193 勘のいいウサギ
「……とりあえず、私が引き留められた理由はわかりました。ポーションが絡むからですね?」
ハイドラが口を開くとエリックはそれに頷いて返す。
「そうだね。それで……まず、この依頼について受けるかどうか判断するにあたって、ポーションに関しては僕たちは関与していないから、イナリちゃんとハイドラさんの二人で話し合ってほしい」
「ふむ、そうか。では、我は異存無しじゃ。……半分くらい、よくわからんかったしの。ハイドラはどうじゃ?」
「んー……かなり大規模な話だし、私は代わりに売ってるだけだから、それを止めるつもりは無いかな。……じゃあ、ポーションについては問題ありません、ということで、お返しします」
ハイドラがイナリとの簡潔なやり取りを締めて、会話の主導権をエリックへ返す。
「わかった。じゃあこの依頼は受けることにして、この依頼の主要目的は『ポーションの配達』ということになる。問題は、どう届けるかだね」
「それは勿論、我が直々に運んでやるのではないのかや?」
「勿論、それでも問題無いよ。でも、極論、在庫だけ用意したら他の冒険者や商会、行商人辺りに委託することでも依頼自体は達成できるんだ」
その言葉に、ハイドラが手を上げて口を開く。
「あの、遮るようで申し訳ないのですが、この依頼に関わる人数はできる限り抑えていただきたいです。以前イナリちゃんとエリスさんにはざっくりとお話しさせて頂いたのですが、これは単に技術秘匿だとか、ブランディングというわけではなくて、イナリちゃんや皆様の安全のためでもありますので」
「なるほど。製造、輸送、流通、全部少人数で済ませた方がいいのかな?」
「それが理想的ではありますね。流石に限界があるようにも思いますが……」
「つーか、そもそもポーションは割れ物だろ?それを割ったり傷つけたりせず、それも大量に輸送できる集団なんて、ごく一握りじゃないか。何度かそういうのの護衛もやったことはあるが、かなり金がかかってそうに見えたぞ」
壁にもたれかかったディルの発言に、ハイドラは続けて頷く。
「それもありますね。基本的にポーションは現地の錬金術師が作って流通させるものなので、それこそ世界で数人しか作れないポーションとかでもない限り、既製品の運搬は滅多にしません。消費期限の問題もありますしね。まあ、材料とかならいくらでも貿易されているんですけど」
「材料、材料か……。あのポーションってブラストブルーベリーが材料だよね?」
「そうですね。多分、ちょっと凸凹した道を走るだけで荷台が大爆発して死んじゃいますね、あはは!」
「ぜ、全然笑いごとじゃないですよ。勘弁してください……」
突然物騒な冗談を口にして笑うハイドラを見て、爆発に対して思うところがあるエリスは、震えながらイナリにくっついた。
「うーん、ポーションの輸送は難しい、原料の輸送も難しい、か。中々難しいな……」
「……そうじゃろうか?我には既に、正解の道筋が見えておるぞ、ふふふ……」
イナリの言葉に、部屋が静まり返る。恐らくイナリ以外の全員が、突然何を言い出すのかと構えているだろう。そんな中、エリックが絞り出したような声を上げる。
「……とりあえず、聞かせてもらっていいかな?」
「よかろう。答えは単純。我ら皆で出向いて、ポーションは現地で作れば良いのじゃ!」
イナリは胸を張って考えを述べた。しかしそこにハイドラが疑問を呈する。
「……いやでも、原料はどうするの?ブラストブルーベリーの輸送は無理だし、現地にあるとも限らないよ?」
「それは……あー……まあ、お主にはもう言ってもよいか。我、神なんじゃ」
「え、ちょっと、イナリさん、それ、言っていいんですか!?」
イナリによる突然の告白に、エリスが慌てて声を上げる。エリックとディルも流石に予想していなかったのか、目に見えて動揺している様子が伺えた。
しかしそれに反して、ハイドラの表情は殆ど変わらず、冷静なままであった。
「……あー、何となく合点が行ったかも。なるほど」
「……意外じゃな。大体これを伝えると、冗談だと思われるか、アルト神に不敬だ何だと言われるかの二択なのじゃが。お主は驚かないのかや?」
イナリが問うと、ハイドラは手をひらひらと振って答える。
「いや、驚いてるよ!驚いてるんだけど、すぐに納得もできたから!エリックさん、手紙をお借りしても?」
「あ、ああ。どうぞ」
エリックから手紙を受け取ったハイドラは、ある一文を指さしてイナリの方に提示する。
「ほら、ここ見て!『イナリ君のポーションは、私達を一瞬にして回復させてくれた。つまり、まさに神に救われたというわけだ』……これ!この文章がちょっと引っかかってたんだよ」
「……いやしかし、それだけで何になるのじゃ……?」
「うん、まあ、この文章だけじゃ、精々変な文章だなあ、くらいで何にもわからないけどね」
ハイドラは手紙を畳んでエリックに返す。
「リズちゃんから聞いた限り、ウィルディア先生って、あんまり神様をありがたがるタイプの人じゃないんだよね。それに、冗談かとも思ったけど、冗談にしては笑いどころがない。だから、この文章を正面から読み取って、イナリちゃんが神様だった、と推理した感じかな」
「……それ、もし冗談だったら大分酷いことを言っておることになるが、大丈夫かや」
「あ、あはは。まあ、本人不在だからセーフってことで。……それで、話を戻すと。この場にいる私以外はイナリちゃんについて知っているみたいだし、それならばリズちゃんも知っていると推測できるよね。さらにイナリちゃんが人を騙すのは到底無理そうだし、しかもウィルディア先生が神だと断じているのだから、私が疑うのも変な話だなって」
「な、なるほどのう。流石ハイドラ、話が早くて助かるのじゃ」
「ふふん、私、こういうのは得意なんだ!」
胸を張って誇るハイドラを見て、イナリは密かに慄いた。手紙のほんの一文から、この短時間でそこまで辿り着けてしまうのか。
もしこの世界の人間の大半がハイドラみたいなのばかりだとしたら、今後、イナリはより一層立ち振る舞いには気をつけねばならないだろう。……今回の件ではウィルディアの手紙も絡んできているので、全部が全部イナリだけでどうにかできる問題でもなさそうだが。
「やっぱり魔法学校に行く人は頭がいいんだねえ……」
「普段のリズを見てると、全然そんな感じがしないんだけどな。本当に同じ学校を出てんのか……?」
イナリが慄いている傍ら、エリックとディルが感心したように呟く。どうやら推理力については、ハイドラが突出しているだけらしい。それがわかったイナリは安堵した。
「……あれ、でもアルト教って一神教だよね。エリスさん、その辺ってどういう感じなんですか……?」
「ええーっと。その辺、実は私もよくわかっていないんですよね……」
「神官さんなのに、よくわからないまま処理してるの……!?」
エリスの言葉に、ハイドラは敬語調が崩れる程の衝撃を受けた。
「まあ、エリスの事は責めないでやって欲しいのじゃ。我にも事情がある故、語れないことも多々あるのじゃ」
「う、ううん、わかったよ。あ、いや、承知しました……?」
「今まで通りに接してくれて構わぬ。それで、話を戻すのじゃ」
イナリはだいぶ逸れてきた話題の軌道修正をすることにした。
「我の力を使えば、現地で材料を栽培することは容易いことじゃ。よって、我が先に提案したことも実現可能というわけじゃな。どうじゃろうか?」
「うん。それなら確かに問題なさそうかも」
ハイドラが頷くと、会話に一段落ついたとみてエリックが話を継ぐ。
「えーっと。ひとまず、実現可能性でいえば一番いい案かもしれない。ただ、日程調整と馬車の確保が問題になりそうかな。いくらか解消したみたいだけど、未だに馬車の確保は大変らしいからね」
「あ、それなら、私が伝手を使って用意できると思います。『虹色旅団』の名前を出して商会に事情を話せば、商会保有の馬車を貸してくれるかもしれません」
「それはありがたいけれど、ハイドラさんの負担にならない?」
「大丈夫ですよ。……それと、私も一緒に行ってもよろしいですか?道中も、御者や馬車の管理くらいはできますので」
「うん、是非とも。錬金術師が居た方が、現地での話も円滑だろうしね」
「やった!エリックさん、それに皆さんも、ありがとうございます!」
エリックの返事を聞いたハイドラは高く飛び跳ねて喜んだ。
 




