゃがなあ……」


 回復術師としての仕事が始まる前から終わるまで、そして雑談の時間に入ってからもなお、一切イナリが危惧していたようなことが起こる兆しは無く、エリスとアリシアは仲良く雑談に花を咲かせていて、イナリは脱力していた。


 何にせよ、聖女に信者か否かを見分ける能力は無いらしく、イナリの危惧は杞憂に終わったと言えるだろう。


「イナリちゃん、何か疲れてそうだね。呪いにかかったって聞いたけど、まだその影響の余韻が残ってるのかな。私の回復魔法と解呪魔法、受けてみる?」


「お主、我ごと消滅させようとしそうだからやめておくのじゃ」


「い、一体私にどういうイメージを持っているのかな……!?」


「ふふ、アリシアさん、ずっと警戒されちゃってますね」


「当然じゃ。我、お主に攻撃されかけた事、忘れておらぬからの」


「あれ、私が言うのもなんだけど、その件ってこの前和解したんじゃなかったっけ……?」


「許すことと警戒を解くことは同義ではあるまい?」


「え、ええぇ……?」


「ふふ、あはは!」


「エリス、笑わないでよ!」


「いや、だって……こんなに翻弄されるアリシアさんなんて滅多に見られませんから、おかしくって……ふふ」


「もう、エリスってば!」


 アリシアはぷんすこと怒っているように見えて、満更でもない様子だ。


「……ところで、さっき聞いたんだけど。エリス、また街の外に出るんだよね?」


 表情を曇らせながら尋ねてくるアリシアに、エリスは頷く。


「そうですね。先ほど予定を管理している方と相談しましたので、業務の方に支障は出ませんよ」


「そうじゃなくてさ。……いつも言ってる事だけど、気をつけて、ちゃんと帰ってくるんだよ?」


「ええ、勿論ですとも。私が居ないと、アリシアさんは肩の力が抜けないですからね、ふふ」


「それだけじゃないんだけど……まあ、今はそれでいいや。はあ、私もついて行けたらなあ。この前イナリちゃんが持ってきてくれたお菓子を食べてからかな。自分が自由に外を歩くことを夢見ることが増えてきた気がする……」


「ううむ、それは悪いことをした……のか?」


「いや、イナリちゃんが気にすることじゃないよ、ごめんね。……本格的に、外を練り歩く口実を考えてみよう。できればエリスと一緒に歩けるような感じのやつを……」


「では、それは帰ってきてからのお楽しみにしておきましょうかね」


「うん。絶対にいい方法を考えついてみせるから……!」


 アリシアは拳を握り、静かに意気込んだ。




 そして無事、教会での仕事と日程調整を済ませたエリスとそれに付属したイナリは、家に帰る前に錬金術ギルドに足を運ぶことにした。ハイドラにエリスの予定に目途が立ったことを伝えるためである。


 そんなわけで、錬金術ギルド特有のやたら重い扉をエリスに開けてもらい、イナリが先に中に入る。


「……ううむ、暗いのう」


 錬金術ギルドの内部には殆ど明かりがついておらず、例によって誰も居ない受付に、仄暗く光を発する、小さな魔力灯がついているのみである。よく見ると表面に埃がたくさんついているし、定期的にチラチラと光が点滅する辺り、碌に手入れされていないことが窺える。


 イナリに続いてエリスがギルド内に入ってくると、重い扉が音を発しながら閉まる。そしてエリスは玄関部を見回すと、ぴたりとイナリの隣にくっついてくる。


「確かに暗いです。ちょっと怖いですね……」


「いや、怖いとは思わぬが」


「えっ。……またまたイナリさん、そんなに強がらなくても……あ、本当に怖くなさそうですね」


「うむ。我、明かりなぞ微塵も無い時代から生きているからの。単なる暗闇に恐怖を抱く感覚は、人間特有と言えよう」


「な、なるほど。こんなところで神感を出してくるとは……」


「失礼な。我は存在自体が神感に溢れておるじゃろ?」


「んん……まあ……はい?」


 胸を張るイナリに、エリスは絞り出したような声で返した。何だか反応が芳しくないが、信者ならここは自信をもって頷くべきではないだろうか。


「……まあよい。お主が怖いのなら、我が先導してやるのじゃ」


「いや、未知の場所とかでもありませんし、私もさほど怖くはありませんが……。よくよく考えたらハイドラさんの場所を知りませんし、イナリさんとくっつけるなら何でもいいですね」


「……全く、戯けたことを言ってないで、行くのじゃ」


 イナリはべったりとくっついてくる神官を引っぱり、ハイドラの部屋に繋がる廊下へ向かって歩を進めた。


 玄関も廊下も全くと言っていいほど照明が無いが、錬金術師が籠っているであろう部屋からは光が漏れている。察するに、どうせ部屋に籠ってるだけなんだから、照明なんぞ無くとも関係ないとか、そういう感じなのだろう。


 そんなことを考えつつ、静かな……厳密には、たまに爆発音や魔道具か何かが動く音が響く廊下を歩きながら、イナリはふと思ったことをエリスに尋ねる。


「ところで、お主の予定についてエリックらより先にハイドラに伝えて問題ないのかや?」


「ええ、私達のパーティで私に予定が左右されることはしばしばありますし、私の日程が決まった今、出発日を定めるのはハイドラさんです」


「……ふむ、何となく理解したのじゃ。さて、そろそろハイドラの部屋に……あった、ここじゃ、ここ」


 イナリは扉に「ハイドラ」と書かれた部屋を認め、エリスに示す。


「ああ、本当ですね。……ええと、扉を叩けばいいですよね?」


「うむ。リズ曰く、いきなり扉を開けると取り返しのつかない事故が起こり得るとか。……心してかかるのじゃ。爆発とか、しちゃうかもしれぬからの」


 ちょっとした悪戯心でイナリが小声で呟くと、部屋の戸を叩こうとしていたエリスの動きがぴたりと止まり、静かに扉から離れる。


「えっと……イナリさん、お願いしてもいいですか……?」


「いやしかし、危ないからの。エリスは我を守ってくれるのではなかったのかや?んんー?」


 珍しくエリスに対して優位に立てたイナリは、満面の笑みでもってエリスに返した。


「……あの、もしかしなくても揶揄ってますよね?」


「ふふふ。さあ、どうじゃろうなあ?」


「……私、イナリさんをそんな悪い子に育てた覚えはありません。お仕置きが必要みたいですね!」


「いや、我はお主に育てられた記憶が……ちょ、お主、何をする気じゃ!?」


 お仕置きと称してエリスがイナリに手を伸ばし、それに連動してイナリが後ずさった直後、ガチャリと扉が開く音が響き、部屋から漏れた光が二人を照らす。


「こんばんは。あの、私の部屋の前でイチャつかないでもらっていいですか?」


「あっ、はい……」


 そして二人は、全く目が笑っていないハイドラに笑顔で迎えられた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 唯一神のアルト教のみの世界で聖女とか崇められたらそりゃ自由はないよね イナリ教が広く受け入れられればあるいは
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