194 出発準備(1)
「ところで、いつ頃の出発を目途に準備を進めればいいですか?」
「そこはエリスの教会の仕事の予定に左右されるかな」
「そうですね、明後日が私の担当日なので、その時に相談して来ようかと思います。確かな回答はそれからになるかと」
「わかりました!じゃあ、それまでは待ってますね」
「すみません、お願いします。ええと、普段は錬金術ギルドにいらっしゃるのでしたか」
「はい、ギルドの私の実験室に来ていただければ大丈夫です、しばらくはほぼ実験室に籠る予定だったので!」
ハイドラはそう言いながら外を見る。
「……わ、結構暗くなってきてるや。すみません、そろそろお暇します、お茶、ご馳走様でした!また来ますね!」
ハイドラは荷物を手に取っていそいそと立ち上がり、玄関へ向けて歩を進めた。一同もまた、それを見送るべく、後に続く。
「お一人で大丈夫ですか?もしよろしければ、ギルドまでついていきますが」
「ああ、大丈夫ですよ!ほら、私、幼少期だけとはいえ、テイルで生き抜いてきた身ですから!」
「あ、そうでしたね。それなら大丈夫ですね」
「テイル、それで納得する程の場所なのかや……」
イナリは静かに震えた。
翌日、人が少なくなる時間帯を狙って、「虹色旅団」一同は冒険者ギルドへと赴き、エリックが受付でリーゼに声をかける。
「リーゼさん、少々お話がありまして、お時間よろしいですか」
「はい、どうなさいましたか?」
「僕達、しばらくこの街から出て、アルテミアに向かおうと思いまして。問題ないかどうかの相談に来た次第です」
「なるほど、承知いたしました。少々確認しますので、こちらでお待ちください」
リーゼが事務室の方へと戻っていき、エリックが受付の前で待機する。
エリックの後方で待ちぼうけとなったイナリは、右隣にいるエリスの袖を摘んで話しかける。
「……のう、冒険者というのは、どこかへ行くにもいちいち断りが必要なのかや?」
「いえ、そんなことはありませんよ。ただ、私達はこの街では等級が一番高いので、ふらっと消えると困るかもしれませんからね、断っておくに越したことは無いということです」
「ふむ。……そういえばお主ら、等級が十段階の八段階目じゃったか。ざっくり強いくらいの感覚でしか認識しておらんのじゃが、具体的にどれくらいすごいのじゃろうか」
「ええっと……ディルさん、何かいい感じの答えを」
「そこで俺に振るのか?……あー、そうだなあ……」
エリスがイナリを挟んで反対側に立つディルに向けて無茶振りし、彼は腕を組んで考える。
「1から3ぐらいが大体一般的に駆け出しと言われる等級だな。死なないで、それなりにやることをやってりゃ、誰でもなれる等級だ」
ディルが指を三つ折って示す。
「んで、4が一般人よりは何かしらに秀でている程度、5も同じような感じだが、ここより上になると才能や素質も絡み始める。つまり、誰でもなれる等級の限界点って感じだな」
「ふむ」
「そんで6にもなれば中堅とか言われて、納品、魔物殲滅、護衛、ほか諸々、何をさせるにもそれなりに信頼できる腕前とされる。この辺から指名依頼が入ってくるようになることが増えてくる」
「ほう」
「で、7と8は技量が上がっていくだけで、大体同じ感じだ。まあ、8についてはパーティでなくソロでもそれなりの仕事ができることが一定のボーダーだとは言われているな。んで、まさに俺たちはここだ」
「そろ……?」
「一人で、ということです、イナリさん」
「なるほどの。……エリスお主、一人で色々できるのかや?割と防戦一方の印象が強いのじゃが」
「……他の皆さんには劣りますけど、一応攻撃系の聖魔法の心得もあります。回復術師ですけど、私だってそれなりにやれるのですよ、イナリさん」
エリスはイナリの両頬をつまんで伸ばしながら答えた。
「ははっはほひゃ」
「……話を戻すぞ。次に、9は……まあ、極端に言えば一人で全部できる奴だな。ただ、そういうやつは殆どいなくて、何か特定の理由で評価されて等級9が与えらえるパターンの方が多いな。まあ、何にせよ一般人とは到底かけ離れた存在ではあるが」
「ほほう、では等級十となるとどうなるのじゃ?」
「等級10は基本的に名誉等級というか……ほぼほぼ引退後か死後に与えられる等級で、前例もほぼ無いからな。そんなに気にしなくていい」
「なるほどのう。功績を称えるとか、そういう感じのやつかの」
「ああ、そういうことだな」
「となると、我に相応しい等級は九ということじゃな。我、一般人とはかけ離れておるし。お主らは我が等級を超すまで震えて待っておるがよいのじゃ」
胸を張るイナリを見て、ディルとエリスは顔を見合わせる。
「……エリス、これは何かツッコむべきか?」
「どうでしょうか。とりあえず、どちらかと言うと常識からかけ離れていますよ、とだけ言っておくべきですかね……」
イナリ達がそんな会話をしている間に、リーゼが戻ってきてエリックとの会話を再開する。
「お待たせいたしました。確認したところ、特に指名依頼等は入っておりませんので、何時でも出発して頂いて構いません。また、『虹色旅団』宛ての指名依頼の受注も停止しておきます。出発前に限り臨時依頼等のお願いをする可能性もありますが、緊急性が高いものでなければ断っていただいて結構です」
「はい、わかりました」
「ちなみに、どの程度の期間空けるかはお分かりでしょうか?」
「うーん、それはわからないですね。アルテミアで魔術災害があったらしく、依頼もあってそれの支援に向かうつもりなのですが、聞いた限りだと規模が大きいらしくて。それなりに長くなりそうではあります」
「そうでしたか、アルテミアの件に関しては、大まかにではありますが伺っております。……恐らく長期間、と……」
リーゼが手元の紙にペンを走らせる。
「パーティハウスに関しては如何なさいますか?」
「そうですね、そのまま借り続けられますか?」
「はい、承知しました。これで確認事項は問題ありません。ご連絡頂きありがとうございます」
「いえ。……あ、それと別件なのですが、以前僕達宛てに届いた番号だけの手紙なのですが、誰が届けてくれたかを教えて頂けませんか」
「すみません、それは事情を伺わない限りの開示は難しいです」
「ええと、こちらの手紙を見て頂ければわかるのですが――」
エリックがおもむろに手紙を取り出してリーゼに見せる。その様子を見たイナリは静かに口を開く。
「……何か、あやつら、会話してて疲れぬのじゃろうか。恐らくじゃが、エリックっていつもあんな会話をしておるのじゃよな……?」
「そうでしょうね。まあ、必要な事ですから」
「お堅い会話は途中から面倒になってくるから、俺は殆どやらないな。それこそ、魔境化が始まった時にリーゼさんと話した時が最後かもしれん。エリックが全部やってくれてありがたい限りだ」
「……私の記憶が正しければ、それほど堅い会話をしていたようには見えませんでしたけど……?」
「……まあ、人には得手不得手があるからな」
「またそれらしいことを言って誤魔化して……」
「それ、いい言葉じゃな!今度から我も使うのじゃ」
「ほら見てくださいディルさん、教育に悪いですよ!」
「いや、いくら何でも理不尽じゃねえか……?」
「あの、皆、暇なら酒場で待ってていいよ……?」
雑談するイナリ達を見て、エリックは皆に酒場で待つよう促した。三人は大人しくそれに従うことにした。
 




