195 出発準備(2)
「情報を貰ってきたよ。『2』がトミーさん、『5』が冒険者のチャーリー君、『9』が鍛冶師のカンデラさんだそうで。皆には、それぞれの人に、手紙をどこで見つけたのかを確認しに行ってほしい」
酒場で待機していたイナリ達のもとに、エリックがメモを片手に戻ってきて、これからすべきことについて伝えてくる。
「……いや、五と九はまだわかるが。二については何にもわからないのじゃ」
イナリはエリスに買い与えられたパンを齧りながら呟いた。
「それに、トミーさんって結構ありふれた名前ですよね……?絞るのは相当骨が折れそうです……」
「そうだね。だから、この人は僕が探すことにするよ」
「俺も手伝おう。というか、5の届人は既に特定したようなもんだから、2と5は俺たちが担当すれば良いんじゃないか」
「でしたら、私とイナリさんで9の手紙を届けた方がいるであろう、職人街の方に当たりましょうか」
「わかった、それでお願いするよ。話を聞き終わった後は自由にしていいから、夜に情報をまとめよう。何か問題があったら、その時に伝えてもらえばいいよ」
「わかりました」
「んじゃ、早速、聞き込みと行こうか。早いとこ見つかりゃいいんだが」
「じゃあ、また後で」
頭を掻きながらおもむろに立ち上がったディルは、エリックを連れてその場を立ち去った。
「それではイナリさん、私達も行きましょうか」
「あいや、まだこのパンを食べ終えておらぬ。待ってくれたもれ……もがが」
「ふふ、ゆっくりでいいですよ」
「……んぐ!?」
「イナリさん!?」
強引にパンを食べきろうとしたイナリは、喉を詰まらせた。
「はあ、死ぬかと思うたのじゃ……」
「私もビックリしちゃいましたよ。そういえば……やはりイナリさんであっても、窒息したら死んでしまうのですね?」
「いや、あくまで言葉の綾というやつじゃ。厳密には詰まりが解消するまで、永遠に苦しみ続けるだけじゃ……」
「いや、尚更気をつけないとダメじゃないですか……」
「うむ。こんなの、捧げものの餅を詰まらせたとき以来じゃ。もしまたこうなったら、我を守ってくれたもれ……」
「イナリさんに頼って頂けるのは嬉しいのですけれども、できれば喉に詰まらせる事自体を未然に防いでほしいところですね……。あ、いや、今後のイナリさんの食事を全て管理して、私の手でイナリさんに食べさせれば解決する……?」
「……先の発言は撤回すべきやもしれぬな?」
「いやいや、遠慮しなくていいのですよ、ふふふ……」
イナリは怪しく目を光らせるエリスを適当にいなしつつ、職人街へと到着する。
「……さて、どうしましょうか」
「我らはカンデラなる鍛冶師を見つければ良いのじゃろ?それならば、ガルテに聞いてみようではないか」
「ガルテさんですか。確かに普段からお世話になっていますし、良い考えだとは思いますが……どうしてまたピンポイントでガルテさんを?」
「この街を出るにあたって、ブラストブルーベリーにつける金具を多めに用意しておきたいのじゃ。基本的には誤爆防止のためではあるが、爆弾として使う可能性もあるからの。となると、街を出ては、補充が難しいじゃろ?」
「ああ、なるほど。ついでに頼んでおこうということですね?」
「そういうことじゃ。一石二鳥であろ?」
「そうですね、流石イナリさんです。早速行きましょう」
エリスはイナリの頭を撫でると、手を握って鍛冶屋へ向けて歩を進めた。
エリスに重い扉を開けてもらい、二人は鍛冶屋へと入る。
「む?誰も居らぬな」
「こういう時は奥にいるのですよ。……すみませーん、ガルテさーん!」
エリスが声を上げると、奥から体つきの良い翁が現れる。
「……狐の嬢ちゃんに神官の嬢ちゃんか。今日はどうした?」
「こんにちはガルテさん。本日は少々伺いたい事がございまして――」
鍛冶屋に入ると、エリスは早速ガルテに用件を告げる。
「カンデラ?……あー……確かここの三つとなりの向かいの裏の斜め前の二階に住んでるやつだな」
「な、なんと……?」
「そう遠くないし、恐らく居るだろうから、儂が呼んでこよう。狐の嬢ちゃんが楽しめるかは知らないが、その辺の武器を見て待っていてくれ」
ガルテがのそのそとイナリの横を通過し、重い扉を片手で開けて外へ出る。
「……では、言われた通り武器を眺めていようではないか」
「そうですね。私もそんなに詳しく眺めることは無いので、一緒に見てみましょうかね」
二人は武器が陳列された場所へ歩み寄った。そしてしばし量産型の剣を眺めた後、イナリが口を開く。
「そういえばお主、リズとは違って杖だのなんだのを持たぬよの」
「はい。ああいった道具を使う方もいますが、私は何も持たないことにしています、動きやすいので。一応術を発動させやすいとか言う方もいますが、殆ど好みの問題ですね」
「なるほどのう。……ところで、エリスよ」
「はい、何でしょう?」
イナリは近くの棚を指さしてエリスの方を向いた。
「この、我の身長の倍近くある太い剣は誰が使うのじゃ?」
「あぁ、大剣ですね。……確かに、イナリさんと比較すると中々のインパクトがありますね……」
「うむ。絶対誰にも扱えぬじゃろ、これ」
「いえ、冒険者の中にはこういったものを使う方も居ますよ。ええと、ドワーフ族……はどちらかと言うとハンマー系ですか。ええと……まあ、居ますよ」
「本当かの……」
いまいち確証の持てないエリスの言葉に、イナリは訝しんだ。
「まあ良い。して、その、どわーふというのは?」
「人間の括りに入る種族ですね。ガルテさんもドワーフです。人間より長寿で、全体的に力持ちの傾向にあります。あと、熱にも強いので、鍛冶屋を志す人が多いらしいです」
「ふむ、我の知らぬ世界じゃな……」
イナリはエリスの言葉に返事を返しながら、隣の棚へと視線を滑らせる。
「この、鎖の先に大きな鉄の球がついているのは何じゃ?誰が使うのじゃ」
「……ええと確か、モーニングスターと呼ばれるもののはずです。すみません、これは私も、あまり使っている人のイメージが湧きません。……あ、これ、非売品みたいですね」
「つまり、誰も使わんということではないか……」
「ど、どうでしょうか。名前がある以上、誰かしらが使っているはずですけどね……?」
「確かにそれはそうかもしれぬが……。ところで、我の短剣に似たものは見受けられぬな」
イナリが持つ短剣は、当人は殆ど気にも留めていないが、厳密には短刀と言った方が適切な形状をしている。
「確かに……これとかどうですか?多分、ディルさんとかが腰に携えている小さい剣と同系統のものです。大きさはイナリさんの神器に近いのでは」
「確かに大きさはそれらしいが……刃の形状が違うのう」
「ううん、あのような形状は意外とマイナーなんですかね。すみません、武器にはさほど詳しくないので……」
「いや、お主が謝ることでは無いのじゃ」
「あはは、ありがとうございます。ガルテさんに聞けばわかるかもしれませんが」
「いや、別にそれほど気になっていることでもなし。気にしなくてよいのじゃ。……ところで、この剣、かっこいいのじゃ。これは何じゃ?」
「ああ、これはダガーといいまして――」
イナリとエリスは、ガルテが戻るまで、しばらく武器を見て回って盛り上がった。
「こんにちは、俺がカンデラです。ガルテ爺さんから俺に用がある人がいるって聞いて来ました。手紙の件だとか?」
「はい。ええと、番号の書いてあった札のような手紙なのですが――」
エリスがカンデラから話を聞いている間に、イナリはガルテに話しかける。
「ガルテよ、我ら、しばらくこの街を発つのじゃ。故に、たくさん例の金具が欲しいのじゃ」
「ほう。出発までの期間と具体的な個数、予算は?」
「ええと……期間はわからぬが、二日三日はあるはずじゃ。そして、金貨を十枚程度持っておるから、それで作れる分だけ頼むのじゃ」
「それは本格的に剣を作らせる時に出す額だ。流石に貰いすぎだし、その期間じゃ対価に見合う個数は作れないな」
「そうか。では……どれくらいが良いと思うかの?」
「……金貨一枚で二十四個作ってやるから、三日後に受け取りに来るんだ。……それと、商談で相手に選択権を委ねるのは危険だ。覚えておくといいぞ、狐の嬢ちゃん」
「……ふむ、肝に銘じよう」
どこか含蓄のあるガルテの言葉に、イナリは頷いた。そして用件も済んだところで、エリスとカンデラの様子を見る。
「なるほど、つまり、カンデラさんの師匠さんの鍛冶屋、職人街T-12の倉庫、と……。はい、これで以上です。カンデラさん、わざわざお越しいただき、ありがとうございます」
「いえ、神官さんの力になれたなら何よりです」
「神官としての業務とは関係ありませんから、そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。それにガルテさんも、お手数おかけしました」
「いや、気にしなくていいさ。お仲間によろしく言っておいてくれ」
「はい。……イナリさんの方も、用事は大丈夫ですか?」
「うむ。三日後に再度来てほしいとのことじゃ」
「なるほど、わかりました。では行きましょうか」
エリスはイナリの手を握り、鍛冶師の二人に会釈をすると鍛冶屋を後にした。




